昇吾の真意を測りかね、紗希は彼の申し出に内心で首を傾げながら笑い転げていた。真珠をプレゼントされることへの驚きと喜びに浸りたい気持ち。そうすれば何もかもを失うという気持ち、双方がぶつかり合って、複雑な感情を作り出す。
いったい何があったの。
尋ねることができれば、どれほど良いだろう。だが、今の紗希にはできそうもない。
結局。紗希は真珠のイヤリングをその場でプレゼントされた。
耳朶を彩る真珠は虹色の輝きを放っている。周囲からの視線が変わるのを、紗希は露骨に感じ取った。
「おい。青木家と蘇我家、婚約解消に向けて動いているんじゃないのか?」
「みたいだな……単なる噂かもしれん」
「真相を掴まないとね」
彼らにとっても一大事だろう。紗希が婚約解消を成功させていれば、今頃は昇吾の次の婚約者になろうとする女性で、この会場は大変なことになっていたかもしれない。
だが残念なことに、今のところ、紗希は昇吾の婚約者のままなのだ。
帰りの車でこのまま蘇我家の屋敷に送られる予定となっている。
高級国産車の横で、昇吾が紗希へ手を差し出した。紗希にエスコートするためだ。
贈られたイヤリングよりも、紗希はこの手が何よりもうれしかった。
(いけない……緊張してしまう……)
彼女がそっと手を差し出した、その時。昇吾の傍に、均が素早く近づいてきた。
はっとして、紗希は昇吾の手を借りずに素早く車へ乗りこむ。昇吾は一瞬だけ紗希に視線を放ったが、すぐに均の方を見た。
均は眉をひそめ、小声で何か耳打ちする。すると昇吾の表情が、不思議そうなものに変わった。
「真琴が?」
囁いた言葉を、紗希はハッキリと聞き取った。昇吾が振り返り、紗希の乗る車の運転手へ指示を出す。
「すまない。仕事が入った。紗希さんを蘇我家に送り届けてくれ」
「かしこまりました」
ドアが閉められる。紗希は僅かな落胆と、そうなったのか、という気持ちの双方を抱いていた。
滑らかに走り出した車の外。紗希の視線の先で、真琴が昇吾に駆け寄るのが見えた。見た目からは、何か重要な事態を伝えに来た部下の様子に見えるが、それにしてはちらりと見えた宮本均の表情が気にかかる。
(前回と、連絡を入れる立場が逆転している。でも……)
紗希が記憶する限りでは、この展示会で昇吾は真琴にジュエリーを贈っていた。それを聞きつけた紗希が怒り狂い、昇吾に電話をかけて会場へ駆けつけたはず。
しかし今回は、紗希がジュエリーを贈られ、昇吾に真琴が連絡を入れる形となった。
紗希が婚約解消を申し出たことで、大きく物事が動き出しているのだろう。
そうとらえるのなら、良いことだともいえる。紗希が婚約解消を成功させて、莉々果と楽しい日々を過ごせるかもしれない。あわよくば、ビジネスも成功して、日本を飛び出して青木昇吾と華崎真琴をもう二度と視界に入れなくても良いような場所へいけないだろうか。
紗希はあくまでも自分の命惜しさ、そして、昇吾の未来のために婚約解消を申し出たのであって、真琴と対立するつもりは全くない。
いつ。どこで。物語の力が発揮され、紗希は『悪役』となり、真琴が『正義』として立ちはだかるか分からないのだ。
昇吾にどのような考えがあるにせよ、あらためて自分は強く心を持たなくてはいけないと、紗希は思い知らされた気持ちだった。
すると、ビジネス用のスマートフォンに通知バーが表示される。紗希は目を通し、ホッとする。
「……うまくいってよかったわ」
それは広告関係の企業が集まる規模の大きいイベントへの招待だ。
紗希のここ最近の莉々果とのタッグが功を奏し、OKがもらえたらしい。青木礼司も、このイベントに参加するという。
彼にぜひとも接触し、真琴の行動について確かめなくてはならないことがあった。
前世での礼司は真琴に自身の成果を渡してしまい、結果として彼の部下が命を絶つことになった事件があった。その時、礼司は自分のせいではなく、紗希の存在が悪影響を及ぼしたのだと主張したのだ。
思い返せば、あれは、兄への当てつけだったのだと分かる。
(でも。今回はそうするわけにはいかないわ……)
紗希は出来るだけ速やかに、昇吾との関係を終わらせたいのだから。