美しく、鮮やかで華麗な青木昇吾と紗希のダンス。
会場内では、2人への拍手が鳴りやまない。彼らは手を取り合い、笑顔を見せながら周囲に挨拶をしてまわる。
真琴は自分が誰からも注目されていない事実に、愕然としていた。
(なんで、なんで『絡繰り』が通用しないの!? ……)
彼女はあまりの衝撃に震えつつも、繰り返し周囲にアピールするように衣装をきらめかせる。
彼女は『絡繰り』の力を使い、話題を自分に向けさせようとしていた。だが、誰からも感情を感じ取れない。
周囲の人間が自分との間に、大きな壁を作っているように感じられて、感情を引き出せなかった。
すると。
「やあ、真琴。いや、宮本さんの方がいいかな?」
フランクに話しかけてきた篤を、真琴は睨みつけた。しかしすぐに、力の対象を篤に集中させる。
「……ええ、そうね。宮本さんの方がいいわ。おじい様に是非ともお祝いの言葉を伝えたいのですけど、取り次いでいただけるかしら?」
自分の元にとどまるよう、真琴は力を使いながら篤に微笑みかける。しかし篤はあっさりと言う。
「もちろん。ダンスタイムの後なら、誰でも挨拶を受け付けるタイミングがあるよ。その時に列に加わってもらえれば構わないから」
驚きに真琴は動きを止めた。時哉からの忠告が脳裏をよぎる。
『絡繰り』は、相手の気持ちを受け入れる精神的な余裕が必要。
余裕を欠いてしまうと、いくら力が強くても成功しなくなる。
(私の力が通用しない? そんなの、そんなのありえない……!)
培ってきた自信が崩れ去る感覚に、真琴は目の前からすべての色が褪せていくようなショックをおぼえていた。
青木昇吾を自分に夢中にさせるほどの力、均にだって叶わないほどの力。
何より、宮本総一郎に認められ、宮本家の実子となれるような力!
(昇吾を思い通りに動かせるのなら、もっと大勢の人を私に従わせられる。その通りになってきた、なのに、なのに……!)
真琴は呆然と、紗希と昇吾の方を見る。
壁際に立つ彼女らの傍には、篤が向かっていた。白川家の子息である篤と昇吾がライバル関係であるのは、兼ねてから社交界の話題となっている。
そんな彼らが紗希と談笑する姿に、先ほど以上に会場の注目が集まっていた。
―― これは本格的に、白川家と青木家が和解するかもしれないな。
―― 蘇我家も安泰だろう。
真琴の話題など、一つも出てこない。先ほど、嬉しそうに話しかけてきた女性陣でさえ、今の真琴には視線を向けようともしなかった。
どうして。
蘇我紗希を睨みつけようと、真琴は視線をあげる。すると、紗希と目が合った。
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無事にダンスを終えたことに安堵しながら、紗希は周囲を見回した。
(真琴さんは……)
奥に立っていた真琴と視線が交わる。
紗希が見たこともない、何とも言えない打ちひしがれた表情を浮かべた真琴。彼女はうろたえたように周囲を見回した後、隣に立つ宮本時哉に手をひかれた。
時哉の目が紗希をじっと見つめてくる。
(時哉さん、素敵な人ね……えっ?)
突然。思ってもみないことを考え始めた自分に、紗希はゾッとして昇吾の手を強く握る。
すると昇吾が紗希の体を守る様に、ぐっ、と引き寄せてきた。
会場内の注目が自分に集まっているのを感じて、紗希は慌てて笑みを浮かべる。
「うーん、今回はレベルが高いのぅ。せっかくだ。タンゴはどうだ?」
そう主役である白川会長が言えば、バンドが鮮やかな演奏を始める。
2人と入れ替わりにダンスをするとなれば、それなりの実力者でなければ務まらないだろう。
すると白川家のダンスタイムを楽しみにしている腕自慢の夫婦が、会場の中央で情熱的なタンゴを披露し始めた。
会場はそちらに目が釘付けになる。紗希と昇吾はこれを機に、壁側へと退散した。
「よかった。まさか時哉が力を使ってくるとは思わなかった……」
焦った様子で昇吾が呟く。彼の首筋には、びっしりと鳥肌が立っていた。
「昇吾さんも、ですか?」
「ああ。彼のことを何故か魅力的に感じたんだ。彼があんなふうに力を使ってきたことなど、これまで一度もなかったんだが……」
紗希は背筋に今まで感じたことのないような鳥肌が立つのを、改めて実感していた。
真琴とは違う。違和感を与える間もないほど、あまりにもスムーズに自分の思考が操られた。
「……大丈夫だ。俺がそばにいる」
昇吾の言葉に頷きながらも、紗希は不安を隠せずにいた。
(もし、時哉さんが真琴さんと同じように力を使ってきたら、私は……)
いったいどうなってしまうのか。想像することさえも恐ろしかった。