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◆第23話

 クルトさんが言うに、ラマレーンとやらは下流域を司る聖霊で、フェアリーの長(おさ)的な存在らしい。彼女は平和主義で、魔族と人間の共存を掲げていたとか。そういえばエリスも、ラマレーンに口説かれたとか言っていたな。

 そしてそんな彼女は、自分に協力を仰ぐべく、勇者を召喚しようとしたらしいのだが……。


「わたしが城を追い出されて、中流域と上流域の流境を散策していたときに出会ってな。わたしが魔王とも知らず、接近してきた。そのときわたしはメンヘラでそれが顔に出てたのか、下流域に行くことを勧めてきてな」


「メンヘラ……その言葉この世界にあるんだな」


「中流域で覚えた。人間界隈の中で結構気に入ってる言葉」


「知らんわ。続けろ」


「そこで、わたしは思いついた。あ、じゃあわたしが勇者召喚してコロそって。そうすれば、パパもわたしを見直すって」


「とんだ自作自演だな」


「メンヘラだったからな」


「ほんと気に入ってるんだなその言葉」


 そして。

 大体想像はつくが、俺はリコの続きの言葉に耳を傾ける。


「ニンゲンの中に、ごく稀に聖霊の魔法を使えるヤツがいるのは有名な話。わたしはそれになろうと思った。魔力を奪われてても、それくらい、魔王のわたしには簡単だったから」


「それで、ラマレーンの代わりになろうと思ったのか」


「そう。いや、厳密にはコロしてはない。あっちに困ってる魔族がいるよ~って、凶悪な魔族の根城に導いた」


 リコは軽々しく言う。どうやら、まだ死んだとは決まっていないらしい。クルトさんもらしからず焦燥した様子で、リコに距離を詰める。そして彼女の修道服を掴んだ。


「で、では、ラマレーン様の生死は、まだ定かではないと……!」


 それでいて、彼は目に希望を宿してそう言った。


「それは無いな。さっきも言ったけど、凶悪な魔族──それはつまり──」


 ごくりと息を飲むリコ。

 そして……。


「魔族四天王の一人、アリス・キャロライナの根城のある場所だからな」


 まるで自分の高尚な肩書を口にするかのように、ドヤ顔でそう言った。魔王として誇らしいのかもしれない。

 いや、それより……。


「魔族四天王ってダサいな」


 素直に俺はその印象だった。


「うっ……わたしもそれは思ってた」


 珍しくリコと意見があった。彼女はムっとしながらも、頬はほのかに赤く染まっている。


「四天王……それではラマレーン様も……」


 クルトさんが膝を折りながら言った。四天王の名は、それだけ絶望的なのか……。


「話を聞くに、下流域のトップなんだろラマレーンって。魔王ならともかく、四天王──ふふっ、し、四天王に、か、簡単にやられるのか?」


「笑うな。……四天王をなめるな。言っておくが、イヴより強いからな四天王は」


「あのチェーンソーメイドよりもか」


 それは確かに、厄介か。


「……一番は、ラマレーン様のその博愛さにあるでございます」


 ゆっくりと立ち上がりながら、暗いトーンで、クルトさんが言う。そして、そのまま静かに上をみあげ、続ける。


「ラマレーン様は、疑うことを知らぬような、清廉すぎるお方。たとい、四天王だからと……いえ、四天王だからこそ、共存を持ち掛けようとするはず」


「なるほど。まあ、リコでも騙せるくらいじゃ、確かに」


 ラマレーンには悪いが、俺は思ったことをそのまま言った。


「お前はいちいちカンに障るやつ。でも、そう思う。ウソがニガテなわたしでも、簡単だった」


 リコも自覚があるようだった。俺の頭を叩きながらそう言ったが、こいつにしては優しい力だった。


「……ですが、それでも……ラマレーン様は下流域随一の魔力を兼ね備えております。彼女の実力ならば、四天王から逃げるくらいは……」


 弱々しいクルトさんの声。しかしそれは、微かな希望か、認めたくないのか……言葉は信じきれない、といった様子だった。


「……それなら、探しに行くか。どうせ魔王城がある──上流域に行かなければならないしな。ラマレーンが見つかり、エーテルの鍵の修復方法が分かれば、一石二鳥。な? リコ?」


 俺がそう言うと、クルトさんがはっと俺の方を向いて、その霧がかった表情が晴れた。


「わたしは生きてると思えない。それに、生きていても、ラマレーンがアリスに捕まってたらどうする。エーテルの鍵無しじゃ、お前に勝ち目はない」


「いやリコがいるだろ」


「だからわたしは力を封印されてるんだ。今やゴブリン以下の魔力しかない」


「そうじゃない。お前のパンツがあるだろ? 俺の鼻血で倒せばいい」


「バ、バカかお前……っ。だけど、案外いけそうなのもムカつくな……まさか勇者が下着に興奮して鼻血をまき散らしてくるとは思わない……」


 俺を殺した純白の下着。そして目覚めた性癖。これがあれば、もはや楽勝なのではないか?

