「宮本総一郎様、そうですよね?」
「そうだとも。知っていてもらえて光栄だよ」
彼は頬から手を動かし、紗希の二の腕をワイシャツ越しにさすりだした。紗希の両腕にびっしりと鳥肌が立つ。
「勘づいているのかい? なんて賢い子だろう。ああ、琴美さんに君の兄弟や姉妹を産ませていたら、どんな子が産まれただろうね」
身震いどころではない震えが、紗希の体を貫いた。こんなことをしておきながら、自分を褒め、あまつさえ母に自分の欲望を注ごうとした事実を口にする男に、強烈な嫌悪感を感じていた。
「っ、そんなの、今後、永劫に分かりませんわ」
総一郎の顔に笑みが浮かぶ。にっこり、という表現が似合う笑みだった。
「いいや。分かる時がくるさ。……私たちの子供に【死に戻り】の力が宿ればね」
均の話が紗希の脳裏をよぎった。
『親父は真琴の母親だけじゃなく、女性を次々に身ごもらせて、その中から最強の能力者を生み出そうとしている。そしてその中で特に優秀な存在だけを、宮本家の実子として認めているんだ』
この男は本気なのだ。紗希は生きてきて一番の衝撃を受けていた。【死に戻り】が起きたことを含めても、上回る日は絶対に来ないだろう。
どうしてこんな目に合わなくてはいけないのか、紗希は全身全霊で世界に抗議したかった。
真琴のための世界でもない。誰のための世界でもないとしたら、こんな不条理があってたまるかと叫びたかった。
だが眼前の男が動じないであろう可能性は、十分に予測できた。
「宮本様、あの」
「総一郎と呼んでくれないか? 君は今日から私の妻の一人となるんだ。いいかい? 夫のことを苗字で呼ぶなんて、おかしいだろう? そして私の子を産むんだ、いいね」
甘い声で囁かれて、紗希は本心から恐怖した。
「できません。私は青木昇吾様の婚約者です。それに! 宮本様には、優珠様という奥様がいらっしゃるではありませんか!」
紗希が声をあげると、総一郎は思いがけないものを見たと言いたげに首を傾げる。
「ふむ……均と関わりがあるせいか? こうも【絡繰り】に抵抗するとは、思わなかったな」
「っ、私は蘇我紗希であり、青木紗希となる身です。私はあなたの妻にはなれませんし、あなたの子を産むこともできません」
「私には【絡繰り】と【死に戻り】の力を持つ子を手に入れる必要があるんだよ」
彼は静かに写真を取り出した。紗希の眼前に突き付ける。
そこには、紗希の記憶が正しければ宮本優珠と、幼い子供の姿があった。
「これ、は」
「真琴だ。宮本真琴。私と優珠の子供だ」
「……え?」
彼が何を言い出したのか、紗希には咄嗟に理解できなかった。
真琴は莉々果たちの話によれば、宮本総一郎の隠し子だという。だが優珠との子供であれば、何も隠す必要はない。時哉や均と同じように、本家の子供として育ててもいいはずだ。
紗希の疑問を理解したのか、総一郎が話し出す。
「私はもともと、
遠くを見る眼差しだった。よく似た眼差しを、紗希はつい最近見た記憶がある。
(お父様がお母様のことを語る目に、そっくり……)
総一郎も何か過去を抱えているのだろう。紗希は活路を見出した。
「どうして、じゃあ、結婚を?」
あえて聞く姿勢をとった紗希に、総一郎が訝しむような目を向ける。紗希はこれまで体験した【絡繰り】を思い出しながら、あえて話に乗るような雰囲気をみせた。
「聞いてみたいんです。もしも、その、妻となるのなら、一番の奥様について知っておくべきかと思って」
「……なるほど、時間差があっただけか。そうだな、君には聞いておいてもらおうか」
ゆっくりと総一郎は姿勢を取り直す。
「君の父上が宮本家の分家筋にあたる女子学生を妊娠させた。その話をもみ消すために、私が隠し子の真琴を華崎家の養子にした。これが、表向きの話だ」
「じゃあ、真相は何なんです? 実子を手放すなんて、どうして」
「君の父上が宮本家の分家筋にあたる女子学生を妊娠させた。その話をもみ消すために、というところまでは本当だ。真琴の事実のみが異なる。真琴は……優珠様が、一族の男に身籠らされた子供だ」
あまりのショックを紗希は気合で押し殺した。一族の男に身籠らされた? それはつまり。
「……まさか。総一郎様以外の宮本家の男性に、無理やり?」
「そうだ」
頷く総一郎の顔に、表情は一切浮かんでいなかった。
(つまり……)
真琴は宮本総一郎の妻、優珠が非道な行いを受けた末に産まれた子だった。
そして同時期、宮本家の子に蘇我俊樹が手を出し、子を身籠らせた。
一族内での不祥事を隠すために宮本家は蘇我家と取引をした。つまり真琴を華崎真琴として迎え入れさせ、宮本家の内部で起きたおぞましい出来事を隠そうとした。
流れは分かっても紗希にはどうしても理解できない。
「だが、そうだとしても、真琴は私と優珠様の子だ。そうでなくてはならない。なぜなら、すでに私と優珠様は結婚し、時哉と均という実子を設けていたんだ」
「だったら。そういうことだとして、真琴さんを育てれば!」
総一郎は笑みを浮かべる。今まで紗希が見た中で、一番、恐ろしく感じられる笑みだった。
「相手に脅されていた優珠様が妊娠の事実を周囲と私に打ち明けられたのは、堕胎可能な週数を過ぎていたんだよ。ああ、相手の男はもうこの世にいないから、安心してほしい」
紗希は戦慄をおぼえた。総一郎と優珠にとって、真琴の件はまさに地獄のような出来事だったのだろう。だが、だからといって、その後に隠し子を作り続けたという話が出るのはおかしいのではないか。
「なら、なおさら私などを抱かずとも……」
「私は多くの蘇我家に近い女性に子供を産ませたが、誰一人として【死に戻り】の力は発揮しなかった」
紗希は悪夢のような想像をするほかなかった。
もしかしたら総一郎は、真琴の存在そのものを、なかったことにしたいのかも、と。