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第7話 元悪女は、姿なく(3)

 彼女の頬は赤く染まっていく。


「ほう。大嫌い?」


「お姉さまは本家の血を引いているだけで、なにもかもうまくいくくんです。青木様と結婚するのだってそうですわ。蘇我家本家の血筋を持っているのは、蘇我家の分家筋や本家筋、全部ひっくるめても、もうお姉さまだけなんです!」


「なんと。つまり、青木昇吾と紗希さんが結婚すれば、名実ともに青木家は蘇我家を手に入れるんだな?」


 俊樹は慌てて明音を止めようとした。だが、口が動かない。


(なんで話すんだ! あれほど、蘇我家の秘密だと言い含めただろう!!)


 【死に戻り】の力を有するのが紗希だけだという事実は、蘇我家の年寄りたちが内々にしたい重大な秘密だ。


 俊樹は琴美との別れ以来、【死に戻り】の力を信じてこそいるが、後世まで残すつもりは毛頭なかった。


 年寄りたちが『秘密にしつづければ、資金援助を惜しまない』と言うものだから、これまで俊樹は厳重に明日香にも明音にも秘密にするよう言い含めてきた。


 蘇我家の分家たちが協力しているからこそ、蘇我不動産の不正会計は隠匿できていた。


 だが、もうおしまいだ。


 俊樹の絶望を察したかのように、総一郎が言う。


「そうか。そうか。ならますます、紗希さんを手に入れたいな。そうだろう? 蘇我家の不正会計額はいくらかね? 時哉の妻の家なのだから、協力は惜しまないぞ」


 冷静な部分が俊樹へ囁きかける。


―― 紗希は琴美の娘だ。認めろ、俊樹。彼女を守るのが、琴美に報いるためじゃないか?


―― いいや、違う。琴美は琴美だ、紗希は違う。


 考えはまとまらず、俊樹は自分の横で縛られたままぐったりとする『悪女』の横顔を見る。


(……琴美にそっくりだな)


 紗希が産まれてから初めての父性を俊樹は感じた。


 彼女は本当は、自分が真に守るべき一人だったのではないかという想いがよぎる。明音と同じように、自身の娘である事実は変わらない。


 何より、愛する人から産まれた子供だ。


 気づいたとしても、もはや彼には、何もできなかった。



===



 白いシーツの感触を肌に感じ、紗希は痛みと共に目を覚ました。


 ゾッとするような父親とのティータイムが脳裏をよぎり、彼女は勢いよく飛び起きようとして失敗する。


 悪夢のようだった。体に絡みつくロープはそのままで、頭がずきずきと痛み、左肩と腰に違和感がある。


 何とか慎重に体を起こす。周囲はどこともわからぬホテルの一室で、室内の道具や物品には特徴がない。


 シーツの質感が上等だったのを踏まえると、ある程度は高級なホテルだろう。


 改めて、ゆっくりと体を起こし、やっと両足を床につけることに成功した。紗希の両腕は後ろで合わせるように縛られており、鈍い痛みがある。


 室内をさらに見回した時。紗希は真の恐怖に襲われ、身動きがとれなくなった。


「目が覚めたかい?」


 宮本総一郎。彼が、そこにいた。男らしい節くれだった指先が紗希に伸びてきて、頬を撫でる。


 感じたことのない怖気が全身を包み、総一郎の眼差しに吐き気が込みあがる。


 紗希はこの眼差しに、残念ながら見覚えがあった。自分に対し、性欲を抱く、見知らぬ男から不躾に向けられる目によく似ている。


「ああ、こうしてみるとやはり、琴美さんによく似ているな」


  愛し気に母親の名を呼んだ総一郎に、紗希は小さく息を飲んだ。




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