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第6話 青木家の力(3)

「何が起きたのよ? 私の『絡繰からくり』は、今まで間違いなく彼に効いてたってのに……」

「俺も不思議だよ。俺以上に力の扱いがうまいお前が、まさか失敗するなんて」


 目線を合わせる二人は、よく似た目つきをしていた。

何を隠そう。華崎真琴と宮本均はだ。

苗字が異なる上、外見も似た箇所は存在しない。そのためか、昇吾にすらこの秘密は知られていなかった。


「安心して話してくれて良いぜ? この部屋の監視は切ってある」

「お心遣いどうもありがとう」


 冷たい目で言う真琴は、忌々しそうに均を見た。

均と真琴の実父である宮本総一郎は、六十歳を過ぎ、表向きは引退した身となっている。しかし実際は経営の実権を強く握っており、名実ともに宮本通信会社のトップとして君臨していた。

 そんな総一郎の隠し子として、真琴はこの世に生を受けた。

実母の元で育てられることはなく、華崎家に預けられたのには事情がある。

育て親である華崎和香も詳しい話は知らないらしく、実母のことを聞いても口を閉ざすばかり。

 故に真琴は、自分の『本当の姿』を強く求めてきた。

 しかも、すぐそばには、本当のお金持ちとしての生活を送る蘇我家の人々がいる。

 自分も本当は宮本真琴として、彼女たちのように生きられたんじゃないかしら。

 考え続ける真琴に転機が訪れた。


「驚いた……君には、宮本家の力が流れているのか」


 目を見開く宮本総一郎は、高校生だった真琴に微笑みかけた。そして、ある条件と引き換えに『本家の子供』として認めるという契約を結んでくれたのだ。


 条件とは、青木昇吾と恋仲になること。


 幸いにして、昇吾の傍には宮本家の次男である均がいたから、接触には困らなかった。

 優しさと昇吾への共感をちらつかせれば、彼は面白いほどに真琴にのめり込んでくれる。まるで自分が物語のヒロインになったかのような日々……。

 だが。真琴は次第に、その虚しさに気が付き始めた。

 人気も、お金も、いつだって『青木昇吾の最愛の人』という建前がなければ手に入らない。



── じゃあ、青木真琴になったとしても、私の本当の幸せは手に入らない?



 真琴は思いなおす。

 宮本家の実子となれば、自分を『哀れな執事の家の娘』と見る人間も居なくなる。

 なってもらわなくちゃ、困る。


「はいはい。お前の理想は何度も聞いたよ」


 あきれ返った顔で言う均に真琴は笑う。


「何度だって語りたいわ。お兄様。総一郎様からの命令で、昇吾さんと仲良くなったくせに?」


 否定の言葉の代わりに、均は真琴がたじろぐほどの怒りの感情をぶつけてきた。

 そう、否定できない。最初から均は、昇吾のことを見張るように総一郎が『絡繰り』で幼い均の感情をコントロールし、昇吾と仲良くするよう仕向けたからだ。

 だが今となっては、自分は昇吾のことを本心から手伝いたいのだと理解している。ゆえに抱いた怒りだった。


「……俺がここに来たのは、お前のうっ憤晴らしに付き合うためじゃない。昇吾がお前を愛しているようだから、俺は今まで何も言わなかった。だが、もう状況は変わっている」


 真琴が眉を鋭く跳ね上げた。彼女の首筋が怒りに赤く染まる。

しかし、それでも均が言いたいことが分かっているのか、黙ったままだ。


「蘇我紗希は変化しつつある。それこそ、あの3年前、突然お前たちの前に姿を現さなくなった日からだ」


 歯ぎしりの音を短く響かせた真琴が、均を物凄まじい形相で睨みつけた。


「……理由はどうであれお前が昇吾に大切にされてきたのは、愛されようと努力した結果だ」

「その通りよ」

「お前となら、昇吾も幸せになれると思った。蘇我紗希と昇吾が結婚するくらいなら、お前との結婚が成功するように協力するつもりさえあったんだ」

「あら、そうだったの? でも、確かにあの女の変化は私も知りたいところなの。なんてったって……私の実子入りの条件は、蘇我紗希が変わった理由を探れって条件に変わっちゃったんだから!」


 真琴は唇をかみしめる。イラつきを抑えようと、彼女はテーブルに置いたラムネに手を伸ばした。

 入れ物からざらざらと右手に取り出し、口に投げ込むと勢いよくかみ砕く。

 均は首を傾げた。なぜ総一郎は、そんな大きな変更点を自分に伝えなかったのだろう、と思ったのだ。


「初耳だ。何でまた?」

「分からないわよ。でも、代わりに昇吾と恋人になるところまでいかなくてよい、って言われたの。気が楽になったわ」

「……だからか? お前の力が通じなかったのは」

「そんなわけがないじゃない!」


 首を横に振り、真琴は均を睨みつける。


 『絡繰り』は宮本家に代々伝わる力だ。

 人の感情を感じとり、その人が本能で求める行動や言葉がけをすることで、人を操ることができる。

 ただし、現代では青木家の『心読』ほど珍しい力でもない。エンパシーとも呼ばれ、共感力を高めるための講習会だってそこらで開かれている。均や真琴、宮本家の一族は、そうした力の一端を活用しているだけとも言えた。


 だが、父親の総一郎だけは特別だった。気を抜けば実子の均や真琴も操られてしまうほどだ。

 真琴は相手の心を感じとるだけなら、総一郎並みとの評価を受けている。だが、動揺すると言葉選びを失敗してしまうところがあった。

 滅多に失敗することはない。だが、動揺しているのも相まってか、真琴は失敗と同時に相手の心を逆なでするような発言を重ねてしまいがちだ。そんな彼女のサポート役も、均の役目だった。

 もちろん、宮本家の力が周囲にバレないようにするためにだ。


「今回は昇吾の発言に動揺しただけよ。次は失敗しない。私は絶対に、本家の娘になって、宮本真琴として新しい人生を歩みだすの……」


 もう一口、真琴はラムネを頬張る。均はそんな彼女の表情に、危機感を抱いた。

 確かに、自分は宮本家の人間だ。だがそれ以上に、今は昇吾の友人としての立場に強く誇りを抱いている。

ここは俺が、自分で働き、自分で考え、そしてたどり着いた場所だ。


(真琴のようになってはならない……いいや、親父のようには、なりたくない)


 胸の奥に灯った熱に、均はそっと心の中で手を当てる。

 今までとは違う強い感情が、自分の背を押してくれる気がしてならなかった。



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