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◆第15話

 別に、彼だからじゃない。

 それは、彼が”勇者”であるからだ。

 それは──わたしがニンゲンではないからだ。

 わたしが、彼を殺すのは──。


(今日は、下着を風に飛ばされて、サイアクな日! でも、あいつを──勇者を殺せたら、まあ気も晴れることだ)


 ほうき星村の西側にある山の道中──わたしは、イライラする気持ちを抑えながら、魔族たるや鋭い爪で穴を掘っていた。

 獣人シルヴィが勇者を山菜に誘う話を聞いて、わたしはとある策を思いついたのだ。


(落とし穴大作戦!)


 ニンゲンの体がぺちゃんこになるくらいの深い穴に、あいつを落とす。


(ニンゲンには土に死者を埋葬するという文化がある。優しいわたしによる、せめてもの情け!)


 わたしってやっぱり優しいなーって思った。あんなヘンタイのためにもここまで考えられて、偉い!


(でもでも、わたし自ら召喚しておいてコロスのはちょっぴり可哀想──はっ!)


 そう、こんな、ニンゲン界のお菓子とかいうやつみたいに甘っちょろい考えをしてたから、イヴに寝首を掻かれたんだ。

 あとは勇者をコロスだけなんだ。そうすれば──わたしは返り咲くことができる! 魔族の脅威となる勇者を倒したって!


(結構掘った……やっぱり、この姿だと早い)


 ニンゲンの姿に偽装する魔法は消耗が激しい……それに、ニンゲンの姿になるのはやっぱりプライドが傷つけられる。頭に生えている2本のツノを撫でる。気持ちが落ち着く。


(はやく威厳のある体を取り戻したい……)


 部下──イヴに封じられた力があまりにも大きい。これでも本来の見た目じゃない、この見た目は子供っぽくてキライだ。


(このくらいでいいかもな?)


 穴を掘っていた腕を止める。ニンゲンを殺すには十分なくらいの穴だ。そう判断して、わたしはよっとジャンプして、穴から出る。と、そのタイミングで……。遠くから、男女の声が聞こえた。すぐに、うっすらと人影が見える。


(シルヴィと勇者。ちょうどいい)


 わたしは何個か掘った穴の内、勇者の直線状の穴のいくつかに偽装魔法をかける。すると穴は塞がった──ように見える。


(さようなら、勇者。名前はたしか──忘れた)


 ニンゲンの名前は覚えにくい。いやいや、覚える気がない。

 とにかく、心の中で別れを告げて、茂みに隠れる。


(いや、獣人は耳がいい……距離を取るべき)


 わたしはやっぱり頭がいいなと思う。そういうリスク管理もできる! パパに教わったことが、ちゃんと吸収できている!

 速やかに、されど物音を出さないように静かに、その場を後にした。


 そうして、しばらくして確認するために戻って来た──まあ、結果は分かっているけど! さっき、凄まじい音がした! そう、勇者が落ちた音だ! そして現に! 偽装魔法が解除された落とし穴がある! 

 わたしは口角があがるのを感じながら、穴を覗いた。

 しかし……。


(あ、あれ!?)


 中はまさかのもぬけの殻だった。肉塊はおろそか、血痕一つ残ってない。


(ふ、普通に歩いてたら絶対落ちるはずなのに……っ!)


 そう思いながら、進行方向を見る。

 すると……勇者と獣人が何ごともなかったかのように歩いていた。


(ど、どんなトリックが……)


 わたしは驚きのあまり、たたらを踏む。

 すると……。

 数歩下がったところで、足を踏み外し、体が宙に感覚がした。


「ふぇ?」


 何が起こったのか分からず、魔族らしからぬ声が漏れる。頭が処理するより先に……わたしは落下する。地面にたたきつけられる。


「オォウ!」


 今度は魔族らしい、たくましい声が漏れた。


「い、いたいよぉっ!」


 背中に走る鈍痛──わたしは、自分が掘った穴に落ちたようだ。


「クソぉ! こうなったのもあの勇者のせいだ! ゼッタイ許さない!」


 わたしは怒り心頭に発した。だって、わたしの計画は完璧だった。そう、あの勇者はことごとく、突飛なことをしてくる。鼻血で魔族を倒したり。勇者の使命を放棄しようとしたり。今回もきっとそうだ。


(やっぱり最初にコロシとくべきだった!)


 人工呼吸──本気で息を吹きこんで体を破裂させてやればよかったのだ。しかし……勇者として何か実績を残してから殺さなくてはならなかったから! そうでなければ魔王の宿敵を倒したといえない!


