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第10話 元悪女は、忘れない(2)


 篤は、思い出を噛みしめるように呟く。


「なんで紗希ちゃんに連絡を取らないでおこうと思ったんだっけ? たぶん、きっかけは些細なことだったはずだ……だが思い出せないし、まあ」


 篤の中で何かが引っかかったような心地になったが、それはすぐに消えたようだった。


「たぶん、どうでもいいことなのかな?」


 彼の胸には今、紗希への想いと昇吾という存在への怒りだけが混在しているのかもしれない。


 しかし。彼の目が辺りを見回して、はっ、とした様子で呟いた。


「ああ、そうだ……まだその時ではないと思ったんだ。代わりに彼女を批判した記者は全員つぶした。だいたい3年前からコツをつかんだんだ」


「記者を、つぶした?」


 呆然と呟いた紗希に、篤は嬉しそうな笑みを浮かべる。


「うん。彼らは、昇吾と君の関係について、あることないこと騒ぎ立てていたからね。華崎真琴、彼女の存在があったとしても、記事の内容は紗希ちゃんを傷つけると思ってさ……」


紗希は息を飲んだ。目の前が真っ白になりそうな衝撃が、彼女を貫く。


(記事が減り始めたのは……私の変化のせいじゃ、なかった……?)


 紗希が死に戻り、心を入れ替えた3年前。

 真琴と昇吾について書き立てるような記事が減ったのは、確かなことだった。自分の変化がもたらした成果だと励みにしていたからこそ、胸によぎるのは喜びではなくショックだった。


す ると。篤の手を、紗希ではないもう一人が払いのける。昇吾が自身の胸に強く押し付けるように、紗希を抱きしめていた。


(昇吾さん……!?)


 驚く紗希の声が昇吾の心へと響いてくる。すぐにでも彼女を落ち着かせる言葉をかけたかったが、昇吾は篤に対し一層に警戒感を強めていたため、それができなかった。


(篤の中の紗希は、かつて自分だけを見てくれた、純粋無垢で母親の死に胸を痛める少女のまま、ストップしている……。だとしても、彼女の仕事を奪い、立場を貶めるような行動ができるのはおかしいんじゃないか?)


 紗希のことを思えばこそ、彼女が大切にするものを同じように大切にするのではないか。


彼は篤への嫌悪感と怒りに突き動かされてはいたが、妙な違和感も感じていた。


(考えたくもないし、否定したい妄想だが。篤は、俺の同級生だ。つまり、華崎真琴とも同級生として一時期を過ごした)


 確かめなくてはならない。昇吾は篤に尋ねる。


「篤。お前、紗希への気持ちを、華崎真琴に語ったことはあるか?」


「え? ……そういえば、そうだったっけ。ああ、そうだ、真琴から、紗希を守り続ければ手に入ると教えられたんだよ」


 紗希の手が強張るのを、昇吾は感じ取った。


(まさか。いいえ、そんな……真琴さんが? 篤お兄さんにも、何かしでかしたの? 前世では一回もそんなこと……)


 なるほど、と昇吾は内心で呟いた。


紗希にとって、確かに篤との日々は大事な思い出だったろう。


にも拘らず、今まで彼女は白川篤を意識さえしなかった。


前世ではこうした事態が起こらなかったがゆえに、彼女の思考回路に篤の存在そのものがなかったのだ。


次第に篤の顔色が悪くなっていく。


「そういえば、どうして僕は紗希ちゃんに、あの日まで連絡しなかったんだろう? 紗希ちゃんのことを忘れた日なんて、一日もなかった。彼女が蘇我家の娘だって知ったのは、すぐだったし。あれ?」


「真琴とは、卒業後も会っていたのか?」


「会っていたよ。彼女は人事部で仕事で会う機会が、あって……あれ? どうして? 彼女、広報じゃないよね。どうして僕に……?」


 学生時代。篤と真琴が親しくしていた記憶は、昇吾にはない。


 嫌な予感の方が当たったかもしれない。そう思いながら、昇吾はこれまで固唾をのんでこちらを見守っていた人物の方を振り返った。


「あなたは、篤のマネージャー。そうですね?」


 森田を引き留めていたスーツ姿の女性が、ハッ、とした様子で昇吾の声に応えた。


「その通りです。関口と申します」


「あなたは変だと思わなかったのですか? 突然、彼が紗希を会社で呼び出したことに、何も疑念を抱かなかった?」


 昇吾に言われた彼女も顔色が悪い。



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