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◆第21話

 突如乱入してきた、チェーンソー女──。

 俺は本能的に強大な力を感じ、後ろに飛んで距離をとる。

 彼女は俺よりちょっと背が低いくらいで、紫色のショートボブの若い女だった。何より目を引くのは──彼女がメイド服を着ていることだ。


「イヴ……!」


 リコが驚いた様子でそう言う。身を挺してあいつを守ったということは──あいつは魔族なのか?


「いかがでございますか、シャバの空気は」


「いかがじゃない! お前がわたしの力を封印したせいで、大変な目に──というかお前、わたしを殺そうとしたか! 約束と違う! わたしはお前の傷が癒えるのを待つと約束したのに……!」


 すぐにリコの矛先は俺に向く。


「逃げろ……リコ……これ……は……俺の、本意じゃ……っ」


 少しばかし自我は戻ったが……まだ、あいつへの内なる殺意は燃え盛っていた。


「……勇者が魔族をイテコマスことを躊躇っている……? これもまかさ、ミッシングリンクの……」


 イヴと呼ばれたメイド服の女がつぶやくように言った。

 ミッシングリンク──理性を失っていたさっきは、その意味が明瞭に分かっていたが、また分からなくなっている。


「……いえ、ありえませんね。リコ様、後ろに下がっていやがってください。私が鉄砲玉をツトめます」


「え……い、いや、勇者と戦うならわたしが……!」


「今のリコ様では、勝ち目はございません」


「な……それは、お前がわたしの力を封印したせいだ!」


「そうですね。それが弱かったせいで、こうして勇者に牙を向けられました」


 メイドはそう言いながら、片手をリコにかざす。それでもチェンソーを軽やかに持っているのだから、かなりの力がありそうだ。

 そして、リコの体が一瞬光ったかと思うと──。


「ぐっ!!」


 苦難の表情を浮かべ、声を漏らしながらリコは膝をついた。するとすぐに……リコの姿が、またあのロリ姿になる。また力を失ったのか。それと同時に──俺の理性が完全に正気に戻る。リコに対する殺意はなくなっていた。


「勇者、不肖私が、ステゴロでお相手いたします。おとといきやがれ、でございます」


 極道みたいなワードセンスのメイドが、俺の方を向く。チェンソーが激しくエンジン音をあげる。

 そして地面を蹴ったかと思うと、目にも止まらぬスピードで、俺の元へ向かってきた。気づけば振り下ろされていたチェンソーを、なんとか片手に持つエーテルの鍵で受け止める。


