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第25話 留守を預かるものたち.1

 休業を前にして、「饕餮アヴァリス」の店舗入り口は閉ざされている。だが、店の前にはまばらな、しかし普段の営業時よりもむしろ賑やかな人の集まりがあった。


 大型の白い集会用テントが建てられ、長テーブルの上に大量の弁当パックが積まれているのだ。


「オリオンのお兄ちゃん、今日のお弁当は何のメニューかねぇ?」


 色白でふっくらとした印象を与える老婦人が、接客担当の若い男に声をかけた。


「ええとですね、今日は培養イカのフリッターと水耕野菜のラタトゥイユが二本柱ってとこです」


 愛想よく答える男の、薄手のジャケットには「オリオン・コーポレーションズ」傘下の食品企業、オリオン・フード・グローサリーのロゴが背中にでかでかとプリントされている。トビアスがカンジに約束した「饕餮」の固定客に対する留守中の食事提供が、まさに実行されているのだった。


「あらやだ、油ものばっかりじゃないの。もう少しバランスを考えてって、調理のかたに伝えてちょうだい」


「あっはい。ご意見、参考にさせていただきます……!」


 愛想よく笑って頭を下げる。


「よろしくねぇ。まあ、お店ここの日替わりセット程じゃないけど割とイケるわよ、この『オリオン弁当』も」


 老婦人は弁当パックを一つ受け取り、少額の現金を男に手渡した。カンジたちが店の前まで戻ってきたのは、ちょうどそんなときだった。


  * * * * *



「やあ、お疲れさん。繁盛してるようじゃないか」


 カンジが声をかけると男が笑いながら顔の前で手を振った。


「すみませんね。店の前を借りてる形なのに、収益は全部オリオンが懐に入れてしまって」


「いや、一応そこ公道なんで、こちらが何か言えた義理でもない。今回の留守は長くなりそうだし、大企業がうちの客やご近所の皆さんをサポートしてくれるのは助かるよ」


 ホッとした様子で男が会釈を返す。テントには他にも数名の男女が同じジャケット姿で働いていて、彼らも一様に緊張を解いたのがうかがえた。


「カンちゃん!」


 弁当を受け取った老婦人がカンジに気付いて、声のトーンを半オクターブほど上げた。


「あ、おカルさん! 腰痛はもう、だいぶ良くなったみたいですね」


 クロエにもすでに顔なじみの客だった。おカルさんなどと、ニホン系のような呼びかたをされてはいるが、彼女のファーストネームは「カルメンシータ」という。 

 「亀の腹甲」だと称する何かから作った、美容にいいというふれ込みの漢方薬入りゼリーを、よく注文してくれていた。


「あらぁ、カンちゃあん。ねえ、今回は長くなるんだって? いつ帰るのか教えてちょうだいよ、あてもなく待ってるんじゃ、みんなおかしくなっちまうわよ」


「すみませんねえ。今度のはこちらも、だいぶあてのない探し物になりそうなんで、ってのは約束できないんですよ……」


 カンジはしおらしく頭を下げている。とてもラウラが心配するような、不穏な裏事情がある男とは思えない。


「参っちゃうわねえ。なるだけ早く帰ってきてね」


「ええ、まあ努力します。ってことで、よかったら我々の無事を祈っててください」


「うんうん、祈っちゃう!」 


 ひとしきり談笑した後、おカルさんは名残惜しそうに手を振りながら帰っていく。接客の男がふうっとため息をついて、長テーブルの横に置かれた折り畳みチェアに腰を下ろした。


「まあ言われる通りだなあ……うちオリオンのケータリング事業部で企画してるやつは、確かに油がちょっと多めだ。たまに買って食う分には良くても、毎日はきついかも」


「ですかねえ。それじゃチーフ、開発担当に報告上げときます?」


 テントで働くスタッフの女性が自分の端末を取り出して何ごとかメモを取る様子。男は少し考えて、うん、とうなずいた。


「そうだな。考えてみたら弁当の開発部は若手が多い。購買層の嗜好に合わせた味付けや調理法にも、理解を深めてもらう必要があるだろう――」



 そんなやり取りをしているところへ、一台の小型車コミューターが路地を抜けてやってきた。路地を歩くおカルさんの横を、親しげに声をかけながら速度を落として通り抜けていく。


 ――気をつけて帰りなよ、おばちゃん!


 ――はいよ、いつもご苦労さんねえ! 


 小型車は店の前でハンドルを切って九十度進路を変え、そのままバック。テントに横付けして停まった。中からやや小太りな体型の男が降りてくる。


「チーフ、三番リストの全宅配希望者に、配送完了しました」


「ご苦労さん、ひとまず休憩とって」


 てきぱきと業務をさばいていく、チーフと呼ばれたその男に、カンジがぼそりと声をかけた。


「ずいぶん馴染んだもんだ。あんた、もともとこっちの仕事の方が向いてたんじゃないか?」

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