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第3話 元悪女は、振り回される(3)

 しかし昇吾は気にしない。むしろ紗希が何と返すのかが気になってたまらなかった。



「まあ。昇吾さん、嬉しいわ」




(エメラルドは華崎真琴の誕生石じゃない。彼女に買いたいなら正々堂々おっしゃればよろしいのに……)




 紗希は笑みを浮かべているが、心の声は嫌そうなものだった。人間、ここまではっきりと真意を隠せるものなのかと昇吾は思う。




「いや、そのエメラルドじゃない。君の前にある、真珠だよ」




 何とも言えない表情をした紗希が、数度瞬く。すると彼女の頬が、赤く染まった。




(……私が六月生まれとご存じでおっしゃっているのかしら?)




 昇吾はとっさに答えた。




「真珠は、君の誕生石だからね」




 紗希は顔色を変えない。だが、心の声には彼女の真意ととれる内容が、大いに現れていた。




(本当に覚えていてくださったの……?)




 どこか驚いた様子で心の声を漏らしつつ、一方で現実の紗希はまるで『当然』と言いたげに微笑んで見せる。見た目だけを見れば、自分のことを昇吾が知っていて当たり前と思っている、高慢な悪女という言葉がふさわしい。


 だが内心。


 つまり、昇吾が紗希の心の声だと思っているものには、違う色がのせられていた。




(どうしましょう、本当に嬉しい……)




実際のところ。昇吾は紗希の誕生日などすっかり忘れている。執事や秘書たちに対外的な贈り物を任せきりで、ここ数年は『誕生日』について考えることさえなかった。


だが。忘れていたのが惜しくなってくるほど、ひどく幸せそうな声が響く。




(彼女の本心が、こちらだとしたら……)




あの、婚約解消を申し込んだ日。


紗希は『前世』という言葉を使っていた。


この言葉については、昇吾は今も、真意を測りかねている。




だが。心の声で聞こえたのは、そればかりではない。




(今だって好きよ。愛しているわ……)




情熱的な一言を思い出す。




昇吾は今まで、多くの女性に同じような言葉を告げられてきた。


だが、情熱は、感情は、紗希が一番だ。


思い出すだけで、自身の心の奥にいる少年が顔を赤らめてしまう気がしてくる。


紗希は今まで、微塵も、心の声を表に出さなかった。


 まるで、SNSで異なる目的のアカウントを運用するように、基本的な話し方は同じでも、昇吾に向けるまなざしや言葉は、全く違う。


 心の声はひたすらに素直で、はっきりとして、世界の全てに新鮮に反応する。




 現実の紗希は以前とほとんど変わらない。




 3年ほど前から昇吾に距離をとろうとする姿勢のまま、真琴と昇吾の顔を立てるような振る舞いを続けている。




どちらが本当の彼女なのか?


それとも、どちらも本当の紗希なのか?




 とにかく昇吾は、彼女への興味が尽きなくて、たまらなかった。



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