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第3話 悪女とダンスを(1)


 室内のざわめきが強くなる。

 白川建設会長、白川偕成かいせいの誕生日パーティー会場には、生バンドが待機し始めていた。


『それでは。皆さま、白川家恒例のダンスタイムのお時間でございます!』


 司会がマイクを通じて宣言すると、招待客たちが壁の方へと楽しそうに移動していく。


 入れ替わりに着飾った若い男女や、背筋のピンと張った夫婦が部屋の中央に向かっていった。


 宮本真琴は、その光景に驚きを感じる。白川家が主催するパーティーではダンスタイム、いわゆる社交ダンスなどを踊る時間があると聞いてはいたが、間近で見た経験はない。


 華やかな演奏に合わせて、ダンスが始まった。日本では縁のない舞踏会ともいうべき光景に、真琴は思わずつぶやく。


「……噂には聞いていたけど、本当なのね」


「真琴は初めてかい? 昇吾君には連れてきてもらわなかったの」


 優しく尋ねる時哉の声掛けに、真琴は思わず睨みを効かす。当たり前だ、と言わんばかりだった。


 昇吾は真琴を大切に扱っていたが、本格的な社交の場には連れださなかった。


(どうして? 私があんなにも尽くしたのに! 仕事でも、私生活でも!)


 真琴と体の関係を持ってくれれば、また違っていただろうか。


 考えてみたが、たとえ自分が昇吾に抱かれたとしても、結果は変わらなかった気がしてしまい、慌てて真琴は自分の考えを振り払った。


(落ち着いて。今の私が目指すのは、蘇我紗希が昇吾と離れるきっかけを作ること……。そして時哉の考えを改めさせること……)


 自分の思考を整理しなおした真琴は、時哉に手を差し出した。


「いきましょう、お兄様」


 にっこりとほほ笑む彼女に、時哉も頷く。刹那に、真琴は『絡繰り』を使って周囲の女性たちの口を軽くした。


「まあ、宮本時哉さまよ」


「珍しいわね。お相手の女性は……誰かしら? 綺麗」


 うっとりとした声で言う彼女たちは、自分たちが最初『青木昇吾と仲の良かった華崎真琴』から距離を置こうとしたのを忘れ去っていた。


 代わりに、真琴の蠱惑的な笑みに惹かれてしまう。


 真琴はさらに時哉の手を強く握り、曲に合わせて大きくターンした。身にまとう淡いブルーのドレスが大きく広がり、華やかに会場を彩る。


「彼女って華崎真琴さんよね? あんなにお綺麗だったかしら」


「もしかして、青木家でいじめられていたから、少し控えめになさっていたんじゃない?」


「ああ……それは、一理あるかも」


 ざわつきが広がっていく。ふふん、と真琴は鼻を鳴らした。


(こうでなくちゃ。今の私は、宮本真琴なの。それを宣言してやる……)


 曲の途中。息を弾ませながら、真琴は彼女たちに近づいた。


「初めまして。わたくし、宮本真琴と申します」


「えっ、宮本?」


 ざわめきながら、女性たちは真琴の言葉に耳を傾けた。真琴が少し『絡繰り』で仕向けているが、彼女たちにとっては思ってもみない情報だろう。


 少し前まで、真琴は華崎真琴だったのだから。


真琴の隣に時哉がやってきて、言った。


「僕の妹なんです。少し事情があって、華崎家に預けられていたんですよ。今日は僕と一緒に、父の名代として参加しているんです」


 女性たちは密やかに視線を交わしあう。宮本総一郎が複数の女性と関係を持っているのは、世間に知られていないだけで社交界では知られた話だ。


 事情というのは、実母との関係性などそういった話だろう。そう結論付けたのか、女性たちは納得したように頷いた。


「そうだったのですね」


「でも、本当にお綺麗で……時哉さまの妹さまなら、納得ですわ」


真琴はにっこりとほほ笑むと、時哉に腕を絡ませた。そして、さらに『絡繰り』を仕向ける。


(私は今、お兄様にエスコートされているわ。だからあなたたちは、私をもっともっと、羨ましがるのよ……)


 今まで昇吾にエスコートされている時も、周囲には同じ『絡繰り』をかけていた。


 その結果、周りは昇吾と真琴の関係性をより一層勘違いしていたのだ。


「そうでしたの。でしたら、これからよろしくね、真琴さん」


「とっても優秀な女性だと伺っておりましたわ。宮本総一郎さまのお子様なら、納得ですわ」


 そう言いながら羨望の眼差しを向け、女性たちは次々に真琴に声をかけた。


 女性ばかりでない。白川会長の誕生日パーティーに招かれる大手会社の社長や名家の家長が、次々に真琴に挨拶をしていく。


「ああ、華崎家の娘……いや、宮本家の娘さんかい? 初めまして」


『絡繰り』で仕向けた結果とはいえ、真琴は自分が褒められるのに悪い気はしなかった。

だが同時に……違和感も感じる。


(どうしてかしら? なんだか……表面をなぞるだけ、のような……)


 これが上流階級の余裕なのだろうか。真琴は、余計な詮索は控えておくことにする。挨拶がひと段落して、次の曲が始まりそうになったタイミングで壁際へ下がった。


 すると時哉が真琴の耳元で囁く。


「すごいな、真琴。これでかなりのご婦人に気に入られたんじゃないかな」


「……そうかしら」


 やはり違和感がある。それが何故なのかは分からなかった。




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