夢というのは、記憶の整理であり──それは自主製作映画みたいなものであると、何かの本で読んだ記憶がある。自分が生まれてから直接的に経験し、あるいは間接的に見聞きしたものが乱雑に混ざり合って織り成される自分だけが見れる自主映画。
俺の見る夢には、いつだって父親が登場した。俺の行動原理には、いつだって、あの人の意向が絡んでいたのだから。
勉強、勉強、勉強。それは今時、凡庸な教育方針の一つでしかないのかもしれないが。形を象らない未来を見据えて、俺は言われた通りにしてきた。
『満点でなければ、零点も同然。たとえば医者とは、一つのミスで、他人の命を藻屑に変えてしまうのだからな』
この人中卒の癖に。
まあでも、畢竟。
勉学で人より秀でた結果を残すことは、俺も嫌な気はしなかった。
だからなのか。
何故だろう。その映画は、拙く、つまらないものなのに。生きている意義など、無かったはずなのに。
俺のアイデンティティを、深く感じた。
*
翌日──俺は、揺り籠に揺られるような感覚の中、意識が覚醒を始めた。
「……起きない。面倒くさい」
気怠そうな声。俺は目を開けようとすると……腹に、すさまじい鈍痛が走った。反射的に飛び起きる。
「げほっ、げほっ! な、なんだ……!?」
腹を押さえながら、状況を確認すると、リコが卑しく笑いながら立っていた。俺の腹に、杖を突きたてながら。
「やっと起きた」
そう言って……ぐりっと、杖を捻じ込む。
「ぐおっ! まさかお前、それでさっきも俺の腹を……!」
「うん、実はこれ、人を起こすのに使うものなの」
「嘘つけ! よく分からんが、聖女が持つ杖なら、神聖なものなんじゃないのか!?」
「わたしがそうと言ったらそう。口答えしない」
もう一度、ぐりっと。容赦なく、リコは俺に更なる追撃を与えてきた。俺が黙っていりゃ、つけあがりやがって……。寝起きってこともあり、怒りを覚える。ここは、俺も反抗させてもらおう。
「見習い聖女ってのは、まともに人を起こすこともできないのか? せめて出会ったときみたいに、お前の熱い口づけで起こしてくれても──」
ぐり。
「ぎゃあああぁああっ! 悪かった! だからもうやめてくれ!」
暴虐の前には、屈するしかない俺だった。
そんなリコと共に教会の外に出て、太陽の光を浴びる。そして、大きく伸びをすると……背中の重圧感が全身にかかるのを感じる。鞘に押し込まれ、背負ったエーテルの鍵によるものだ。
「……重いな、これ。俺には扱えないってのに」
「わたしも、お前に使えると思ってない。ただ、みんなはお前を勇者だと思い込んでいる。見てくれはそうするべき」
リコのそれは棘のある言葉だが。まったくもって、その通りだ。俺は重大な責任を与えられることを、望んでいない。
太陽を浴びて、寝起きの頭もクリアになると、リコの俺に対する態度はあながち間違いでもないのかもしれないと思った。
「……悪いな」
「……なにが? この世に存在してしまっていること?」
「だからお前が俺を──いや、なんでもない。お前には俺が、課された使命から尻尾巻いて逃げたようにしか見えないよな」
「別に、そういう訳じゃ……」
「それと、お前の下着を見て性的快感を覚えたのは本当だ」
「うん、それが本当に不愉快極まりなかった」
「え、嫌われてるのってそっちが原因か!?」
このような扱いを受ける要因の一番はパンツなのか。確かに、インキュバスを倒すことはできたが、リコだって女の子だ。いい気はしなかっただろう。
「本当に悪かったな、リコ」
俺は誠心誠意、頭を下げる。全てを投げ打ってでも、自由に生きると決めたんだ。許されるつもりはないが、そんな俺を召喚してしまったリコには、しっかりと謝意を示すべきだろう。
