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第21話 父と娘の合意条件

  * * * * *


 数時間後――


「もう一度条件を確認するね……私の猶予期間は地球標準時間で三年。その間にハイスクールの修了試験を済ませること。三年経過後はリンゼイ・マクレディと最低一回、面会を行うこと。その結果いかんに関わらず、タルシス大学の入試に臨み、これをパスすること――」


 クロエは「饕餮」のテーブルを挟んで父トビアスと対座し、雲台14への在留と今後の行動の自由について、最終合意に達した条件案を確認しあっていた。


「うむ。三年は短すぎると思うかもしれないが、ハイスクールのカリキュラム消化に定められているのと同じだけの時間がある。有意義に過ごせ……その間、私はお前の行動に干渉しない。そして誕生日とクリスマスにはカードを贈る。あとジュリアの消息を調査して、見つかったら連絡を取ると約束する」


「それでいいわ」


 母ジュリアの消息を探ることは、実のところクロエが旅に出た目的の一つでもあった。父が肩代わりしてくれるならずいぶんと助かる。


「あと、私はお父さんに最低でも毎月一回はメールを送ること、それとは別にはその旨報告すること……星系外?」


 妙な条件に気付いて、クロエは首を傾げた。


「……ああ、その件についてはあとでカンジ君から説明がある。それに、端末機の替えが届いたら、必ずしも『饕餮』にこだわる必要はないだろう」


「それはそうだけど、私の行動に干渉しないって約束よね?」


「それもそうだ……なあクロエ。今回のことは私にも至らぬところがあった。だが、お前もこの機会に学ぶといい――自分の意志が受け入れられないときは、その相手を切り捨てて離れるのではなく、交渉するんだ。必要なカードをそろえて、粘り強く、な」


 トビアスは座席から立ち上がってネクタイを直しながら言った。


「――そうでなければ、何も手に入らんぞ」


(そもそも交渉の機会さえ与えられないときは?)


 ――クロエは喉元まで出かけたそんな言葉を、なんとか飲み込んだ。父は今回、あれでも精いっぱい譲歩してくれたのだ。




 トビアスはその後、OSS隊員たちを引きつれて宇宙港へと戻って行った。

 残されたクロエたち三人がそれぞれに放心して大きなため息をついたところに、ちょうどモールから食材が届いて、午後の残り一杯はその仕分けに忙殺された―― 


「やっと終わったか……散々な午後だったな。まあクロエには有意義だったと思うが」


 冷蔵庫から出してきた、安物のスパークリングワインを瓶から直であおりながらカンジが言った。


「そうだな。それはそうと、午後の間ずっと、お前さんに言い忘れてたことがあるんだよ」


 ドライソーセージの一切れを吞み下して、リチャードがおもむろにそう切り出す。


「何だ、リチャード?」


「あー、その……『帰ったぞ、ただいま』と」


「そういやそうだ」


 乾いた笑い声がどちらからともなく上がる。リチャードが突き出した空のウイスキーグラスにカンジが飲みかけのワインを注ぎ、1パイント瓶とウイスキーグラスが軽く打ち合わされた。


「お帰り、リチャード。戻ってきてくれて嬉しいよ」


「ああ、またよろしくな」


 無言でそれを見つめていたクロエを、二人が手招きした。


「クロエ。改めて紹介しよう――こいつがリチャード・アルマナックだ。俺の軍時代からの相棒で、あのグリル・ランナーの本来の操縦者だ」


「え。カンジさんたちって、軍にいたんですか」


「話してなかったっけかな……」


 初耳ですよ、と首を振るクロエに、カンジたちは肩をすくめた。


「いかんなあ。うっかり説明した気になってた……リチャード、こちらがクロエ・コープランド嬢だ。もう細かい説明は必要ないだろうが、そういうことだ。当面、うちの店を手伝ってもらう」


「ど、どうも」


 クロエは少し困惑した。実際、今さらではあるのだが――途方もない夢を堂々と口に出した後で、少々照れ臭い。


「ああ。よろしく頼むぜ、未来の調整官サマ」


 リチャードがそこに容赦ない一撃。


「あ、あの、えっとその……うわぁん、もう! よ、よろしくお願いします……!」


 顔を真っ赤にしてもぞもぞと身をよじるクロエを、男二人は悟りを開いた賢者のようなまなざしで見守り、それから互いに顔を見合わせた。


「……可愛いな?」


「可愛いねえ」


 ははは、と笑いあう二人をクロエが物凄い顔で睨む――そのまま一分ほど経過した後、リチャードがふと真顔になってカンジを見た。


「ところでカンジ。お前さん、あのCEOに何か頼まれごとかなんか、した感じだったよな? なんだ?」


「ええ……? まさか、父が何か無理難題を? 私を店で使う代償にとか、何かそういう……?」


 いや、と手を胸の前で振ってカンジが否定した。


「それについては心配しなくていい。親父さんからは、『厳しくこき使って、社会の荒波を身にしみさせてやってくれ』と言われてる。むしろ、こちらがいくらかもらってもよさそうだったが、それはややこしくなるから無しだ――代わりと言っては何だが……」


 カンジはそこまで言うと、二人の了解をとるように一座を見回した。


「クロエのことと別口に、仕事を受けている。いささか困ったことに、多分長期の、そして遠出の仕事になりそうだ」


「あー、そういえば」


 クロエも父との会話を思い出して渋い顔になった。「星系外へ移動したとき」とは、そういうことか。


「それで、どういう話なんです?」


「うん……コープランド家には、トビアスCEOの祖父の代から引き継がれた謎の探し物があるらしい。その祖父、つまりクロエの曽祖父は、若いころちょうど今のクロエと同じように、身一つで星から星に渡り歩いていた。もっとも立場は旅行者じゃなくて、旅がてら短期の仕事に従事する、言うなれば季節労働者だが」


「聞いたことない……今日は初耳が多すぎだわ」


「……ずいぶんうらぶれた下積み時代だったそうだよ。で、ある時。どこかの雪の降る惑星で、現地に先住していた開拓民らしき人々から、不思議な食物を分け与えられたというんだ。正体や出所は不明、残されている記録や彼の書簡では、一貫して『まるいのThat something round』と呼ばれている」


「それを、探せと?」


「かいつまんで言えば、そういうことだな。ああ……資料としてもらった音声ファイルがある。CEOの祖父が、晩年にとある『便利屋』に最初の捜索を頼んだ際の依頼メッセージだそうだ――再生してみるか?」


「頼む」


 リチャードは即答。クロエも興味を抱いて、カンジに再生を促した。

 ファイルを収めた媒体が端末に接続され、ノイズの混じった老人の声が、奇妙な独白を綴り始めた――



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