しかし昇吾は気にしない。むしろ紗希が何と返すのかが気になってたまらなかった。
「まあ。昇吾さん、嬉しいわ」
(エメラルドは華崎真琴の誕生石じゃない。彼女に買いたいなら正々堂々おっしゃればよろしいのに……)
紗希は笑みを浮かべているが、心の声は嫌そうなものだった。人間、ここまではっきりと真意を隠せるものなのかと昇吾は思う。
「いや、そのエメラルドじゃない。君の前にある、真珠だよ」
何とも言えない表情をした紗希が、数度瞬く。すると彼女の頬が、赤く染まった。
(……私が六月生まれとご存じでおっしゃっているのかしら?)
昇吾はとっさに答えた。
「真珠は、君の誕生石だからね」
紗希は顔色を変えない。だが、心の声には彼女の真意ととれる内容が、大いに現れていた。
(本当に覚えていてくださったの……?)
どこか驚いた様子で心の声を漏らしつつ、一方で現実の紗希はまるで『当然』と言いたげに微笑んで見せる。見た目だけを見れば、自分のことを昇吾が知っていて当たり前と思っている、高慢な悪女という言葉がふさわしい。
だが内心。
つまり、昇吾が紗希の心の声だと思っているものには、違う色がのせられていた。
(どうしましょう、本当に嬉しい……)
実際のところ。昇吾は紗希の誕生日などすっかり忘れている。執事や秘書たちに対外的な贈り物を任せきりで、ここ数年は『誕生日』について考えることさえなかった。
だが。忘れていたのが惜しくなってくるほど、ひどく幸せそうな声が響く。
(彼女の本心が、こちらだとしたら……)
あの、婚約解消を申し込んだ日。
紗希は『前世』という言葉を使っていた。
この言葉については、昇吾は今も、真意を測りかねている。
だが。心の声で聞こえたのは、そればかりではない。
(今だって好きよ。愛しているわ……)
情熱的な一言を思い出す。
昇吾は今まで、多くの女性に同じような言葉を告げられてきた。
だが、情熱は、感情は、紗希が一番だ。
思い出すだけで、自身の心の奥にいる少年が顔を赤らめてしまう気がしてくる。
紗希は今まで、微塵も、心の声を表に出さなかった。
まるで、SNSで異なる目的のアカウントを運用するように、基本的な話し方は同じでも、昇吾に向けるまなざしや言葉は、全く違う。
心の声はひたすらに素直で、はっきりとして、世界の全てに新鮮に反応する。
現実の紗希は以前とほとんど変わらない。
3年ほど前から昇吾に距離をとろうとする姿勢のまま、真琴と昇吾の顔を立てるような振る舞いを続けている。
どちらが本当の彼女なのか?
それとも、どちらも本当の紗希なのか?
とにかく昇吾は、彼女への興味が尽きなくて、たまらなかった。