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◆第8話

 それからの俺は、ケモ耳美少女と二人で、森の中に立ち入っていた。例のゴブリンから助けたあと、お礼を言われて誘われ……そういう流れになったのだ。


「改めて、アタシを助けてくれてあんがとっ、勇者様」


 隣を歩くケモ耳美少女──シルヴィに改めて礼を言われる。明朗とした、それでいて透き通るような声音が、耳を優しく撫でる。


「あぁ。ただ、その……勇者様ってのは、やめてくれないか?」


「え、どして?」


「……名前で、呼んで欲しいんだ。さっき自己紹介したが、俺は遼。あぁ、様もいらないから」


「うん、勇者さま──リョーがそう言うなら!」


 天真爛漫な笑顔を咲かせるシルヴィ。俺はとても心地よかった。

 そして。

 この反応、シルヴィはおそらく……俺のことが好きだ。6歳の時から数年間、俺の家庭教師をしてくれたエッチな大学生のお姉さんにおすすめされた恋愛心理学の本に書いてあった。

 ”危険な状況から救い出してくれた相手を、人は必ず好きになる”、と。

 ただ、それは……勇者としての俺のことだ。だから俺は、シルヴィの気持ちには応えられない。


「悪いな、シルヴィ。俺は、君と恋人関係にはなれそうにない」


「……え、それはアタシなんかがおこがましいというか──え、アタシ何も言ってないのにフラれた……?」


 キョトンとした表情をするシルヴィ。


「あれ、違うのか? だから、君は俺をデートに誘ってくれたのではないのか?」


「デート……あはは、リョーがそう捉えてくれるのは嬉しいけどね。ちょぴっと、個人的なお願いがしたくて。って、さっきも助けてもらったばっかなのに、図々しいけどね」


「そうなのか」


 なるほど。

 やはり恋愛とは、知識と実践が簡単に結びつくものではないらしい。リコのように明確に拒絶されれば分かりやすいが、好色を示されても、恋愛的に好きとはならないのか。これは、ハーレム計画においていい実践データを得た。


「それは、まあ最後に言うとして……今は、山菜の収穫だよ!」


「この森は、山菜が獲れるんだったな」


「うん! キケンなキノコとかもあるけど、ほっぺが落ちちゃうくらいオイシーキノコとかもあるんだからっ」


「ほう、それは楽しみだ」


 異世界でも付き纏うあろう衣食住のことは、素直に心が躍る。


「……もうすぐ、いっぱい獲れるとこ着くけど、一休みする? 近くにキレイな湖があんだけど」


 見覚えのある景色。彼女が言っているのは、リコと出会った湖のことだろう。


(そういえばあいつ、朝水浴びするタイプだって言ってたな……)


 ゴブリンの一件の後、村でリコの姿を見なかった。仮に、あの湖で水浴びをしていて、鉢合わせをしようものなら、また制裁が待ち受けていることだろう。


「いや、俺は疲れてないし、大丈夫だ」


「そっか。アタシもちょー元気! じゃ、そのままいこっか!」


 俺は、飛び跳ねるような勢いで歩いていくシルヴィにそのままついていくのだった。

 それから、5分ほど歩いたときのことだろうか。ガサっと、茂みが動いた音がした。誰か、もしくは動物か何かが居ると思って辺りを見渡すも、何も発見できない。

 と、そんな時──。

 猛烈な強風が吹いたかと思うと、俺の視界が突然、黒に染まった。


「うわっ、な、なんだ!?」


 顔に何かが張り付いたような感覚。すぐに、手でそれを取ろうとする。そんな中、さらに強風が吹き──バランスを崩しながら、数歩ほど千鳥足で進むと、俺は尻もちをついた。

顔についていたものを取ると、視界が晴れる。俺が手に持っていたのは──それは水色のブラジャーだった。Gカップくらいの胸を支える大きめのサイズの。


「大丈夫、リョー──」


 俺を心配するようなシルヴィの声が聞こえた──かと思うと。


「きゃぁあああああああああああぁあ!」


 シルヴィの姿が忽然と消えた。


「シルヴィ!?」


 急いで振り向くと、俺のすぐ斜め後ろに、大きな穴が開いていた。穴を覗くと──。


「えぇえぇ! 深っ! 大丈夫か、シルヴィ!」


 もはや深淵かと思うくらいに、穴は深かった。10m──いや、15mくらい先に、シルヴィの小さな影が見える気がする。こんなの、無事で済むはずが……そう思った瞬間。


「あいたた……なにこれ落とし穴? 子供たちが掘ったのかな?」


 ものすごい跳躍力で、シルヴィが俺の隣に着地した。


「えぇええぇえ! ぶ、無事なのか……?」


「え? うん。まあアタシ獣人だからね」


「そ、そういうものなのか……」


 流石は異世界。人の顔はしていれど、やはり異なる生態なのだと思い知らされる。


(というか、俺が落ちてたらヤバかったな……)


 あのまま歩いていたら、落ちていたのはシルヴィではなく、俺の方だろう。そう、ブラジャーに視界を遮られていなければ……。


(ありがとう、お前は命の恩人だ)


 俺はブラジャーを感謝を込めるように、優しく握りしめた。


「子供たちがイタズラで掘ったのかな……?」


「にしては深すぎる気もするが……」


「獣人の子らなら、全然あり得るよ」


「……獣人も、この下流域に住んでいるのか?」


 ふと、俺がそう訊くと。シルヴィの顔が曇る。


「え──えっと……それは、ノチノチ言うね。今は、目的地に行くのがさき!」


 そして、歯切れ悪く、そう言われた。

 なるほど。どうやら言いにくいらしい。俺は頷いた。

 再び、歩みを進める。そのときには、シルヴィの様子は元通りになっていた。

 それに俺は安堵して、口を開く。


「あとどれくらいで、山菜が収穫できる場所に──」


 そう訊こうとしたときだった。何やら後ろから、ドシンという物音がした。そしてすぐに、野太い声が聞こえた。


「こりゃ、誰か落とし穴に落ちたね。アタシが落ちた以外にもあったんだ、あははは!」


「笑ってるが、大丈夫か? 人間だったらヤバイだろ……」


「あーヘーキだと思うよ? この森危ないから、普通の人間は寄り付かないし。それに今の声、人間のじゃないでしょ」


「それもそうか」


 あの野太い声、確かに人間のものに思えなかった。「オォウ!」みたいな。

 俺たちは気にせず、そのまま進んでいくのだった。

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