 いや、そういえば……。


「……そういえばリコ、お前腐っても魔族らしいが、お前は俺の鼻血なんともないのか?」


 今まで近くに居て、こいつは避ける素振り一つ見せず、ずっとドン引きしていたし。


「魔王だからな。魔王の血筋も特殊で、わたしの血も、ニンゲンであろうが魔族であろうが、灰へと変える」


「魔族もお構いなし……?」


「そう。何故かは分からないけど、まあ、魔族を統べる者としての特権だろう」


 確かに、エリスもこいつの血を浴びて灰になったことを思い出す。しっくりは来ないが、そういうものなのかもしれない……?


「よく分からないが、じゃあお前も戦えるな」


「いや、わたしは魔王だぞ、わたしの顔は誰でも知ってる。ヘンなことすれば警戒されるに決まってるだろ」


「それはそうか」


「だから、やっぱり、わたしと旅をするのは得策じゃない」


「いや、それこそ、魔王と勇者が一緒にいるとは思わないだろ。油断させることができるかもしれない」


「お前、口だけは達者だな……」


「だが、実際そうだろ?」


「……うん」


 あからさまに、納得できるはずがない……といったリコの表情。一応肯定はしたが、見るからに嫌々な感じ。

 そんなリコに、クルトさんが再び近づく。


「リコ様……私は、やはり、貴方を赦すことは出来ません。純美なる博愛の心を持つラマレーン様を補佐する神父でありながら、怨嗟を抱いている……」


 そして、形容しがたい、釈然としない表情で……リコの目をしっかりと見つめてそう言った。

 しかしリコは、ブレる様子はなく表情を変えない。彼女も村のために動いたとはいえ、魔王としてのプライドがあるのだろう。いや先の脅威を──エリスを自分が倒したと今に限って明かさないのは、リコの優しさなのか。


「それが当然の感情。ラマレーンがおかしいんだ。ニンゲンと魔族が共存など、眉唾モノ」


「ただ、それでも……私は、信じたいのです。ラマレーン様の志す世界を。……信じていいと、それを教えてくれたのも、リコ様なのですから」


「わたしが?」


「はい。先の魔物を倒したのは──リコ様なのでしょう?」


 リコの瞳を覗き込むようにして言うクルトさん。それを確信しているように、力強いまなざしに感じた。


「ふひゅ~、じゅるひゅ~、なんのことやら~」


 しかし、リコはすっとぼける!


「いいだろ認めれば。ってか口笛下手すぎなお前。おおよそ口笛とは思えない音出てるぞ」


 なんかASMRにありそうなエッチな音みたいなの出てた気がするし。断じて俺は聞いたことないから、予想だけど。


「お、お前も何を言ってるんだ。魔王のわたしが、この村を守るために戦うとか、そんなことジョーダンでも言うなよ~」


 こいつのこの口ぶりは、もはや武勇伝を語るように、自慢したいように思えた。


「……リコ様、私──そしてラマレーン様が、貴方に聖なる魔法を、教示したのです。隠すことは、無理かと」


 俺はため息をついたが……クルトさんは至って真剣な表情でそう言った。


「ま、まあバレてしまっては仕方ないな。わたしも、お前らに恩義は感じていたから、ガンバってやっつけたぞ!」


 リコはえっへんと言わんばかりに大きく胸を張って返す。今の体型もあり、子供が褒められたいけど恥ずかしがるような素振りに見えて……悔しいが、それは少し可愛らしく思えた。


「……はい、その気持ちを、私は信じたく思います」


「ニンゲンに協力するのは、最初で最後だ。信じるだけ無駄だと思う」


「そうでございますか。では私は……ラマレーン様が……そして、勇者様が信じるから、貴方を信じます。勇者様が、リコ様を信じている、それだけの理由にございます」


 一歩も引かないクルトさんの言葉に、リコは顔を赤く染めて、そっぽを向く。その聖魔法とかいうのを教えてたとかで、クルトさんも、リコの扱い方は心得ているのかもしれない。

