―― ダンスタイムの前
宮本真琴が会場に来たと伝えた篤に、昇吾が尋ねる。
「本当か?」
「君に嘘を言ってどうするんだ、昇吾」
「確認しただけだ」
均とはまた違う軽さで会話する昇吾に、紗希は驚いて2人の顔を交互に見た。
「ええ、と……」
「ああ。驚かせたね、紗希さん。実は、俺と昇吾は本当はいつもこんな感じなんだ」
篤は笑みを浮かべる。紗希への執着心は見当たらず、昇吾も必要以上に警戒してはいない。
紗希は「本当なんだわ」と内心で納得し、2人に言う。
「ええ、驚きました。お2人は本当は、とても仲が良いのですね」
「紗希さんの事となったら、たぶんまた喧嘩するよ」
「おい、篤」
焦ったように言う昇吾に、紗希はなんだか温かいものが胸の奥に込みあがった。
「大丈夫です。私は昇吾さん一筋ですから」
「……はぁ」
ため息をついた昇吾を見て、紗希は少し驚く。まさかそんな反応をされるとは思わなかった。
「はいはい。いちゃつくのは家に帰ってからにしてね。それより真琴への対応を考えてもらわないと、白川家としても困るんだよ」
その通りだ。昇吾が先ほどまでの軽い雰囲気を切り替えて、篤に真剣な面持ちで尋ねる。
「真琴が宮本真琴と名乗ったのは事実か?」
「うん。彼女は宮本時哉と一緒に、総一郎氏の名代として来ているんだ。ええと『絡繰り』だっけ? 今も信じがたいけど、宮本家の持つ力なんだろう?」
昇吾は「そうだ」と頷き、続けて言う。
「お前自身も体感したと思うが、真琴が持つ力は均以上だ。何の目的できたと思う?」
篤は昇吾の問いかけに少し考えてから答えた。
「真琴は、実のところ打たれ弱いんだ。いつも『絡繰り』だっけ? その力を使っているからだと思うけど、彼女は他人が自分の意のままに動くことに慣れすぎている。学校にいた時もすごかったんじゃないかな……今思い返すと、クラス全体に彼女の意思が働いていたように思えるよ」
しかめ面をした篤は、嫌そうに自分自身を指さした。自分も操られた一人だ、そう言いたいのだろう。
「でも、だからこそ想定外のことが起きると、すぐに焦って普段通りの彼女ではなくなってしまう。受付で顔を見ただけだけど、今の彼女は自分で考えた計画ではなくて誰かの計画を上手に遂行しようとして焦っているように見えるから……正面突破が有効かもしれない」
篤は苦笑交じりで続ける。
「信じられないかもしれないけど、僕も彼女に力を使われていなければ感じることは多いんだよ」
彼の目に、紗希は見覚えがあった。まだ幼い頃、あのホテルで会話が少しずつ増えていった頃の、あの篤によく似た目。
本来の彼だと、今更のように紗希は実感していた。
「となると、2人がこの時間に合わせてきたのはダンスタイムが目的だろうな」
昇吾が言う。
紗希は思わず、自身の纏うドレスを改めて確認した。午後からのパーティーに合わせた、露出控えめのAラインのドレスだ。ダンスが踊りやすいように、一応足元のシューズにも気を遣っている。
しかし昇吾と踊るのは今日が初めてだった。
(真琴さんとは、学校でどんなダンスを踊ったのかしら? いつも相手役だったと聞いているけど、私で務まるのかしら)
すると。昇吾がそっと、紗希の前に膝をついた。紗希の右手を手に取ると、唇を触れさせないキスを贈る。
「まずは1曲、ここで踊ってからにしないか?」
「……ええ。喜んで」
篤がわずかに部屋のドアを開ける。パーティーの会場から聞こえてくる音楽が、室内に広がった。
緩やかに呼吸を合わせる2人に、篤が言う。
「真琴は自分に注目を集めさせているね。きっとパーティーの主役になるつもりだろう。時哉も一緒だから『絡繰り』の力を使えば、宮本家の娘として注目そのものは集められる」
真琴らしい、と紗希は思った。
前世通りなら、そのまま真琴はシンデレラのごとく、昇吾にダンスを申し込まれるだろう。紗希は一人ぼっちになって、惨めな思いをしながら真琴にワインの一杯もひっかけていたかもしれない。
しかし今、紗希は昇吾と手を取り合って、呼吸を合わせるためにダンスをしている。
(馬鹿ね。同棲までしているのに……)
未来が変わったと思っても、時折現れる不安には勝てない。
もしかしたらまばたきをした次の瞬間には、今が失われるかもしれない。
考えると恐ろしく、体がすくむ。すると。
「紗希。こっち」
昇吾の腕が力強く紗希の体を引き寄せる。軽やかなリズムに合わせて、紗希を抱き上げたまま、昇吾がターンを決めた。
「しょ、昇吾さん! ケガをしてしまったら……」
「紗希じゃ軽すぎるよ」
くすり、と笑った昇吾が改めて紗希を抱き上げる。思えば、横抱きも軽々とされてしまった。ということは昇吾にとっては、紗希は抱き上げられる重さなのだろう。
妄想が膨らみかけた瞬間。篤が言った。
「でも、場所が悪いね……紗希さんが顔を出すのを見越してだと思うけど、どうしてウチのじい様のパーティーを選ぶかな?」
「おそらく。俺が真琴を選ぶとでも見越して、紗希より優位に立とうと思ったんじゃないか?」
「同感だよ。うん、僕から見てもとっても素敵だった。これなら会場の視線を集められるよ」
篤は音が出ないように拍手をする。紗希は2人の意図を確かめる様に尋ねた。
「……つまり。私と昇吾さんがダンスを披露することで会場の話題の中心になり、真琴さんの目論見を正面から砕く、ということでよろしいでしょうか?」
昇吾と篤が顔を見合わせる。2人はようやく、自分たちが学生時代のノリで物事を決めていたと思い至ったようだった。
申し訳なさそうに昇吾が言った。
「すまない紗希。その通りだ」
「なら、大丈夫です」
自分よりも長い時間を篤と昇吾は過ごしている。昇吾の数少ない友人関係を間近で見られたと思うと、嬉しさの方が強い。
それを心の内に思い浮かべると、昇吾がホッとした様子になる。
「じゃあ……頑張ってね、2人とも。僕も陰から応援しているから」
篤に言われて紗希と昇吾は同時に頷いたのだった。