室内のざわめきが強くなる。
白川建設会長、白川
『それでは。皆さま、白川家恒例のダンスタイムのお時間でございます!』
司会がマイクを通じて宣言すると、招待客たちが壁の方へと楽しそうに移動していく。
入れ替わりに着飾った若い男女や、背筋のピンと張った夫婦が部屋の中央に向かっていった。
宮本真琴は、その光景に驚きを感じる。白川家が主催するパーティーではダンスタイム、いわゆる社交ダンスなどを踊る時間があると聞いてはいたが、間近で見た経験はない。
華やかな演奏に合わせて、ダンスが始まった。日本では縁のない舞踏会ともいうべき光景に、真琴は思わずつぶやく。
「……噂には聞いていたけど、本当なのね」
「真琴は初めてかい? 昇吾君には連れてきてもらわなかったの」
優しく尋ねる時哉の声掛けに、真琴は思わず睨みを効かす。当たり前だ、と言わんばかりだった。
昇吾は真琴を大切に扱っていたが、本格的な社交の場には連れださなかった。
(どうして? 私があんなにも尽くしたのに! 仕事でも、私生活でも!)
真琴と体の関係を持ってくれれば、また違っていただろうか。
考えてみたが、たとえ自分が昇吾に抱かれたとしても、結果は変わらなかった気がしてしまい、慌てて真琴は自分の考えを振り払った。
(落ち着いて。今の私が目指すのは、蘇我紗希が昇吾と離れるきっかけを作ること……。そして時哉の考えを改めさせること……)
自分の思考を整理しなおした真琴は、時哉に手を差し出した。
「いきましょう、お兄様」
にっこりとほほ笑む彼女に、時哉も頷く。刹那に、真琴は『絡繰り』を使って周囲の女性たちの口を軽くした。
「まあ、宮本時哉さまよ」
「珍しいわね。お相手の女性は……誰かしら? 綺麗」
うっとりとした声で言う彼女たちは、自分たちが最初『青木昇吾と仲の良かった華崎真琴』から距離を置こうとしたのを忘れ去っていた。
代わりに、真琴の蠱惑的な笑みに惹かれてしまう。
真琴はさらに時哉の手を強く握り、曲に合わせて大きくターンした。身にまとう淡いブルーのドレスが大きく広がり、華やかに会場を彩る。
「彼女って華崎真琴さんよね? あんなにお綺麗だったかしら」
「もしかして、青木家でいじめられていたから、少し控えめになさっていたんじゃない?」
「ああ……それは、一理あるかも」
ざわつきが広がっていく。ふふん、と真琴は鼻を鳴らした。
(こうでなくちゃ。今の私は、宮本真琴なの。それを宣言してやる……)
曲の途中。息を弾ませながら、真琴は彼女たちに近づいた。
「初めまして。わたくし、宮本真琴と申します」
「えっ、宮本?」
ざわめきながら、女性たちは真琴の言葉に耳を傾けた。真琴が少し『絡繰り』で仕向けているが、彼女たちにとっては思ってもみない情報だろう。
少し前まで、真琴は華崎真琴だったのだから。
真琴の隣に時哉がやってきて、言った。
「僕の妹なんです。少し事情があって、華崎家に預けられていたんですよ。今日は僕と一緒に、父の名代として参加しているんです」
女性たちは密やかに視線を交わしあう。宮本総一郎が複数の女性と関係を持っているのは、世間に知られていないだけで社交界では知られた話だ。
事情というのは、実母との関係性などそういった話だろう。そう結論付けたのか、女性たちは納得したように頷いた。
「そうだったのですね」
「でも、本当にお綺麗で……時哉さまの妹さまなら、納得ですわ」
真琴はにっこりとほほ笑むと、時哉に腕を絡ませた。そして、さらに『絡繰り』を仕向ける。
(私は今、お兄様にエスコートされているわ。だからあなたたちは、私をもっともっと、羨ましがるのよ……)
今まで昇吾にエスコートされている時も、周囲には同じ『絡繰り』をかけていた。
その結果、周りは昇吾と真琴の関係性をより一層勘違いしていたのだ。
「そうでしたの。でしたら、これからよろしくね、真琴さん」
「とっても優秀な女性だと伺っておりましたわ。宮本総一郎さまのお子様なら、納得ですわ」
そう言いながら羨望の眼差しを向け、女性たちは次々に真琴に声をかけた。
女性ばかりでない。白川会長の誕生日パーティーに招かれる大手会社の社長や名家の家長が、次々に真琴に挨拶をしていく。
「ああ、華崎家の娘……いや、宮本家の娘さんかい? 初めまして」
『絡繰り』で仕向けた結果とはいえ、真琴は自分が褒められるのに悪い気はしなかった。
だが同時に……違和感も感じる。
(どうしてかしら? なんだか……表面をなぞるだけ、のような……)
これが上流階級の余裕なのだろうか。真琴は、余計な詮索は控えておくことにする。挨拶がひと段落して、次の曲が始まりそうになったタイミングで壁際へ下がった。
すると時哉が真琴の耳元で囁く。
「すごいな、真琴。これでかなりのご婦人に気に入られたんじゃないかな」
「……そうかしら」
やはり違和感がある。それが何故なのかは分からなかった。