目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第7話 元悪女は、姿なく(1)


 紗希に連絡がつかない中、昇吾と莉々果はお互いの情報を突き合わせていた。


 少なくとも莉々果は紗希の行方を知らず、昇吾にも何も言わなかった。仕事へいく服装はしていたが、だとしたらビジネス向けのスマートフォンを置いて行くのはおかしい。


 すると莉々果が声を上げる。


『紗希から連絡があって、蘇我家に行ってるって!』


「どういうつもりだ?」


『いま、内容が来た。仕事の依頼……リゾートホテルの内装をテーマにした案件? でも、これ……』


 いくら仕事の依頼だとしても、どうして紗希は勝手に行動したんだ。


 怒りを感じる昇吾は、手元から響く『バキッ』という音にハッとする。思ったよりも強くスマホを握りしめていたのだ。


「じゃあ彼女はその案件のために蘇我家へ?」


『……このメール、紗希ちゃんの文面じゃないと思う。ああもう、もどかしいな。今すぐそっち行く!』


「分かった」


 昇吾は焦りでいっぱいだった。だがそれでも、やるべきことは分かっている。


 紗希に渡したキーケースには、ある程度の位置情報が分かるスマートタグを取り付けてある。あくまでも紛失防止が目的だったが、こんな使い方をするとは思っても見なかった。


 位置情報を確認すると、紗希の居場所は蘇我家近くにあるパーラー・セイレで途切れていた。


 すぐさまパーラー・セイレを検索し、電話をかける。


『お問い合わせありがとうございます。本日はパーラー・セイレの定休日でございます……』


「どういうことだ?」


 この近くで紗希がカードケースを落としたのだろうか。動揺しながらも、昇吾は次の一手を探る。


(紗希が俺に伝えたくないような、それこそ俺を嫌いになったと同じほどに辛いことが起きたから、彼女の心の声の聞こえ方に変化が起きたんだ。どうして早く気づかなかったんだ……!)


 悔やんでも仕方がない。考えているところに、来客を知らせるチャイムが鳴り響く。


「単純に紗希ちゃんが案件目的で動くと思えない! 何か知らない? なんでもいい!」


 部屋に飛び込んできて開口一番そう叫んだ莉々果に、昇吾は頭をフル回転させた。


 軽井沢。五年目。タイムリミット。春。母親。記憶の食い違い。いくつもの考えが昇吾の中をよぎっては消えていく。


「……いや、まさか」


「まさかでもいい! 教えて」


「……紗希は自分の中で、記憶の食い違いがあった、と言っていた。それは彼女のお母さんにまつわるものだった」


 莉々果がメモを取りはじめる。昇吾は慎重に紗希との会話を思い返しながら、彼女へ伝えるべく話を続けた。


「紗希は自分が死に戻った当初、お母さんの死は『自殺』だったと認識していた。だが白川篤と再会した頃に、周囲や過去の自分はお母さんの死を『心不全』と認識していたと知ったんだ」


「……つまり、お母さんが『自殺』した可能性と『心不全』の可能性、二つの記憶があるってこと?」


「ああ。紗希はこの食い違いを気にしていたのか、打ち明けてくれたんだ。蘇我家側がお母さんの死について紗希に嘘の説明をするのは、幼い時期ならありえない話ではない。本当の事情を知らせないために周囲への説明として心不全を用い、紗希がそちらを記憶していたという可能性もある。だが……紗希は母親が亡くなった当時、中学生だ。何か勘違いして記憶するには、少し成長しすぎているようにも思える。だからこそどうも紗希は『そう』とは思っていないみたいだった」


 莉々果がペンを止めた。トントンとペンの背で何かをノックして、考え事をしている様子だ。


「前世の紗希が持つ記憶と今の紗希にとっての記憶があるとしたら……母親の死について2つの記憶を彼女が覚えている可能性はあると思う」


「だが、それでは辻褄があわない。お母さんが亡くなったのは、紗希が中学生の頃の話だろう? どうして紗希の記憶が食い違うんだ? 紗希が死に戻ったのは、今から5年前だろう」


