純粋で真面目。それは華崎家のとりえだ。
蘇我家のために一心不乱に磨き上げた、とてもよく気が利く執事としての血筋だ。
どれほど操るのに適した性質なのか、明音は喉奥で笑いを漏らす。
「ええ、そうなの! ほら、お姉さまって、白川様が危うくお命を断たれようとしたところを、救った存在でしょう? 家同士の結婚よりも、よっぽどお互いに恋に落ちてしまいそうな出会いよね!」
和香は自身の胸の中で、暗い感情が芽生えるのを感じた。
紗希がもしも、白川篤と恋に落ちたとしたら?
過去の出来事が今、すでに凋落の気配を見せる蘇我家に影響を与えるかもしれないという恐怖が、和香を包み込む。
執事としてのプライドとともに、和香にとって蘇我家は琴美とのつながりそのものでもあった。
「私も憧れちゃうわ。白川様って、あんな素敵な俳優さんでしょう? いくらお姉さまでも、実はときめいちゃうのかもしれないし……」
和香が震える声で尋ねた。
「それは……本当ですか?」
そう言った彼女に、明音がニヤリと笑った。
血筋に誇りを持つ者がその性質ゆえに落ちぶれる様が、明音は大好きだった。早く姉もこうなればいいのにと、常々彼女は思っている。
生まれたときから特別な存在。そんなの、うらやましすぎる。
真琴が何もかもを見透かすような目で、和香を見つめている。
「……お義母さん。答えてくれるでしょう?」
和香の目から生気が失われる。真琴の絡繰りの力が、彼女から紗希への信頼と忠誠心の一部を奪った瞬間だった。
「……ええ。紗希お嬢様は、蘇我家に伝わる『死に戻り』の力により、今に戻ってきた可能性があるわ」
「その根拠は?」
「その、根拠は……」
和香の言葉が途切れる。彼女は自らの役割と、蘇我家を守ることの間で揺れていた。
真琴の言葉、明音の冷笑。それらが彼女の心を乱していくが、同時に心の奥底で燃え上がる思いがあった。
(紗希お嬢様は……琴美に、姉に愛されたことを、ちゃんと理解していた……)
そうだ。紗希は間違いなく、姉・琴美が愛した娘だ。
琴美に代わって紗希を守れるのは自分しかいない。必死に和香は口を開く。
「っ、根拠は、ない、わ。あくまで……勘なの……まるで紗希お嬢様が、未来を見ているようなことを言うから……」
寸前で和香はそう言葉を濁した。真琴は目を細めたが、どうやら信じた様子だった。
「そうなの……」
「信じる気なの、真琴?」
「明音。そうねぇ、信じるかどうかでいえば、信じるわ。だって他でもない、蘇我家に仕える執事のお母さまが、ちゃぁんと口にしたことだもの」
真琴が部屋の隅に置いたスマートフォンに手を伸ばす。動画が再生された。
動画の中では、和香が紗希の死に戻りの可能性を口にする様子が映し出されている。
恐ろしさに震えながら、和香は問いかけた。
「そんなもの、何に使う気なの?」
「さぁ? ……そうね。彼女が死に戻っていると確信できたら、私にとってあなたは何でもない存在になるのだから、聞いても無駄じゃないかしら」
薄く笑った真琴に、和香は目を見開く。
「どういうこと? 教えなさい、真琴!」
「母親面しないでくれる?」
冷ややかに言い放つ真琴の目には、もはや和香は映されていなかった。彼女は部屋を出ながら、成人するまで暮らした部屋を見回す。
いろいろと苦労した。青木昇吾の恋人かもしれないと噂され、宮本家のためにと苦心した。宮本家からお金を出してもらい、海外留学も果たしたが、それはすべて宮本家のためであって真琴のためではない。
自分のために動ける紗希が、心底真琴はうらやましく、憎らしい。
そんな紗希に、少しでも復讐できるのなら、真琴はもう手段を選ぶつもりなど毛頭なかった。