(まあいい。他の策を考えればいいだけ)


 すぐに気持ちを切り替える。

 聡明なわたしでも、ミスをすることくらいある。

 わたしはよしっと呟いて、自分に気合をいれた。そして思案しながら、山を下りていくのだった──。


 そして、次なる策を実行しに、山から正反対の、村から遥か東にやってきた。


「いい感じだ」


 村から適当に持ってきた木材に、石で矢印の形を刻み込む。

 そう、この作戦は! 何か理由をつけて、あいつをここに立ち入りさせる。そして、この偽の看板を見たあいつは、エルフの縄張りに足を踏み入れる。エルフは孤立した魔族で、臆病だから、あいつは殺される。魔族たるもの、魔族に勇者を殺させるのだ!

 改めて自分で噛み砕いて、完璧であると理解する。


 そう思ったのだが……。


 計画は失敗に終わった。

 教会で花瓶を割らせ、こっちにお使いさせることには成功。看板で誘導することも成功した。だから勝ちを確信して、遠目から眺めていたのだが──途中あいつが変な被り物?をするとエルフの腕が止まって、ハーピーであるモネに邪魔をされたのだ!


(やはり、わたし自らの手を使わないといけない、そういうこと!)


 わたしのこの優し過ぎる性格は、魔族にとって毒だ!


(そう、毒! 毒だ! ふっふっふ、悪辣たる魔族の真髄をあいつに見せるのだ!)


 次なる思い付いた計画は、あいつの食事に毒キノコを混ぜる。なんとも魔族らしいコロシ方だ。

 そう思ったわたしは急いで、西の山を目指した──。


 しかし、この計画も、失敗に終わった。


 酒場の厨房に忍び込み、こっそりと毒キノコを仕込んだスープが、獣人シルヴィに零されてしまった! それはとても驚いたが──なんとか、平静を保った。シルヴィの体を拭いてやった。やっぱりわたしは優しい。


(こいつはなんなんだ! まさかこれが勇者の、天恵……!?)


 ことごとく、わたしのこれらの完全計画が潰されるなんて、あり得ない。


(こうなったら、もう手段は選ばない!)


 まどろっこしい真似はやめよう。もう普通に堂々と殺そう! それでこそ、極悪冷徹な魔族というもの。


 そして、わたしが考えたのは──。


「でもお前には鼻血がある。言ったでしょ、わたしは協力するって。恥を忍んでね」


 そう、鼻血で失血死させる計画だ! こいつはどうやら、わたしの下着を見ると、鼻血を出すらしいから、それを利用させてもらう! インキュバスとの戦いのあと、あいつは貧血で倒れたから、死ぬまで見せてやればいい!好きな相手以外に見せるのは、なんかダメな気がするけど、仕方ない。


 しかし、それも失敗。

 わたしが今履いていた下着じゃ、効果はないらしい! 本当に、なんなんだこいつは!

 さらに、タイミングよく下位魔族の奇襲──まあ、こいつらならわたしの代わりに勇者を殺せるはずもなさそうだから、いい。最悪、部下を招集させて、下位魔族を止めればいいだけ。

 そう、思ったのだが。


 予想外の事が起きた。


「ハーレムをつくるため──モテるためだ! 勇者の使命とやらはその手段にしてやろうと思う! 勇者というネームバリューなしで恋愛を育みたかったが、まあきっかけくらいはあってもいいだろう!」


 またもや突飛な理由で、こいつはエーテルの鍵の力を解放させた。


(こんなやつが、勇者……)


 もはや怒りを通り超して、呆れた。コロスためとはいえ、聖女に成り代わり、神聖な召喚魔法を習得したのに。わたしは、こんな勇者に相応しくないやつを召喚したのか。


(じゃあ、こんな中途半端な勇者を召喚したわたしも、中途半端みたい……)


 胸が痛い。

 だって、わたしは──わたしは──。


 あいつは、次々と魔物をなぎ倒していく。

 わたしはバレないように、距離を詰めていく。

 杖を握り直す。簡単なことだ。最初から、こうすればよかった。

 ただ、心臓を一突き、それでよかった。

 ふと。

 わたしから力を奪った──わたしを裏切った部下の声が、脳内に響く。


『リコ様、貴方は向いていやがらないのです。そもそも、魔族に──』


 無理矢理それを、頭から追い出す。

 距離を詰める。あいつは魔物を倒すことに集中して、わたしに気づく様子はない。


『ですから、きっといつか、ミッシングリンクに──』


 まただ。イヴの意味の分からない言葉が脳内を埋め尽くす。

 ──違う。わたしは、れっきとした魔族だ。

 杖を持ち上げ、あいつの心臓部に照準を定める。


 明確な、コロスための一撃。


「まさか、そこまで嫌われているとは思わなかったぞ」


 しかし──軽々と、受け止められる。

 それだけで、分かる。

 こいつ、本当に、力をつけている。


 だけど、このわたしが、負けるはずないのだ。

 だって、このわたしは──。


「大人しく、わたしに殺される……! このわたし──”魔王”、リコリス・ネヴァンモアにッ!」


 わたしは、魔族の頂点に立つ存在なのだから。

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