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◆第10話

 まるで前世で父親の言いなりだった自分のような言葉が出て、不快感を覚えたが、それからシルヴィとさらに山へ登り、山菜を楽しく収穫すればそんなのは掻き消された。そして、デートは帰るまでがデートかのごとく、山を下り、村に戻るまで楽しいひと時を過ごした。

 村に戻ると、シルヴィは酒場に食材を届けると言って、俺と別れた。なんでも酒場ではあるものの、普通にあっちでいう飲食店の役割も果たしているようだ。夜、俺にご馳走してくれるらしい。それは楽しみだが、することの無くなった俺。なんとなく、寝床となった教会へ赴くことにした。

 そして、教会の重々しい扉を開けると──きしむ音に、パリンという何かが割れた音が足元で重なった。何かと思って下を見ると……高級そうな花瓶が割れていた。


「あーーーーーー、いーけないんだ、いけないんだ」


 さらに、俺を揶揄するような声も重なった。視線を足元から戻すと、その相手はちゃんとリコだった。


「いーけないんだーってガキか。何がいけないんだ?」


「花瓶を割ったことに決まってる」


「割ったってな……俺は扉を開けただけだぞ。ってかなんで地面に花瓶があんだよ。まさかお前が用意したんじゃないだろうな」


「言い訳はしない。素直に死罪を受け止める」


「いや重すぎだろ!」


「じゃあ、情状酌量で流罪にしてあげる。死後の世界に」


「実質死罪だろそれ」


「うるさいやつ。それならこの村の見習い聖女に花瓶の弁償代を譲渡する、でも可」


「お前が金欲しいだけだろ。あえて付き合ってやるが、いくらだ?」


「金貨じゅう──1000枚」


「絶対盛ったよな!? じゅうって聞こえたぞ!?」


 この世界の貨幣の制度はまだ知らないが、どうせぼったくりだろ。


「払えないなら、死ぬしかない」


「何回も同じツッコミするが、俺を召喚したのはお前だからな。金持ってないこと知ってるよな」


「じゃあ仕方ない。村の、遥か遥か東にある湖で水を汲んでくる、でいい」


「マジで適当だな……ってかお前、最初からそれが目的なんじゃないのか?」


「そそ、そんなことない。だってすぐ近場だし。簡単だし」


「嘘つけ! 遥か遥か東っていったよな!?」


「それはそれ」


「だから万能な言葉だと思うなよそれ!」


 別に水くみくらいやってやるのに、何故こいつは素直に頼めないのだろうか。モネやシルヴィのような誠意が感じられない


「とりあえず、水を汲んでくればいいんだな?」


「うん、お前がしたいならそうすれば」


「……もう面倒だからツッコまんぞ。なんかバケツとかに汲んでくればいいのか?」


「お前は愚の骨頂か。その量じゃお風呂に使えるはずないでしょ」


「用途を聞いてなかったもんでね!!」


「あ、ツッコんだ。お前の負け~」


「マジでお前ガキみたいだな」


 見た目は俺と同い年くらいなのに。何歳なんだこいつは。


「無駄口叩いてないでさっさと行く。これ持って」


 リコが近づいてきて、パッと手の平を広げて、天にかざす。すると、何度目か見た魔法──光る粒子がみるみると集約していく。そして、光の玉が俺の元までやってきた。リコが「受け止める」と言うので、光を包み込むようにすると──すぐに光は晴れて、重みが俺の手に広がった。見てみると、それは瓢箪だった。しかし、明らかにそれほど量は入らなそうだ。せめて水筒くらいの役割くらいしか果たせなそうだった。


「これに汲んでこいと? ちっちゃくないか?」


「魔法がかかってる。いくらでも入る特別な瓢箪」


「すげぇな。屈指の弱さを誇るとかいうゴブリン一匹倒せなかったお前の魔法のくせして」


 俺がそうからかうように言うと、杖で頭を殴られた。相変わらず暴力的なやつだ。


「早く行く。村からずっと東に綺麗な泉がある。看板があるから分かりやすい」


「あぁ、分かったよ」


 これ以上ここにいてもどうせ下らない言い合いをするだけだから、俺は素直に向かうことにした。体を翻し、扉の方へと歩みを進める。すると入口付近で、リコが俺を呼び止めた。


