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第3話 元悪女は、振り回される(2)


 とはいえ、心の声が聞こえるのは紗希限定らしい。

 仕事にも生かせれば言うことはなかったが、残念ながら一度たりとも上手くいかなかった。


 数日は混乱した昇吾だが、今となっては開き直り、この不思議な現象を、少しの間だけ楽しんでみようと考ええていた。


 理由は二つある。

 一つは、普段の昇吾に接する時の紗希とは違い、彼女の心の声はさっぱりとしていて軽妙な言葉ばかり。昇吾にとっては、面白い、と思うに十分な内容だった。婚約の件は青木家側に少しだけ有利な条件で結ばれている。昇吾が認めない限り、紗希は昇吾の婚約者のままだ。


 そしてもう一つは、紗希が婚約解消を申し出た後、部屋を出た後に考え込んでいた内容についてだった。

 紗希が考え込む世界の中では、彼女と自分がレストランで食事をしている。紗希は、真琴について、ある訴えをしていた。

彼女が対応した新作ジュエリーの展示会が、何か問題があると言おうとしていたらしい。だが最終的に彼女の考えの中の昇吾は、話を切り上げてしまった。


 紗希とレストランで食事をした記憶は、昇吾にはとんとない。彼女の妄想だ、と昇吾は到底信じる気にはなれなかったが、ジュエリーの展示会については別だった。


 秘書であり、親友でもある宮本均みやもとひとしから、今回の展示について問題を指摘する報告が上がっていたからだ。

「昇吾。華崎が直接かかわっている可能性は低いと分かったが……だが……」


 示された資料に昇吾は頭を悩ませる羽目になった。

人事部に所属する真琴が、間接的とはいえ、このジュエリー展示会に関与しているのは事実だ。

 しかし。内部調査の結果、真琴の進言がもとで、あるショップの展示が中止されていたことが分かった。

 中止となったショップのオーナーは、海外の女性ジュエリー作家。

 彼女の商品はコアなファンが多く、今回の展示会では目玉の一つとなっていた。

ところが、彼女の展示と入れ替わりに、国内の中堅企業が参加している。真琴が彼女の作品について『人権侵害』のリスクを訴えたらしい。


 件のジュエリー作家は、かなりプライドを傷つけられたようだ。

 もう青木グループが関与する展示会には出ない、とご立腹だった。


 人権侵害のリスクについては、昨今の企業ではかなり重要視される部分だ。それは仕方がない、と昇吾は一瞬考えたものの、均の示した資料では、不自然な資金の流れが代わりに参加した企業に向かっていた。

 名目上は、短期間で準備を進めてもらうからこその経費となっている。

 だがそもそも、本当に出店が中止されたショップオーナーの作品が、人権侵害に該当したのか。次に参加することになったこの企業の選択に、正当性はあったのか。


 真琴に対し、昇吾は確認もいれた。


「当初は間に合わないとして断られた企業だったの。でも、声をかけたら対応してもらえることになって……」


 なるほど、その可能性もあるだろう。しかし昇吾は、何か、一抹の不安のようなものを拭い去れなかった。


 考えたくもないが、まさか真琴がこの企業から賄賂か何かを受け取ったのだろうか。


 とにかく不自然な動きがあったのは事実だ。

 そこで昇吾は真琴に別件を頼み、このジュエリー展示会には関与しないように仕向けた。


 結果はうまくいった、としか言いようがない。真琴が来ないことをどこから聞きつけたのか、件のジュエリー作家がそれまで対応していた担当者に対し、謝罪のメールを送ってきたという。

 真琴は何をしでかしたのか……昇吾は彼女に対する気持ちを、整理しきれていなかった。


 だからこそ。

 能力と紗希の気持ち、双方に昇吾が納得するまでは、このままの関係を続けようと彼は決めていた。

 もしも紗希以外の気持ちも聞き取れるようになれば、仕事で大いに活用できる。

 昇吾は詳しくないが、漫画などでは能力が突然開花した場合、さらに研鑽を重ねることだってできるはずだ。


 そうすれば……真琴の真意が、聞こえるようになるかもしれない。


 昇吾の気持ちは紗希に向いたわけではない。あくまでも、彼は真琴と自分の未来のために動こうという心積もりだった。


 笑みを浮かべたまま、昇吾は紗希に問いかけた。


「君は、これが気に入ったのかと思ったんだ」

「ええ。本当に綺麗ですもの」


(他のエメラルドにはないカットが使われていますし、この透明度の高さときたら! でも、隣の真珠のイヤリング。小粒だけど、この七色の輝きはオリエントね……なんてすばらしいのかしら……)


 紗希の心の声に、ふと、昇吾は彼女が今日のアクセサリーに真珠を選んでいることに気が付いた。


「……なら、君に贈ろうか?」


 昇吾が問いかけると、紗希が目を見開く。周囲がざわつくのが分かった。



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