俺を助けに来てくれた──のかは分からないが、リコに救われたのは事実。腕で鼻血をぬぐって、リコに礼を言う。
「おい、勘違いするな。この共闘が終わった瞬間にコロす。覚悟しておけよ!」
「こんな手負いの勇者に勝って、魔王は嬉しいのか?」
「それは──嬉しくない。じゃあ、お前が回復するの待つ」
「お、おう……。リコ、お前なにかあったか? なんか変だぞ」
「心境の変化、という意味ではある。だがお前に対してはそんなことはない。安心しろ」
「別に俺はお前と殺し合いなんかしたくないんだけどな」
本能では、そうすることを望んでいるようだが──と、余計なことを考えそうになるも、エリスの灰になった体の一部が再生する。それはいいのか悪いのか、鼻血でも、エリスに効果はそこまでないようだ。
「お前、鼻血はまだ出せるか?」
「あぁ、リコのこのパンツがあれば楽々な。だが……血を失いすぎた。それに、あいつにはあまり効いていなさそうだ」
「勇者の血は、魔族がもっとも弱点となるものだが……あいつは特異のようだし、そういうこともあるのか」
「それに、利き手を負傷してしまったのも厳しいな」
本当は、相手がエリスだと分かったから戦いたくないのが大きい要因だが。
「それなら、わたしだけで戦う。エーテルの鍵をわたしに使え」
「お前に……? おい、それじゃあこの前みたいに、お前の……魔王の力が蘇るのだろう?」
「うん。だが、安心していい。今は──ほうき星村のために、わたしは戦うから」
「リコ……」
どうせ、策もないのだ。それに賭けてみるしかないのかもしれない。
しかし……。
「……あのバケモノは、どういう訳か、元々エルフだった奴みたいなんだ。俺も、少し面識があってな」
「……なに? おいお前、こんなときに意味の分からないことをほざくなハゲ」
「いや逆に、こんな切迫した状況で嘘などつかないだろ」
「誰がそんな話信じられるか」
リコは信じる様子はない。しかし、一から説明する余裕もないだろう……現に、エリスの触手が再び、こちらへ高速で伸びてくる。しかし、俺がエーテルの鍵をなんとか握りしめたときには、リコが杖で叩き落ちしていた。……こいつ、隠していたようだが、魔力が戻っているようだ。
そんな中、俺はどうにか納得してもらえないか思索する。
「ほ、本当なんですリコ様、そのような奇怪な力を持つ魔族など、ワタシも、信じがたいことなのですが……」
「うん、モネを信じる。なるほど、この程度の相手にそこまでやられたのは、そういう理由か」
しかしモネによって、簡単に解決した。
「信じるのかよ!」
「モネは魔族だしな。魔王は魔族至上主義だ。ちょーしに乗るなよ勇者、ベーっ!」
「こいつ──まあ今はいい。そういう訳だ……エルフは村を襲った魔族とは違う……だから、傷つけたくない」
「今めちゃめちゃ暴れてるけどな」
「そ、それは、何か事情があるんだろ」
「じゃあお前は、こいつを放置して、村が壊滅させられても同じことを言うのか?」
「……手厳しいな。お前の言う通りだ。だが、それでも……俺は、戦う相手を見極めたい。それこそ、魔族であるモネの願いだから」
「そうか。なら、お前の力はいらない。そこで指くわえてみてればいい。……自分が守りたいものにウソついたり、優先順位を決めなければ、すべて失う」
「リコ……」
リコは凛とした背中を向け、エリスに向かっていった。触手を次々と薙ぎ払い──距離を詰めていく。
「……俺は、いつも優柔不断だな」
自嘲するように、呟く。悔しいが、リコの言う通りだ。
あいつの言う通り、ただ眺めているしかないのか。逃避するように、戦いに意識を向ける。
「そのタフさだけは、魔王直々にほめてやろう」
力の差は歴然──という訳ではなかった。しかし、すでに俺との戦いで傷ついたエリスは徐々に追い詰められていく。このままいけば、エリスがやられても……自ら手を汚したわけではないと言い訳できることだろう。
しかし──。
「……モネ。この近くに、エルフが集落を築いているんだよな」
「え……はい」