「そうだお前……ヘンなこと聞くけど、ブ、ブラジャーを見なかった?」


「は? ブラジャー……?」


「干していたら、どうやら風で飛ばされてみたい。水色の、なんだけど……」


 振り返ると、リコは珍しく頬を染め、照れ臭そうにしていた。

 なるほど。俺の命の恩人のあのブラジャーは、リコのらしい。俺の胸ポケットに入っているが──。

 よし、もう少し寝かしておいてやろう。忘れたころにお披露目してやるというのも、面白い反応が見れそうだ。これまで散々バカにされたし、これくらいの仕返しはいいだろう。俺は知らぬ存ぜぬで通して、その場を後にした。


 そして、その足で村を出て──リコの言う通り、村から東方向へ、真っすぐ歩いていた。先程、シルヴィと登ったのは村から西方向にある山で、正反対だ。しかし、似たような景色が広がっている。とはいえ、上空には蛍の光のようなものが飛んでおり──シルヴィの話からして、ここがフェアリーが住んでいるルング森で間違いないだろう。さらにシルヴィも泉がどうとか言っていたし。


(看板があるって言ってたよな)


 リコが嫌がらせで嘘をついていなければだが。……それは流石にあいつを信用しなさすぎか?


(……まったく、あいつは一体、なんなんだ)


 あいつと話していると、調子が狂う。

 他のヤツと話しているときの俺でいられない。

 ……いや、なるほど。俺は一つ、思った。


(まさか、これが──)


 恋、なのか……?

 いやしかし、決してポジティブでない感情のはずなんだ。それにきっかけがない。軽口を叩きあったから、など明確な理由などないのだ。潜在的に、本能的に……のような。


(ま、まさか一目惚れ──!)


 美少女であることは間違いない。人工呼吸とはいえ、唇を奪われ、俺の心すらも奪われた。なるほど。理には適っている。


(この俺が……そんな単純な人間だと……?)


 様々な本を読み漁り、恋愛のことも知悉しているこの俺が……。


「ん?」


 そんなことを考えていると、ある物に意識を引き戻される。それは立てかけられた看板。ボロボロの木製のものであり、無理矢理何かで削ったように、”→”と記されている。


(あぁ、これか)


 リコは遥か遥か東とか言っていたが──まあ、考え事をしていたから、気づかなかっただけかもしれないが、案外近かった気がする。俺はそのまま矢印の方向へと歩いていく。すると、薫風のような心地よい風に、清らかな水を思わせる匂いが鼻を掠めはじめた。俺は導かれるように、進んでいくと──。


 そこには、まさに絶景が広がっていた。

 全裸の女の子が何人も──いや、彼女らは耳がツンとして長い。人間ではないようにみえる。しかし、身体は女の子そのものだった。どうやら、泉で水浴びをしているようだ。体に雫が滴っている。


(まただ──ラッキースケベだ!)


 俺はそう思った。そう、俺に、邪な気持ちなどない。つまり、覗こうとした変質者ではない。偶然、そうなってしまっただけなのだ。

 ……とはいえ、素直に謝罪をするべきだろう。


「すまない、俺はここで水を汲みたくて──」


 そう、頭を下げようとすると──。

 あまりにもな絶景に目を取られて気づかなかったが、女の子たちは地面に置いてあった長槍をそそくさと手に取り、俺に向けてきた。


「く、くるなニンゲン……! ワタシたちは、貴様等の施しなど受けない! 下流域に住む魔族が全て、貴様等の手中に堕ちるなどと思うなっ……!」


 長身で金色の長髪の女の子が率先して、俺に距離を詰めてきた。

 そして。

 片方の腕で覆うようにして胸を隠しながら、片方の手で持つ長槍の先端を、俺に突きつけてきた──。

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