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◆第12話

 エルフの子──今度は全裸じゃない。深緑の胸当てに、金の腰当、葉っぱで作られたスカートのようなもので素肌を隠している。背中には、見ているだけで背筋が凍りそうな、先程俺の喉元まできた長槍があった。


「どうした? もしかしてうるさかったか?」


「いや、そうじゃない。先程も言ったが、この森はエルフのものではない。生き急いで槍を向けたワタシが言っても、説得力はないがな……」


「もう気にしてないさ」


「恩に着る。……ところで、またニンゲンのような姿に戻ったのだな、パンツ星人」


「え?」


「え?」


 俺達は首を傾げ合った。


「……だからなんですかそのパンツ星人って?」


 モネも首を傾げた。そういえば、説明するのを忘れていた!


(ここは、素直に言うべきだろうな……)


 今更ややこしくなりそうだが、俺を勇者だと知っているモネも居たんじゃ仕方ない。包み隠さず話すことにしよう。

 俺はまず、頭を下げて……咄嗟に嘘をついたことや、俺という存在についてを、エルフの子に話した。


「勇者様……お言葉ですが、リコ様にパンツを返してあげた方がいいと思います」


 モネに怒られた。俺が悪いのだが、ちょっとだけ眉根を寄せているから傷ついた。


「勇者──もちろん、話には聞いたことはある。まあ、エルフにとって、そもそも同じ魔族も畏怖する存在であるから、あまり興味はなかったが」


 そして、エルフの子は勇者をそれほど恐れてはいないようだった。それは、彼女の言葉の通りなのだろう。


「まあ、だからといって、考えは下流域の人間と同じだ。君を倒そうとも思わない」


「……助かる。だが、しかし……分からないこともある。ラマレーンという聖霊は、ワタシ達魔族と人間、そして他種族との共存を謳って、度々エルフに接触してきていた。それなのに何故、魔王を討伐する勇者を召喚したのだ?」


「え、そうなのか?」


「……知らないのか? 君は、ラマレーンに召喚されたのだろう?」


「いや、それが違うんだ。そのラマレーンってヤツは、行方不明になってるようでな」


 俺のその言葉を聞いて、訝しむような表情をするエルフ。そこに、黙って聞いていたモネが割って入る。


「ラ、ラマレーン様には、何かお考えがあるんだと思います。決して、ただ魔王を──魔族を殺戮しようとしている訳では、無いと思うんです。ワタシは、ラマレーン様に拾われ、下流域に訪れましたから……」


 まくし立てるように、モネは言った。その態度から、ラマレーンに対する信奉が感じ取れる。


「申し訳ない……どうしても、信じきれなくてな。しかし、そう、だよな……ワタシ達が、勝手に恐れていた、上位種族のハーピーの君ですら……下流域で他種族と共存しているのだものな……」


 エルフの子も、思うところはありそうだったが、納得はしてくれたようだった。


(魔王を倒せ、などとそんな簡単な問題ではなさそうだな)


 人種によって、歴史、文化や文明が違かったように。まさしく異世界の名に相応しく、魔族の中でも、様々な思想が交錯しているようだ。やはり、首を突っ込むには面倒が過ぎると思う。


「あぁ、少々話しこんでしまったな。君達の元に来たのは、聞きたいことがあったからなんだ」


 オレンジ色に染まった空を見て、エルフの子が居住まいを正して言う。俺もそれにつられて、居住まいを正した。


「君達は──ドフリースという言葉を知っているか?」


 真剣そのものの表情になったエルフが言葉を続けた。ドフリース──俺のボキャブラリーには無い言葉だ。モネの方をちらっと見ると、彼女も疑問符を浮かべている。俺達は同時に首を横に振った。


「……そうか。”ミッシングリンク”と密接に関係しているという話を最後、ラマレーンに会ったときに聞いたから、もしかしてと思ったのだが」


「ミッシングリンク……」


「勇者よ、知っているのか?」


「あぁ──二人は?」


 二人の顔を見回して聞くも、知らないようだった。俺は「確証があるとはいえないが──」という枕詞をつけて、説明する。

 ミッシングリンク──父親に寝る前に読み聞かせしてもらった生物学の本で聞いたことがある。

 それは、生物の進化を一本の鎖として見たとき──連続性が失われた間隙のこと。つまり過去から現在、どちらかの特徴を持った──いわゆる進化過程が不明である、不可思議な状況のことを指す。事件現場に痕跡を残さないことが不可能なように、生きた証というものは絶対に残る。いくらずっと昔に絶滅していても、その身体が化石となるように。


「進化過程の失われた時間、ですか──ミッシングリンクという言葉は、代々この世界に伝わる、未知なる言葉でしたが……勇者様に聞いてもさっぱり分かりませんね……」


 モネは羽の先を顎に当て、考える仕草を見せながらそう言った。人間らしくて可愛いなと思った。


「俺も、勇者という役割を当てられた身であるが、よく分からん」


 何故なら──アメノは、こう言っていたからだ。

 ”ミッシングリンクを阻止せよ”と。それは俺の知るミッシングリンクでうまく読み解けない。


「ドフリースという言葉が分かれば、解明できるかもしれない。勇者よ、頭の片隅にでも入れておいてくれ」


 エルフの子がそう言いながら立ち上がる。


「……もう、帰るか?」


「そうさせてもらう。仲間を心配させてしまうからな。最近、下流域によく魔物がうろついているようだしな」


「そうか。気を付けてな」


「あぁ。ハーピーの君も──っと、最後に、自己紹介だけしようじゃないか。ワタシの名前はエリスだ」


 小さく口角をあげて、彼女──エリスは名乗った。俺とモネも立ち上がり、向き合う。


「俺は深谷 遼──遼でいい」


「ワタシはモネといいます、よろしくお願いします」


 俺達も名乗るだけの、至ってシンプルで事務的な自己紹介をした。


「……ワタシ達が考えを覆すことはないかもしれないが、ラマレーンの言うことも、信じてみたくなった。リョウにモネ、狭い下流域だ。また会った時には、よろしく頼む」


 エリスが、手を差し出してきた。それは言葉からでも読み取れるように、ほとんど社交辞令のようなものに感じるが、話を聞く限りエルフにとっては偉大なる一歩に違いない。そしてそれはおそらく、俺の知らないラマレーンとやらの功績なのだろう。俺はぎゅっと手を握る。離すと、モネも優しく傷のない方の翼を重ねた。


 そして、エリスは踵を返し、去り際に。


「ミッシングリンク──エルフは進化どころか、種としての成長すら、していないのだろうな。勇者リョウ……何故だか君は、アタシ達のような魔族を変えてくれる予感がするな」


 俺にそう、笑顔を向けた。

 ただ、これは──俺だからじゃない。俺が勇者だから、彼女の心を少しでも氷解できたのだろう。


(……そして俺はこの重荷を背負わされる運命から、逃れられないのか?)


 シルヴィのときも、同じだった。

 まあ、可愛い子に頼まれているだけマシではあるのだが。

 そんなもの、面倒でしかたない事には変わりない。

 しかし……。


「……出来る限り、頑張ってみるさ」


 俺は、そんな真逆の考えを口にしてしまっていた──。

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