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◆第18話

 モネは確かに言った。この前戦ったリコよりも、ずっと強い魔族が押し寄せてきている、と。


「おいリコ、そういう訳で俺はもう行く」


「ちょっと待て、わたしのツレションはどうなる。ツレションくらい待ってくれ」


「わたしのツレションってなんだよ。緊急事態なんだ仕方ないだろ」


「わたしは別に逃げ出さない。漏らすぞ、いいのか?」


「構わない」


「くっ……見ていろ。かえってきたら、ぐっちょぐっちょになってるから」


「それは本当に小便か!?」


 聞き捨てならないことを言ったリコだが、素直にベッドの方へ戻っていく。俺はそのままついていって……ベッドの側面に腰をつける形で座ったリコの腕に、手錠をはめる。


「あーそうだお前、鍵はここに置いていく。お前がその魔物にコロされたら、わたしは一生このままだ」


 リコにそう言われるも、俺は無視して鍵をポケットにしまって、立ち上がる。


「安心しろ。俺は──負けない」


 そして、鼻を鳴らして、リコに親指をぐっと立ててそう言った。


「うわなにそれださっっ!」


 リコには不評のようだったが、特に気にしなかった。俺が格好いいと思ったのだから、それでいい。

 そして俺はモネと共に、小屋を飛び出していくのだった。


「なっ──」


 小屋を出た俺は、思わず声をあげる。

 モネが言っていた、村の東方向に──目を疑う光景が広がっていた。


「アァアアァアアァアァッ!」


 そいつは、もはや轟音のような鳴き声をあげ、村の方に歩いてくる。木々の高さをとうに突き抜ける体長だ。そしてそいつ自身の見た目も、まさに自然的だった。まるで森全体が移動しているかのようだ。腕らしき場所は極太の枝に蔦が絡みついたようで、足らしき部分も触手のような太い根っこがいくつも生えている。顔は少しだけ人間の形に似ている気がするが、メデューサのごとく、触手が髪の毛となるように顔全体で蠢いている。森のバケモノ──そんな印象を抱く。


「モネ、まさか……あいつか?」


「はい。とてつもない魔力を持っています。魔族で間違いは無さそうですが──ワタシは見たことのない、種類です」


「マジか……」


「ですが、俺は──負けない、ですよね、勇者様」


「……ふ、ふん、まあな」


 とは口で言うものの……規格外のデカさだ。見た目からして、人間が太刀打ちできるなんてハナから思えない。

 しかし、戦うしかないのだろう。アイツから逃げるということが、俺が自分の運命から逃げるのと同義なのだから。

 俺は深呼吸をして、モネに目くばせをする。モネが息を飲み、こくりと頷くのを見て、共に走り出すのだった。



 そのバケモノの移動速度は、それほどのものではないのが、不幸中の幸いといったところか。村に来るころには──みんな、遠くへ逃げられることだろう。森をぐんぐんと進みながら、俺はそう思った。

 進む度、バケモノの逸脱した巨漢が目の前に近づいてくる。もう、顔は見上げないと見えないほどだ。さらに、走り、進んでいく。俺は息がだいぶ切れてきたが、隣のモネはまだ余裕そうだった。さすがは魔族。