 死に戻った紗希が行動したから、今の自分たちの関係がある。昇吾はそう理解していた。


 逆を言えば、紗希が5年前に死に戻りをしたとは思えず、行動を起こすことがなければ、今の自分たちはありえない。


 つまり紗希の母親の死因に変化を起こすためには、もっと前に【死に戻り】が起きていなくてはならないはずだ。


「もしかしたら、誰も気づいていないだけで、紗希のお母さんも【死に戻り】をしているのかも」


 昇吾は莉々果の言葉に目を見開いた。


「紗希のお母さんの前世は『自殺』という最後だった。だからこそひどく悔いた彼女は【死に戻り】を果たし、結果として今度は『病死』という最期を迎えた。【死に戻り】が重なり、紗希には2つの記憶が産まれた……ということか?」


「うん。紗希がこの違和感を抱いていると蘇我家側が知っていたら、『真実』を教えると言っておびき出すかも……」


 おびき出してどうするつもりだ。恐ろしい考えに行きついてしまいそうで、昇吾は頭を抱えてため息を吐く。


「いいや、まさか。そんな。蘇我家の態度がおかしいのは……」


「まって。均から連絡!」


 莉々果が言い放ち、スマートフォンのディスプレイをタップする。


『昇吾! 言われた通りパーラー・セイレに向かったが、確かに休業日だ。だが、近所の住民から朝10時前後には一時的に開店していたそうだ!』


「……均。紗希が連れ去られた可能性がある。宮本家に、だ」


『くそっ。なんで紗希さんは1人で出たんだ?』


 均の言葉ももっともだった。だが昇吾には少しだけ、紗希の気持ちが分かる気がした。


「彼女は、青木家にふさわしくあろうとしたんだ」


『青木家に?』


「均。お前も思ったことがあるんじゃないか。宮本家にふさわしくあろう、家柄に見合う人間でいよう、と……」


 電話口の均が黙り込む。沈黙は肯定を意味していた。


「家族というのは、難しい。俺たちのように家柄と血筋に強く縛られた家庭では、事情が通常より込み合うこともしばしばだ」


 昇吾は気づいていた。両親は決して、昇吾を血筋で縛ろうとはしてこなかったが、青木一族全体でみると違っていた。


 親族が、紗希と自分の婚約にあれほど喜んだのは、青木家という血筋が守られるからこそだ。そして昇吾を大切にしてくれたのは、青木家の未来を担う男児だから。


 一方で両親の対応は、昇吾が青木家の役に立とうと決意したから起きた行動だった。昇吾の夢を応援するために英才教育を施し、惜しみなく投資してくれたのだ。


「俺も両親が、ただ俺に健やかに育ってほしいのだと心から理解するには、時間がかかった。紗希は、おそらく、青木家にふさわしくあろうとするあまりに、こんな行動に出てしまったんだろう……」


 莉々果が小さく頷く。


「そうかもしれない。紗希ちゃんがどうして、蘇我家から離れようとしながらも、ホームステージングっていう不動産関係の道に進んだか、聞いたことある?」


 首を横に振りながら、昇吾は確かにそうだと感じていた。蘇我家から離れ、独り立ちする未来を切り開くために、幼少期からの経験を生かすためだと勝手に考えてしまった。


「紗希ちゃんはね、お母さんと暮らしていた頃の青木家が大好きだったんだって。リラックスできる雰囲気で、お茶の香りがして、お母さんは厳しくも温かく迎えてくれた。だから誰かのホッとできる空間や新しい第一歩に踏み出す行動を支えたくて選んだって」


 彼女にとって家族という言葉は、とてつもなく重く、同時に大切なものなのだ。


 改めて紗希と結婚する未来を想像しながら、昇吾は言った。


「……タグの位置が動いた。紗希を見つけるぞ、絶対に」


 決意のこもった言葉に、莉々果も、そして電話の向こうの均も深く頷くのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?