「ぐっ!! ステゴロって言ってんのに、ばりばりチェンソー使ってるじゃねぇか!」


「メイドにチェンソーは私の仁義でごぜぇますから」


 至近距離のメイドは、涼しい顔をしている。巨大なチェンソーを扱っているとは思えないほどに。

 舐められているのは明々白々だった。たとい、負傷した右手を使えても……今の俺では、こいつに勝てない。


「貴様はリコ様のタマを取ろうとしやがりました。ヤキを入れさせていただきます」


「……お前……が、リコの力を……奪ったのか……?」


「……はて。それは、どういう意味で……?」


「そのおかげで……俺は……リコに対する殺意を……抑え……られた……リコ……を……殺さずに……済んだ……」


 俺は……目の前の恐怖より、先ほどのことが尾を引いていた。自分が勇者の本能に乗っ取られ、リコを手にかけようとした、その後悔が……。


「……やはり……しかしこれは、どういう……。どうして、勇者が──本当に、ミッシングリンクの、影響だというのなら……」


 突如として、メイドの力が弱まる。困惑しているようにうかがえた。


「勇者──それもまた、変革をもたらす存在ならば──…………」


 しかし、それも束の間。エンジン音が、最高潮に達し、彼女の言葉を打ち消したかと思うと。

 カキンと、大きな音をあげ……。

 腕にかかる力が消えたかと思えば、エーテルの鍵が、目の前で真っ二つに割れていた。


「ええぇえええぇぇええ!?」


 俺は素直に驚いた。まがりにも勇者のアイテムが、こんなにも簡単に壊れるものかと。


「うおぅっ!」


 リコも変な声をあげた。彼女もひどく驚いている様子だった。


「……まさかエーテルの鍵がこれほど貧弱とは」


 壊した張本人も驚いていた。


「何驚いてんだ! いやお前が壊したんだぞ!」


「それはそれ、でございます」


「お前もその手法使うのか!」


 そんな俺の言葉を聞く耳持たず、メイドはリコを睥睨する。二人の口ぶりから、完全に仲間、という訳ではなさそうだ。


「イヴ……どうして、わたしの邪魔ばかりする!」


 そして何より、こいつがリコの力を封じ込めた張本人……らしい。


「リコ様にはカタギがお似合いでございますから」


 ……さっきから半グレみたいな口調だが、魔族って反社なのか? そういう自覚があるのか? 俺は思った。


「またワケ分からない言葉使ってごまかす!」


 と思ったがリコがそう言うので、こいつ独自のボキャブラリーっぽい。


「つまり魔王の器ではいやがらない、ということでございます」


「な、なんでそんなヒドイこという……ぐすんっ」


「よしよし、誰ですか、そんなことする輩は。あの勇者ですね。私がカチコミして参りましょう」


 リコの頭を撫でながら、ギリっと冷徹な目を俺に向けてくるアウトレイジなメイド。リコも俺の方を見て……。


「うん……アイツ、ゼッタイコロス」


 にらみを利かせてそう言った。


「なんだこいつら……」


 関係性が全然見えてこない。


「イヴ、でも、わたしは……わかった。たしかにわたしは、まだまだ。だけど、わたしなりの魔王になりたい」


 しかしそう言う通り、終始一貫して、それがリコの本心なのだろう。あいつも体に魔王の宿命みたいなものが染みついているのだ。


「……それは」


 されどメイドは冷たく言って。リコの体を突き放す。そして、続ける。


「リコ様がそう言うのなら、私は貴方を殺さなければなりません」


 さらに、声音から温度が失われていた。それと同時に、チェンソーを構える。


「どうして! わたしはいっぱい、努力した。でも、足りなかった……だから、ニンゲンのとこで、もっと努力しろ、ってこと……じゃないの?」


「それは勘違いです」


 そう言うメイドイヴは、それこそ魔王のようなカリスマ的な邪悪なオーラを放っていた。そして、リコの心を折る術を、完璧に理解しているように。


「リコ様が魔王の座から足を洗いやがること──それが、私達のオヤジの意向でございます」


 彼女は、冷酷に言い放った。


「え……パパが……」


 リコの顔は青ざめていき、がくりと項垂れる。生気を失ったように、虚ろな目を地面に向ける。しかしイヴはリコに目もくれず、俺を冷涼に見つめる。


「……おいケツモチ、エーテルの鍵は破壊しました」


「誰がケツモチだ」


「……先ほどのリコ様に対する言葉を信用して、今、貴様のタマは取らないでさしあげます。ですが貴様も、勇者から足を洗いやがることを推奨いたします」


「……リコ──魔王に近しい魔族にしちゃ、勇者に優しい対応だな」


「こうして脅しをいれておくこと、それこそが魔族にとって、何よりの利益になることですから」


 メイドはそう言って、俺の返答を待つ間もなく、近くの木にジャンプして飛び乗った。そしてリコを一度も見ることもなく……凄まじい運動神経で、木々を乗り移っていき、その場を去っていった。


