仰向けにベッドに寝転がり、紗希はため息をつく。
死に戻った後、今度は悪女と言われないような人生を歩みたかっただけなのに、どうしてこうも自分には予想もつかない出来事ばかり起きるのだろう。
「また頭痛の種が増えたわ……まさか本当に……」
はた、と紗希は気が付く。
中学生の紗希の視点だけでは、正確な情報が得られるとは限らない。たとえ13年前のことでも、現に紗希は篤との会話について記憶がおぼろげになっていた。
「正確に当時を覚えていて、私に嘘をつく必要がないとしたら……和香さんしかいないわね……」
蘇我家の執事にして、華崎真琴の母である華崎和香。
彼女ならば、紗希に正確な情報を与えてくれるはず。
立ち上がりながら、紗希はとにかく頭の中で理由を考えた。
(お母さまの死因について尋ねるなんて、絶対に変に思われるわよね。……そうだわ! 白川様に会ってひょんな話からお母さまの話題になって、そういう流れで聞いてみましょう)
部屋を出た紗希は、すぐに和香を探す。程なく、彼女はキッチン近くの部屋で見つかった。
「和香さん、ごめんなさい。少しいいかしら?」
「紗希お嬢様? どうなさいましたか」
和香は振り返ると、凛とした眼差しで紗希を見つめる。ふと、紗希は違和感に襲われた。
なぜか和香の目元に、母の琴美に似たものを感じたのだ。
(……変ね? お母さまのことを考えていたからかしら)
違和感を振り払い、紗希は尋ねたかったことを口にした。
「実は今日、白川篤様に職場で声をかけられたの。彼に会ったのは、その、私のお母さまが亡くなられてすぐのことだったから、お母さまの話になったの……」
「白川家のご長男と? 琴美様のことに?」
「ええ。当時は母親を亡くしてすぐだったのに、自分に気丈に話しかけてくれたと、よく覚えてくださっていて……」
和香の目がわずかに見開かれる。彼女は近くを見回すようにしてから、紗希をキッチンへ招き入れた。
蘇我家のキッチンは今でいうところの厨房であり、食堂とは場所が明確に分かれている。ドアを閉めた和香は、紗希に問いかけた。
「紗希お嬢様。その……お母さまの死因について、どのように覚えていらっしゃいますか?」
「えっ? ええと、それは……」
「……
紗希は思わず答える。
「ええ、そうよ! そうなの。心不全、という覚えもあるのに、なぜかお母さまが自ら命をという記憶もあって……白川様には、心不全でとおっしゃられたのだけど……」
和香は紗希の反応を見るや否や、数歩、後ろへと下がる。和香の顔は真っ白に青ざめていた。
紗希は驚いて和香を抱き起す。
「ど、どうしたの? しっかりして」
「あ、あぁ、いえ、すみません。ええと、それはどちらも正しい、のです」
「どちらも?」
和香は深く頷く。
「はい。お母さまは、心不全であり、自らお命を断たれたのであり、どちらにも間違いはございません。ただ、皆は心不全で琴美様が亡くなられたと思っていらっしゃるでしょう」
和香の言葉に、紗希は思わず聞き返した。
「どういうこと?」
「お嬢様、一つだけ覚えておいてください。琴美様は貴女を愛しておられました。それはとても、とても深く」
即座に紗希は頷き返す。その通りだ、と思っていた。
和香はホッとしたように微笑むと、紗希に言う。
「自らお命を断たれたと、紗希お嬢様は覚えていらっしゃったのですね?」
「ええ……でも私の日記には心臓の病だと書かれていて……」
「そう、ですね。実は世間にはそのように公表されているのです」
紗希は忌々しい思いになって、ため息をついた。
「……大方、お父様か誰かが、私に言い含めたのね。ごめんなさい、和香さん」
「いいえ……。ですが、あまりみだりに口になさらない方がよろしいかと」
「もちろんよ。急にこんな話をしてごめんなさい、ありがとう」
笑顔を見せた紗希は踵を返すと、自室へ戻っていく。
その足音が遠のき、2階の部屋のドアが閉まる音が聞こえたころ。
厨房にいる和香は、緊張の糸が切れたかのようにその場へ座り込んだまま、動けずにいた。
「……どうしよう
彼女は膝を抱えると、深く俯く。指先はこわばり、強く震えていた。
「
3年前……突如として、紗希の雰囲気が変わったあの日を思い出しながら、和香は必死に心を落ち着けようとしていた。
時刻を正確に確認し、急に人が変わったようにふるまうあの姿。
もしや、と思いつつ、今日まで和香はその可能性から目を背けていた。その可能性に目を向ければ、紗希に対ししでかした自らの罪を認めるも同然だったから。
「今の紗希お嬢様は……あなたが自殺してしまった可能性を知っている。じゃあまさか、紗希お嬢様も死に戻りを経験されている……?」
彼女は激しく息を飲む。いつも冷静にふるまう蘇我家の女執事としての顔はそこになかった。