 リコは少し照れ臭そうに、顔を逸らす。そして、教会の扉へと体を翻した。


「……おいお前、例のラマレーンの捜索についてだが、考えてやる。喜ぶがいい」


 そして、まるで捨て台詞かのように不満げな声を俺に投げかけた。


「考えてくれるだけ一歩前進か。だがもう少しだ、がんばれ。というかお前のためでもあることを忘れるなよ」


「その言葉聞いて誰がお前なんかと旅したくなるんだ……」


 そして最後、はぁっとため息をついてその場を後にした。あいつを利用するのだから、”テイ”でももう少し気を遣ったこと言った方がよかったか。


「……なんともまあ、勇者様もリコ様も、変わっておられますな」


 ぎしっと教会の扉が軋みをあげながらリコが外に出ると、クルトさんがそう言った。どこか気まずいような表情をしている気がする。


「確かに俺は勇者らしくはないだろうし、リコも魔王らしさはないだろうな。だが、あいつの顔を立てる訳じゃないが、さっきこの村を守るために本心から戦ったと、俺も保証する」


「はい。……そうですね、リコ様が魔王となれば、ラマレーン様の望む世界になるかもしれない。そう、私は信じることにいたします」


 彼のその言葉は、自分でも噛み砕けていない、建前のように聞こえた。ラマレーンに仕える身であるからこそ、モヤモヤしているのだろう。

 そして頭を下げたあと、俺にまたもやお礼として豪華な食事を酒場で振舞ってくれることを最後に言って、教会を出て行った。


(……背負わされるのは好きじゃないが、エリスの遺志も継がないとな)


 前世で誰かの期待に応えるのが嫌で嫌で仕方なかったが、結局俺は俺か。一人になるとそんな感情に支配された。前世で晩年孤独だった俺も、この村に絆されたか。

 そんな俺の心を読む様に……。


「──ほら、ワタシの言った通りでしょ? 生命は刻み込まれたDNAに反逆すること、歩んできた軌跡を遡行することはできない。成長と進化は似て非なるものかも」


 瞬間移動してきたかのように、気づけば目の前に居たアメノがそう言った。当たり前のように全裸だった。


「アメノ……」


「イヒッ、ワタシは定期的に現れるよ。ソシャゲで喩えると、ゴッドフェスくらいの頻度でね」


「相変わらず人間の文化大好きなんだな」


「まーたメンテ延長してら! 詫び石キボンヌッ!」


「死語だろその言葉」


「それはさておき、キミ、なかなか期待通りの運命を歩んでいるのかも。盟約を交わしたワタシとしては、重畳重畳ッ」


 ステンドグラスから差し込む陽光を浴びながら、いつものペースでアメノは自分の世界を展開する。それこそ神のようなカリスマ性を感じる。


「根底にあるのはハーレムを作るって目標だ。獣人も魔物も、最高にかわいいヤツが多い。旅のしがいもあるってものだ」


 その過程でリコが力を取り戻して、魔王の座に就けば、世界も平和になる。そう思うとかなり楽だ。


「いいねぇ~。性的欲望も、生命の進化に必要不可欠なピース。生命に死を与えたのが──セクロス」


「いちいちネットの掲示板で出てくるようなスラング使うな。多分それも今あんま聞かないやつだし」


「子孫に未来を託す選択をしたから、生命は自らの瑕疵したDNAを破棄するために、死を覚えた。そしてそこに生まれたのが──性的欲求とセクロス」


「セクロスやめろ」


「そんな中で、嗜虐趣味、加虐趣味といった過激な性的行為に快感を覚える異分子──ましてやパンツに殺されることに興奮するキミのようなニンゲンも現れた」


「いや、存外男のロマンだと俺は思うがな」


「それは無い。神様が言うかも」


「……神が言うんじゃ否定できないわ」


 いいと思うけどな。死の苦しみと恐怖を与えてくるのが、エッチなパンツというのも。


「イヒッ、でも神だからこそ、キミ達の特殊性癖も、ワタシは寄り添いたい。今のニンゲンは、そういう文化を目指しているようだしね」


 なるほど。それはいわゆる、多様性社会のことを言っているのか。


(俺はこいつに、何がしかの実験をさせられているのか……?)