「モネ、村のみんなに安全になったこと、伝えに行ってくれるか」


「でも、勇者さま、そのケガ……それに、リコ様も……」


「俺はなんとか大丈夫そうだ。リコの方は……まあ引きずってでも連れて帰るさ」


「わ、わかりました」


 俺の言葉に強くうなづいて、モネは村の方へと走っていった。やはり魔族ということだけあって、かなりの速度だ。

 俺はがっくりと地面とにらめっこするリコに近づく。

 こいつに抑えられない殺意が芽生えた──それが、大きいのかもしれない。そして生きることに希望を失ったようなこいつを見るのが、何故だか心配だった。

 まるで、死んだように生きる前世の自分を見ているみたいで。


「……色々思うところはあるようだが、お前は信念を貫いたことは確かだ。村、守りきったぞ」


「……どっかいけ。お前にもう用はない」


「そう言うなよ。二人で戦っただろ」


「わたしをコロそうとしたクセに何を言う」


「そ、それはすまない」


「……それは別にいい。魔王と勇者とは、そういう存在──おい誰が魔王にはなれないだ!」


「何も言ってないぞ」


「……パパに、そう言われたらもう、無理だ。わたしはこれから、生きていけない」


「諦められるのか? 俺にはよく分からないが、お前なりの魔王とやらになりたいんだろ?」


「諦めたくはない。でも、必要とされてないのなら、なる意味もない。それに……完全にイヴに力を封印された。もう、どうしようもない……」


「……なら、おとなしくほうき星村で平和に暮らせばいいじゃないか。お前、心から、守りたかったんだろ」


「それは、お、お世話になったからだ。……あの村だけは、特別だ」


「ずいぶんと毒気を抜かれたもんだな。まあ元々ある訳じゃなかったが」


「うるさい。イチイチ癇に障るやつだお前は。早くどっかいけ。そしたらわたしは自決する」


「そう言われて去れるわけないだろ……」


「……なんで?」


「だって死ぬんだろ!?」


 強気に振舞っているように見えるだけで、本当に、落ち込んでいそうだ。俺は腰をかがめて、小さな頭をぽんっと叩いた。


「……触るな。触るならそのままわたしの頭を握りつぶす」


「そんな力ないわ」


「もう、お前なんなんだ。わたしにはもう微塵も魔力はない。お前が倒すべき魔王じゃない」


「そんなの関係ないさ。リコはリコだろ。それに──俺の力があれば、お前も力を取り戻せるんだろ?」


 俺がそう言うと、慌ててこちらに振り返る。涙が揺蕩う目が、かっと見開かれる。


「ほ、本気……? い、いや、今のわたしに冗談はヒドイぞ……!」


「冗談じゃないさ。俺は──お前が魔王とやらになるのを手伝ってもいい」


「は……お前……アタマだいじょぶか?」


「あぁ。偏差値70あったからな」


「それはよくわかんないけど……まがりにも勇者が、わたしが魔王になる手伝いをするだと……?」


「俺としても都合がいい。だってお前が魔王になってもそんな悪影響なさそうだし」


「なっ──そ、そういうことか……! お前、わたしをなめているのだな!!」


「褒めてるつもりなんだがな」


 あのイヴとかいうメイドに比べれば、リコは心の優しい魔族に見える。それに──イヴも、ミッシングリンクという言葉を口にしていた。アメノに命じられたミッシングリンクを食い止める──そのために、あいつともう一度話をしてみたい。リコはそれに使えそうだ。


(……だから、利用、させてもらうだけだ)


 それは言い訳のような気がしてならないが、まあいいだろう。


「俺も、俺なりの勇者になると決めた。たとえそれが他者から見れば不遜な理由でも、俺は俺の道を歩んでいく。リコ、お前もお前なりの魔王になりたいのなら、俺についてこい」


「くっ……誰が、勇者などと運命を共にするか……っ」


「ならば、ほうき星村でこれから平穏に暮らすんだな。あそこなら、お前ような行き場を失った魔王でも受け入れてくれるだろ」


「……ッ、お前ホントムカつくな!」


「ふっ、その無駄に高いプライド捨てて、勇者である俺を頼るんだな」


「~~~~~っ、い、いいだろう、決めた! わたしは、この手でお前をコロスために利用されてやろうっ!」


 リコは、顔に怒りを全面に押し出しながら言った。涙は止まっており、覇気が舞い戻ったように目に強い執念を燃やしているようだった。


「せいぜい、その目標を失わないことだな」


 俺は立ち上がり、そう言いながら──リコに手を伸ばす。


「……ふんっ」


 仄かに温かくて小さな手が、すぐに重ねられる。そして──しなやかな指から、されども熱烈な信念が伝播する。

 俺とリコの信念は、思いは──きっと、すれ違ったままで、これからもそうであろうけど。

 不思議と心地は悪くなかった。

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