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第22話 父祖の奇妙な宿願

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 こんな頼みをきいてくれて、本当にありがとう。少し長い話になるから、再生するときはくつろいで座ってくれたまえ。

 さて、どこから話したものか――


 ……今でこそ結構な地球類似体アース・アナログに邸宅を構えて安楽に暮らしてはいるが、私の若いころは、ひどい有様でね。

 身一つとパスポートを頼りに、ろくに慣性制御システムもないような貨物船に詰め込まれ、何か月もかけてあちこちの星に出稼ぎに行ったものだった。


 若かったからできたことだ。いつかでっかい仕事をやり遂げてのし上がってやるんだと、そんなことばかり考えていたよ。現実にはしばしば食うものにも事欠いていたというのにな。


 そう、頼みというのも食べ物の話だ。私がその頃、ある星でありついた食べ物を、探してきて欲しい。


 ……あれは私の人生でもとりわけひどい時期だった。行先も知らされないまま船に乗り込んでは、着いた先で何日か働いてまた次の現場へ――そんな風な毎日が続いていた。それで、当時はよくあったことなんだが、仕事が終わったあと次の星へ向かう船の到着が遅れてね。


 給料は次の目的地で支払われることになっていて、移動の間の食事と寝床は船の中であてがわれる契約だったから、懐にはほとんど持ち合わせがなかった。とにかく素寒貧のままで三日ばかり足止めを食らったわけさ。


 仕事場の付近はそれこそどこにでもあるような開拓惑星の地上基地。四季があるのはいいことだがあいにくその時分は冬期だった。粉雪の舞う中、支払いに困って簡易宿泊所を追い出されたが、どこに行く当てもない。あたりには落ち着いて寝られるような物陰ひとつ見つけられなかった。


 途方に暮れて歩いているうちに、不思議に静かな裏通りに迷い込んだ。そこで出会った親切な植民者の一団が、船が着くまで私を泊めてくれたんだ。


 そのとき彼らが食わせてくれた食べ物の正体を知りたい。


 名前はわからない。あの連中はただ、『まるいの』とだけ呼んでいた。植物なのか動物なのか、それもはっきりしない。案外、彼らも正確なことは知らなかったのかもしれない。


 大きさは握りこぶしほどから大人の頭ほどまでさまざまで、色は薄い緑色から白、ピンク、黒に至るまでいろいろ。料理法も何種類かあるらしかったが、とにかく出されたそれは、いつもまんまるだった。


 といっても、真球ってわけじゃない。高さが直径の三分の一くらいの、分厚い円盤と半球の中間ぐらいの形だ。そうだな……鏡餅やゴーダチーズの丸ごとを想像してくれるとだいたい問題ない。


 忘れられないのは味だ……表面はやや弾力のある薄い皮になってて、ナイフを入れるとそれがぷつりと弾け、湯気とともにねっとりした汁があふれ出す。油なのかゼラチン質なのか、舌に心地よくまとわりついて、料理に使った調味料の味を、甘いものであれ塩味のものであれ、豊かに膨らませて伝えてくるんだ。

 皮の内側には、多孔質の柔らかくふわふわした実質部分があった。外側に近い部分はムースのように湿っていてやや弾力があるが、歯を立てればそのまますっと埋まっていくような食感だった。


 何の甘味料を使ったのか定かでないが、甘く味をつけたものが特に印象的だった。バラに似ているがもっと嫌みのない、優しい香りがほのかにたちのぼるようでね。毎食出る大小のそれを、スプーンを片手に貪るように食った。


 味気ない栄養ペーストに慣らされた私の舌には、いっそ残酷すぎるほどの美味だった。だが、思えばあの味と彼らのもてなしが、今に至るその後の私を決定したような気がするのだよ。


 その後もあちこちの星を渡り歩いたが、それからというもの、私は貯金を心掛けるようになった。矛盾するようだが、健康にも気を使った。またあれを、『まるいの』を食べたい。その一心だった。


 食い物の味に注意を払うようになると、他のことにも関心が涌いてきたものだ。この宇宙には実に様々なものが、そしてチャンスが転がっている。そうやって五年ほど過ぎたころ、私はようやく自分で事業を起こすきっかけを手にしたのさ。 


 残念なことにあれがどこだったのかさえ、どうしても思い出せん。

 そのころはもう人類はオリオン腕のかなりの部分に進出していて、人が住める大抵の惑星には地球人がいたものだ。異星人のうわさもちらほらあったが、見る機会はついぞなかったな。私にそれを食わせてくれた連中もふつうの地球人だったんだ――だから、まず星が特定できない。


