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◆第11話

長槍の先端がすぐ目の前にあり……全身から汗が流れ落ちる。


「ち、違う、俺は──」


「黙れ! お前もどうせ、ラマレーンとかいう聖霊の遣いだろう!」


「いや、本当に偶然ここに──」


「それとも何か! ワタシたちの、か、身体が目的か! ニンゲンは、見た目が近しいというだけで、異種族に性の刃を向けると聞くからな! お前もどうせ、ポロン、ってするんだろ!」


「ポロン!?」


 明らかな殺意。先の口ぶりから、何か理由があって下流域に住みながらも──魔族としての誇りは捨てないような、そんな意志が伝わってくる。


(どうする? 勇者──って言ったら魔族にとって逆効果か……)


 持ち前の頭脳をフル回転させる。


(せめてどうにか、敵意が無いと教えることができればいいが、人間自体が嫌いそうだし──そ、そうだ!)


 俺はいいことを思い付いた。

 右手を上にあげながら、左手を胸ポケットに入れる。

 そして──リコのパンツを取り出す。

 さらに、頭に被る! 石鹸のいい匂いがする!


「俺は魔族だ! パンツ星人という種族のな!」


 こいつらの予想の範疇を超えた変態──そう、こいつらの知る人間以上のパフォーマンスを演出すれば、魔族の新種の何かだと思うかもしれない。


「パンツ聖人……? そんな魔族聞いたことない!」


 カチっと強く握り直された長槍の先端が、俺の喉元に来る。


(流石に厳しいか!)


 俺はまた、ラッキースケベに殺される──今思うことじゃないが、この展開異様に多くないか!? 前世はさることながら、転移した途端に湖の中で死にかけていたり、深い落とし穴に落ちそうになったり。


(クソ、これもアメノの言ってた罰なのか……!)


 死にたくない。死ぬにしても、もう一度パンツで窒息したい!


「ワタシ達エルフ族は、同じ下流域に住む者を……無駄に殺生することはしたくない……ただ、放っておいてほしい、だけなのだ……っ」


 悲し気な表情で、女の子は言う。 喉元と長槍の先端をゼロ距離まで縮められ──彼女があと一歩踏み出せば、お陀仏だろう。

 抵抗しようにも、ましてや命乞いをすることもできなかった。縫い付けられたように体は動かず、締め付けられたように声が出ない。


(殺される──)


 そう否応にも諦めそうになったとき。


「勇者さまーーーーー!」


 後ろからそんな声が聞こえ──すぐに地面を蹴る音と共に、近づいてきた。


「貴方は……ハーピー!?」


 そして振り向かずともその正体を、俺の生殺与奪の権を握るエルフの女の子の言葉で知った。俺のことを勇者と知っているハーピー──モネだ。


「あ、あれ……? 勇者様の声かと思ったけど……その恰好は……?」


 しかし、パンツをかぶっているからだろう。モネは困惑していた。


「こ、これには深い事情があってだな……」


「は、はい……?」


 俺も、どう説明していいものか分からなかった。


「な、何故、ハーピーが下流域に……? 上位の魔族のはずの……ハーピーが……」


「……上流階級の魔族が定めたそのようなものなど、関係ありませんよ。こうして、存在意義すら、否定されるようなワタシのような魔族は──」


 ばさりと、翼を広げる音が聞こえた。


「あ……」


 俺の眼前のエルフの子がそう小さく息を漏らし、顔が青ざめる。その子の反応やモネの反応から、あの翼の生々しい傷跡を見せたのだろう。


「傷の舐め合いを……しようという訳じゃありません。だけど……同じ下流域に住む者同士、もう少しだけ、手を取り合ってもいいのではないでしょうか……?」


 背後のモネがそう言うと、くっとエルフの子は唇を噛み締める。そして、ゆっくりと、手を下ろしていった。長槍の先端は、地面を向く。


「……助かったよ、モネ」


 俺は振り返って、礼を言う。


「いえいえワタシなんかが──というより、勇者さま……その恰好は……?」


 これは包み隠さずあとで説明しよう。


「……ワタシ達も、上流域の常識に囚われているのかもしれない、申し訳ない……思えば話も聞かず、武器を向けて……」


 エルフの子が頭を下げる。すると奥のエルフたちもそうした。


「別にいい、俺も、裸を見てすまなかったな」


「いや、それはいいんだ。ここは、ワタシ達の集落という訳ではないから。それに、下流域では種族など関係ないらしいが──君も……パンツ星人という魔族なのだろう?」


「え?」


「え?」


 俺達は首を傾げ合った。


「はい?」


 モネも首を傾げた。

 何はともあれ、モネが来てくれたおかげでこの場は丸く収まったのだった──。


 その後、俺は改めてエルフたちに謝罪したあと、モネと一緒に道を引き返し、看板の元へと戻って来た。何やら俺が見間違えてたらしく、矢印と逆方向に行ってしまっていたようだ。リコのこと考えていたからだ……クソ、リコのやつ! 本当に好きな子のことを考えてぼーっとしていたみたいだ!

 ……まぁ、なにはともあれ、結局、反対方向にも泉があり──そこで水を汲むことにした。魔法がかかった瓢箪は嘘じゃないらしく、汲んでも汲んでも満タンにはならない。不安になってモネに尋ねると、なんかすごい収納魔法?みたいなやつらしく、ちゃんと汲めているそうだ。俺は作業を続ける。風呂がどうとか言ってたから、かなり必要だろう。

 しばらくして、無言でやっているのもどうかと思い、俺は口を開く。


「エルフも、魔族なんだよな?」


「はい。ただ……人畜無害です。かえって、世界征服を謀略する魔族には、忌み嫌われてしまっています」


「それで、下流域に住んでいるのか」


「……そうです。上流域、もちろん中流域にもエルフの集落はありません。……そのように、生まれた時から居場所のない、魔族もいるのです」


「なるほど」


 俺一人と遭遇しただけであの怯えよう──一応、納得はしてくれたが、他種族と相見えたいようには伺えなかった。

 モネの言う通り、魔族だからといって全ての存在を一緒くたにしてしまうのもよくないだろうな。

 そんなことを考えながら、黙々と作業を続ける。

 そして、それからすぐのこと──。


「少し、いいだろうか」


 草木を掻き分ける音と共に、先程俺を殺そうとしたエルフの女の子が後ろからやってきた。

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