 それからさらに数分ほど駆け抜け……バランスを崩しそうになるくらいの地響きを感じるようになる。バケモノは、すぐそこだ。

 そんなとき、またもや目を疑う光景が広がった。


「魔物の死骸……?」


 ゴブリンやオーク、そして初めて見る、短い羽と頭に生えた長いツノが特徴の、体調1mくらいの生物。モネに聞くと、そいつはガーゴイルという魔物らしい。


「魔族もお構いなし、ということでしょうか。種族など関係無く、殺戮を好む魔族もいますが……見るからに、アレには理性の欠片もありません」


「そういう魔物はレアなのか?」


「はい。もはやアレは──魔物ですらないようにうかがえます」


 モネはそう言いながら、恐怖を顔に刻む。ハーピーは上位の魔族らしいが、彼女が怯えるくらいの相手、ということか。


「……モネ、俺の勇姿を目に焼き付けろ。そして、俺への好感度をアップしろ。そうすれば、俺は戦える」


「は、はい……よく分かりませんが、分かりました」


 今はまだ、見返りが必要だ。モネが恋人──ひいては村の誰かが恋人なら、俺は喜んでこの死地へ飛び込むだろうが。俺の中に率先して戦う理由が今はない。

 気づけば恐怖に足は震えていたが、これもハーレムに必要なことだと自分に言い聞かせる。


「……モネ。心優しき魔族を守るため、やれるだけ戦ってみるさ」


 そしてさらに、そうとも口にした。それは確かに本音で……俺が勇者であるからなのか、前世で培った人生がそうさせたのかは分からない。人の心は多少、俺にもあるのかもしれないな。


「勇者様……はい」


 モネの表情に、安堵の色がにじむ。

 俺は深く頷いて、すぐ目の前に迫るそいつに向かっていった。

 そして……。

 ついに、バケモノと対面する。場所は、俺がエルフのエリスたちと出会った泉で、周囲に木も少なく動きやすそうだが……本当に、巨大な森全体と戦うような──絶望感すら抱く余裕のないくらい、荒唐無稽な相手だ。


「まさか──ドリアード……?」


 呟くように、モネがそう言う。


「ドリアード──こいつの名前か?」


「は、はい、伝承の──世界を破滅に導こうとした、幻獣だとか……」


「なんだそれ、訳分からんな」


 本当に、漫画や映画のスケールだ。毎日寝るときに様々な妄想をしていた俺でも、頭の中が混沌とする。


「アァアアアァアアアァアアァアアッ!」


 そのドリアード──らしきやつは、耳を劈くような金切り声に似た音をあげる。狙いを俺達に定めるように、触手でできた髪に見え隠れする眼光が鋭く煌めいた気がした。

 そして……。

 目にも止まらぬ速さで蔦が絡みついた枝が、伸ばされる。

 それはまさに、反射だった。思考回路が正常に巡りだしたときには、俺はエーテルの鍵を抜き──その枝を迎えうち、弾いていた。


「……っ、冗談きついな……」


 冷静に、脳内処理をする。枝は、女の子の肢体のようにしなやかで、それでいて弾丸がごとく速度で伸びてきて……一度受けただけで腕にこの上ない痛みを与えている。

 さらに……。

 どうするか考える余裕も与えてくれず、二の矢、三の矢がこちらに降り注ぐ。


「ちっ……!」


 なんとか、エーテルの鍵で弾き返す。


「チャージの時間が必要だとか、そういう弱点くらいあってもいいだろ」


 明らかに、パワーバランスが崩壊している。

 だが、しかし。


「それは俺も、同じかもしれないな」


 俺がこいつに、負けるはずない。


 だって俺はハーレムを形成するまで、決して死ねないのだから。


 俺は、俺の、虚を祓う。


 エーテルの鍵に極光が纏い──真理を導きだす。


「ゆ、勇者さま!」


 モネの叫び声と同時に、幾重もの枝が、触手が、霹靂が如く俺に降り注ぐ。


「お前のようなバケモノは知る由などないだろうが、俺にはな──」


 そう言いながら、大きくエーテルの鍵を振る。

 その一閃で──俺に向かってきた脅威は全て、切除される。


「俺の生死には、必ず”スケベ”が付き纏う。故に、今俺が死ぬことはない」


 それは、リコの一件でほとんど確信したことだ。

 あいつは俺を確実に殺そうとした。

 しかし俺は、ラッキースケベにその都度救われてきた。

 まるであの時、パンツに殺されてから運命が転換したように──俺はエッチな漫画の主人公みたいに生まれ変わったのだ!