 今更ながら、そう思った。罰だ盟約だとアメノは言っていたが、こいつの今までの口ぶりから、”人間”という種族に対し、特別な思いがあり……俺は選ばれ、利用されている。


「アメノ、いい加減、お前の目的を教えてくれないか。盟約とやらで結ばれているのなら、別にいいだろ」


 俺はアメノの目をのぞき込むようにして言う。こいつは剽軽な様子で、ニヤニヤとした笑みを浮かべていたが……瞳の奥には、底知れぬ何かが広がっている気がした。

 アメノはイヒッと、下品に笑い──。


「宇宙という母体のDNA──そんな不可説不可説転の上にあるミッシングリンク。それの観測、かも」


 哲学めいたことを、いかにもふざけてますという顔で言った。


「相変わらず芯食ったこと言わないんだな」


「まあソシャゲの運営もどうしてサ終するのか、明確な言葉で説明しないし」


「またソシャゲ……。ソシャゲの運営と神が同じ土俵でいいのかよ」


「それはそれ」


「その文言流行ってんの!?」


「さて、ワタシはここらでドロンするかも。生命に、そしてキミに死を齎した、アンラッキーなスケベに神のご加護があらんことを……」


 アメノを、目を覆うほどに照り輝いた陽光がその身を包む。


「その言葉ってシスターが神に言うやつだよな!? 神はお前だよな!?」


 そう、俺がツッコミをいれたときには……アメノは消えていた。


「…………あれ?」


 俺はふと思った。

 今アメノが言った、アンラッキースケベ……。

 もしかして、俺にことごとく、スケベと死の危険の隣り合わせが発生するのは……やっぱりあいつの罰なのか!

 嬉しいような、悲しいような……。

 複雑怪奇な感情が渦巻く俺だった。



 それからアンラッキースケベや、アメノの目的などしばらく考えたが……答えは見つからなかった。

 だが、そんなことはどうでもいいと結論づけた。

 結局のところ、ハーレムを作らなければ、俺のセカンドライフに意味をなさないのだから。

 そうして、数日が経ち……ついに、旅立ちのときを迎えようとしていた。

 村民が外に集まり、門出を祝おうとしてくれている。

 そんな俺は勇者──とはいいがたい、シンプルな黒のジェケットに黒のズボンといった服装。この村に流通するものから選んだものだ。

 そして……。


「せいぜい足を引っ張らないようになッ!」


 隣には、大きなリュックを背負った、いつもの修道服を身に纏った自称魔王リコ。

 結局こいつも、旅を共にしてくれることになった。まあ、今後の自分のことを考えての消去法らしい。

 ピンクの球体のゲームキャラクターに似たほうき星の妖精も、俺たちの周りを旋回して、応援してくれているようだった。一匹だけ黒の体色をした、妖精のリーダー的な存在が俺とリコの間に入る。


「──気を付けるんだぞ、こわっぱ」


 そいつはそう言った。他の妖精も、こわっぱ、こわっぱと続く。


「お前ら喋れたのか!?」


 それに、予想に反して口が悪い……!

 そう、愕然としていると……特に世話になった、モネとシルヴィが近づいてくる。


「勇者様、リコ様、押しつけがましいかもしれないですが……どうか、世界平和の未来のため、お願いいたします」


 神に祈るかのように手を重ね合わせたモネがそう言う。俺は頷いた。


「魔族の未来、な」


 冗談なのか──いや、ここの村民以外に対しては、魔族主義だろうな。リコは真顔で返していた。モネはそれでもリコの人柄──いや、魔族柄を信じてるようで、深くうなづいた。


「リョー、リコ様、種族の垣根を越えて……みんな、仲良くできるし、愛し合える。多分それは……えっと、事情はアタシにはよく分からないけど、勇者と魔王が一緒に旅するのとおんなじで!」


 シルヴィはいつものように朗らかな様子で……けれども内にある強い信念を俺たちにぶつけ、希望を託してくるようだった。

 そんな忌み嫌っているといった混血のシルヴィに対してもリコは……。


「……シルヴィのおかげで、あの森のバケモノと戦う決意ができたのは事実。念頭にはおいておく」


 彼女の言葉を肯定せずとも、否定しなかった。


「やっぱお前、魔王似合わない気がするわ」


 俺としては都合がいいのだが……それでも、リコの性格は、やはり魔王の器ではない気がする。

 リコが俺の言葉にムっとした、そのとき──。

 一陣の風が吹く。

 修道服がさらわれ、まくり上げられる。

 純白のパンツが、俺の目を奪う。

 全身に血液が巡り、集約していき、鼻から躍り出た鮮血が風に乗る。

 なるほど。風は西向きか。

 リコが俺の鼻血を浴びたから、そう思った。


「お前みたいなヘンタイと……どうして、このわたしが……ッ!」


 頭に強い衝撃が走る。杖で殴られたのだ。

 こうして、杖でぶん殴られたのも、いつかはいい思い出になるかもしれない。

 地面に倒れながら、そんな夢を胸に抱いた。


「これからよろしくな、リコ」


 仰向けになった俺は、旅立ちを祝福してくれるように透き通った青空を見つめながらそう言った。


「よろしくできるものか!」


 それは貧血か、リコに追撃された殴打か。

 意識を失いそうになるさなか、俺はモノローグのようにしてまとめる。


 こうして、変態勇者とへっぽこ魔王の旅路は、ここから始まるのだった──。

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