「……素直なの、なんか気持ち悪い。だけど、わたしはお前に──」
リコのその言葉が途切れる。
鳴り響いた──金切り声によって。
「ま、魔物よ!」
その大声と共に、村は阿鼻叫喚に包まれる。外に居た人は、自分の家らしき場所に逃げ入っていく。妖精が慌てふためくように乱雑に、空を飛び回りはじめた。
俺とリコは、すぐに魔物を報せた声の方に走っていく。
すると……。
まさに、魔物。小さな槍を持った、緑色の体をしているバケモノが、村民にじりじりとにじり寄っていた。
「勇者様、アタシ、死にたくない……っ」
襲われているのは──昨日、俺に好意を示してくれたケモ耳美少女だ。
俺は咄嗟に背負ったエーテルの鍵を手に取ろうとするも……やはり重く、中々抜けない。
「大丈夫、あいつ──ゴブリンは、魔物の中でも部類の弱さだから。一体だけなら、尚更」
リコはそう言って、一度杖を天にかかげ、ゴブリンに向ける。先端の部分がぴかっと光り──粒子が集約した白玉が、ゴブリンに向かっていく。
そして、こつん……と当たると、何事も無かったかのように、小さな玉は粒子を散らして霧散した。
「こ、このわたしがゴブリンの一匹も……っ!」
リコは唇を噛み締めたあと、がっくりと項垂れる。
「俺が言うのもなんだがお前は何ならできるんだ!?」
しかし、不幸中の幸いか。ゴブリンの体が、ケモ耳美少女から、俺達の方に翻った。
「こ、これがわたしの狙い。後は、お前の仕事」
「ほんっと都合のいいヤツだな!」
ゴブリンの体はそれほど大きくなく、俺の腰くらいまでしかないが……純度100%の魔物の見た目感が、恐怖心を掻き立てる。インキュバスは人間の見た目に近かったが、そうじゃない……。
手が震え、力が入らず、剣が抜けない。しかし所詮、こんなものだろう。俺らの世界では、家に出る小さなGにさえ怖がるのが人間というものだ。
(クソ……昨日は偶然、リコのパンツに救われたが──)
いや、待てよ。俺は思う。
こいつにも、勇者の血とやらが効くのかは分からないが……。
ただ、試してみる価値はあるだろう。
「おいリコ」
「……何? 早くあんなザコ倒しちゃってよボーイ」
「お前なぁ……まぁいい。俺ら二人で、ヤツを倒すぞ」
「……わたしたち?」
首を傾げるリコ。俺は説明する間もなく、ガシっと彼女の腰元の修道服を掴んだ。
そして。
バサっと、巻き上げる。するとすぐに、桃色のパンツが顕現した。俺はしっかりと、目に焼き付ける。まさに眼福──俺の性的嗜好が刺激され、全身の血がふつふつと湧き上がった。
「俺はいつかお前に──お前のパンツで、殺されたい」
死を以って、俺に開花した特殊性癖。
リコの下半身に、下着に、呼吸を奪われることを想起すると──たまらなく掻き立てられる。それが、集約するように。
鼻血となって──吹きだした。
「ぐぎゃぁあああぁああぁあ!」
鮮血を浴びたゴブリンは、その場で崩れ落ちる。こいつにも、俺の血は有効打らしい……!
しばらくして、インキュバスのように、全身が灰となり、溶けていった。
「えぇ……」
リコはドン引きしていた。
「な? 俺とお前で倒したぞ!」
俺がそう言うと……。
「ぐぉ!」
冷徹な視線を向けながら、俺の脇腹を杖でどついた。やはり、魔物を倒すためとはいえ、下着を見られることにこの上ない不快感を覚えるようだ。
「……ところでリコ」
「……なにドヘンタイ」
いつの間にかヘンタイにドがついている。
「お前、昨日と同じ下着履いているのか?」
「わたしは朝、水浴びするタイプなの!」
もう一度杖でどつかれる。
縮まろうとしていた?距離が、再び離れてしまった気がした──。