「俺を殺せるのは、俺自身かスケベだけだ」


 そしてここに、名言が産声をあげた。


「勇者様、よく分からないけど、か、かっこいいです……」


 モネも感心していた。リコならドン引きしていそうだから、気分がいい。


「ウゥッ、アァアアアァアッッッ!」


 無軌道に繰り出される枝や触手。俺は次々剣を薙ぎ、斬り落としていく。するとドリアードは痛みにあえぐような、声を漏らした。

 しかし、すぐに触手が再び生えてきて……俺の元に、伸びてくる。それを、斬り落とす。何度か繰り返していると、徐々に生えてくるスピードは落ちていった。


「お前が村の人間を襲う悪いヤツかは分からない。だが──魔物を殺したのは事実。魔物ってのも、悪いヤツばかりじゃないらしいぞ」


 俺には、こいつを恨む理由はない。むしろ、こんな無感情で無秩序に暴れ回るような様子に、何故だか憐憫に似た感情さえ芽生える。

 しかし、やらなければならない。

 俺は、防戦するためでなく、攻撃性を以ってエーテルの鍵を構える。


「────ッ────ェ────」


 ドリアードが、弱々しい声で何かを零す。まるで、命乞いをするように聞こえた。

 それでも俺は、手に力を込める。


 しかし、そんな時──。


「────ッ──ニ──ゲ────タス──ケ──」


「え……」


 知っている声が聞こえ、俺の腕は止められた。


「ワ……タシ…………ガ……エル……フ……ノ……ミンナ……ヲ……ッ……マ……モ……ッ」


 ドリアードも葛藤するように、触手を震わせながら、攻撃するのを躊躇っているようだった。

 その隙に──なんて、俺にはできなかった。


「エリス……さん……なんですか……?」


 その答えを、モネが口にする。

 まさしく、その声音は……エルフの信義を重んじる言葉は、エリスのものだった。


「ミン……ナヲ……マモ……ル……タメニ……ッ!」


 そして、その言葉がハッキリと聞こえたときには。

 まるでその感情だけに動かされる怪物に成れ果てるように、彼女は自我の全てを喪った。

 縦横無尽に蠢動する触手が、俺の方に伸びてくる。

 ただ、俺は……。

 こいつを倒すべき──そんな使命があるからこそ、虚飾に塗れる。

 エーテルの鍵が輝きを失って……俺のすべき真理が、露となって消える。


 気づけば地面に倒れ──触手に貫かれた肩から、血があふれ出していた。



◆◇◆


 カチャリ──いとも簡単に、わたしはベッドに繋がれていた手枷を外す。

 こんなもの、魔王のわたしにかかれば、拘束器具として愚の骨頂だ!


(まあ、かなりの休息は必要だったけど)


 どうせアイツを倒すのに魔力を回復させる必要があったし、それは些細なこと。


「それにしても、呆気ない自由だ。モネが言ってた魔物に村が混乱したのか」


 勇者は村に居ない。そもそも外から物音一つ感じない。厳密に言えば、東の森から奇怪な音がするんだけど。勇者とその魔物が戦っているのだろう。


「たしかに、すごい魔力のようだ」


 本気のわたし──本気の半分、その半分──の半分? くらいの力はありそう。上位の魔族の中でも強そうだ。

 しかし、こうして自由の身となったわたしには関係のないこと。


「お、おしっこおしっこ……」


 やっと解放されたと安心すると、急激におしっこしたい欲が込み上げてきた! 我慢は限界に近い。わたしはトイレに向かった。

 そこで、違和感を覚える。


「……? 勇者の生命力が急激に下がったぞ?」


 決して、戦ってるであろう魔物の魔力が向上した訳でもないのに。むしろ落ちていたのに。


「おぅ! も、漏れちゃう!」


 ちょっとばかし不思議であったけど、駆け足でトイレに直行した。


 わたしには、下流域の生物がどうなろうと、知ったこっちゃないのだ──。

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