エリスの手によって、森が破壊されていく。それはきっと、こうして戦いが長引いているからだ。
エリスにとって、それは喜ばしいことなのだろうか。
そして……。
「……リコの言ったように、守りたいものに優先順位をつけなければ、全てを失う。モネは俺のせいで、死にそうになった」
「ですが、そのことは……ワタシも、納得していました」
「……しかし、エリスの願いも、俺が奪ってしまうのかもしれない。この森は、もうこんなに、傷つけられてしまった」
「それは……」
俺はエーテルの鍵を握って、立ち上がる。モネを守るために、エリスの意志を守るために、ただ自分だけの選択を導き出す。
みんなを守れる勇者には、なれないだろう。しかし──俺は俺なりの勇者になると決めたじゃないか。
「リコ、俺も命の優先順位を選択した。俺たちで──死んでも村を守るぞ」
片手で強く握りしめたエーテルの鍵をエリスに向け、俺は後ろからそう言った。
別に俺は、できた人間じゃない。
だが、こんな俺でも……自分だけの力で、自分の足で、歩いていく道を定められるようになった。
エーテルの鍵が、再び絢爛な光を帯びる。
「ふんっ、わたしがコロす意味のあるくらいの勇者にはなった」
「そうかもな」
虚構を祓い、その意識をリコに向けると……リコの体にも光の粒子が集う。
その小さな体を纏い、ぱっと霧散したときには──リコは俺が最初に出会ったときのような、体に戻っていた。
「……やっぱり、まだこの体。でも、十分」
傍目で見るように、顔をこちらへずらし、そう言ったリコ。口角はニヤリとあがっていた。
「マ……ゾク……コロ……ス、ミンナ……ノタメ……ニ……ッ!」
それが……エリスさんの本懐なのだろう。変遷を遂げたリコに、四方八方から触手を伸ばしていく。軽々しい身のこなしで、リコは避けるも──その一部が、彼女の体を掠め、鮮血が飛び散る。
「魔王の血の恐ろしさを──その身で、味わうといい。そして、安らかに眠って。だいじょうぶ、下流域には……魔族だなんて、ニンゲンだなんて思えないくらい、バカで優しい存在が、多いから。エルフはきっと、だいじょうぶ」
悲しげなリコの声色。
しかし、それとは裏腹に──。
彼女の血は、狂喜乱舞するようにしながら、エリスへと向かっていく。
そして──。
その鮮血は業火へと成り代わり、エリスの身を焼尽していった。
ゴォオ……という音を立てながら、エリスの体は、灰に化す。
その声が、重なる。
「アリ……ガトウ──」
それは決して、ただの俺の理想かもしれないけれど。
エリスの最期の声は、満足気だったきがした。
「……魔族をコロスのは──いや、命を奪うのは、いい気分じゃない。それは勇者を除いて」
燃え盛る炎を眺めるリコの声が聞こえる。虚実交える、リコらしいような言葉だ。
俺はそっと、リコに近づく。
そして──。
(あぁ、俺は……こいつを──魔王を、殺したい)
そんな気持ちが、芽生えてきた。
今なら、簡単に殺せる。
勇者である俺には、分かる。
こいつの取り戻した力など、大したことはない。
使命を果たさなければならない。
それに、理由など必要ない。
「リコ──俺たちは──勇者は、魔王は、この世界に存在してはいけない」
そう、それが、この世界の──あるべき形だ。
ミッシングリンクは……この世界にとって、害をなすモノなのだから。
リコが俺に気づく様子はない──ましてや奇襲を仕掛けているなんて思ってもいなそうだ。
ならば、赤子の手をひねるも同然。
あの時、こいつが俺を殺そうとしたように──エーテルの鍵を──リコの心臓めがけて突き出す。
「え──」
リコが振り向く。
それは、俺の奇襲に驚いたわけではない。
突如として上空から現れた影──そして俺とリコの間で鳴り響く、エンジン音に対してだろう。
そのエンジン音を奏でるチェーンソーは、エーテルの鍵を軽々と受け止め、火花をまき散らす。
そして……。
「勇者とあろうものが陰険にも暗殺を謀るとは──チンコロと同じくらいシャラくせぇ、でございます」
チェーンソーの持ち主であるそいつはそう言った──。