 だが今や私には自由になる金がある。いくらかかっても構わん。私をあの『まるいの』にもう一度めぐり合わせてくれ。よろしくお願いする。


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 再生が終わると、店内はしんと静まり返った。


「以上だ。このメッセージを受け取った便利屋は誠実な男だったらしくてな。供与された資金をギリギリまで使って探し回ったそうだ。だが、芳しい報告はできなかった。別紙のコピーには、彼がたどり着いた結論が記されている――宇宙生活を経てある種のESPを獲得したどこかの開拓民が、餓えた青年に幸福な幻視と共に、彼らの所有していたありふれた食糧を分け与えたのではなかったか、と。依頼者本人もその説明を受け入れて、満足して世を去ったというわけだが」


「……なるほどね。でも、改めて依頼が来た、ということは――少なくとも父はその結論に納得していない?」


「そうだ。CEOの考えでは……そこまで具体的な幻視を与え得たということは、この人物が出会った集団には、その原型となるような何らかの食品に対する体験が共有されていたのではないか、ということだった。クロエ、君のお父上は実に想像力と機知に富んだ人物であるようだね」


「む、っむぅ……か、過分なご評価を頂き光栄の至りですわね。ちちち父に成り代わって拝謝いたしみゃ(ガリッ)にょお!」


「噛み噛みだなぁ」


「うぐぐ……」


 物理的フィジカルに噛んでしまったほっぺたを押さえて、クロエは涙目でリチャードを睨んだ。


「不意打ちしてくるカンジさんが悪いんです」 


「いやまあ、俺も済まんかった。とはいえ……ふむ」


 会話がいったん途切れ、クロエとリチャードは考え込む態勢になった。カンジは一人、ワインの残りをすすりながら他人事のような表情の乏しい顔をしている。


「そっか……たぶん、父は私に演習課題を与えたつもりなんだわ。記録の精査と情報収集、手掛かりのありそうな場所への移動と現地での実地調査――あなたたち二人は、その監督役」


「そうかもな。店をまた休むことになるのは業腹だが……固定客の食事の面倒はオリオンが見てくれる。そういう段取りにしてくれた」


「報酬は?」


 リチャードの、抜け目のない傭兵じみた眼差しがカンジを射る。


「……前金で三千万マルス。経費はそこから賄う原則だが、必要があれば申請。成功報酬も基本三千万マルス、手当加算あり。いずれも物理紙幣ないし星間信用通貨ギャラ、どちらの形態でも希望のまま支払う、と言っている」


「……ちと、しょっぱいな。捜索のための移動費用だけで足が出そうだ。それ、請けちまったのか?」


 問題外だ、と言わんばかりにリチャードが首を振る。だが、カンジはそれに同意しなかった。


「いや。移動については、別途手段を用意する、と聞いた。詳細はまだ教えてもらえなかったが」


「はて。航路別の周遊券か何かかな……? そうなると話は少し違うか」


「なんにしても、クロエの端末が届くまで待とう。IDのことがあるからな」



  * * * * * 



 そして一か月後のこと。「饕餮」のバックヤード奥に据え付けられた例の大型端末に、一通のメールが届いた。

 送信元は宇宙港の荷物預かり所だ。端末機の代替えがようやく届いたらしい。


 らしいが――


「……いや、待って。端末ならここへ配送してくれればいいはずよね……なんで私がポートで直接確認と受け取りを……え、ちょっとこれ!?」


「どうした?」


 カンジが画面を覗きこもうとして、クロエにさえぎられた。


「他人のメール盗み見るのやめ! エチケットくらい弁えてないんですか、全く! ……っていうかこの末尾。端末機の他にもう一件、着荷物の品番が書かれてるんだけど……これは」


 クロエはメール画面に視線を落としたまま、絶句した。


「……どうしたっていうんだ」


「船、ですね……それも、恒星間航行可能な軍用宇宙船――エクセター級フリゲート艦の、特殊なカスタム・タイプみたい」


 クロエの返答に、カンジとリチャードが固まった。


「は?」 

「……なんて?」



 数分間呆けた顔をさらした三人が、どうにか混乱から脱して宇宙港に赴くと――指定された着陸ランディングパッドへ続く歩廊には、太陽系ソル宇宙艦隊スペース・フリートの士官服を美女が佇んでいた。

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