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◆第6話

 そうして宴は終わり、祭りの後のような静けさにフェードアウトしながら片付けが進んでいった酒場。俺も手伝おうとしたが、主役だからと、勇者にそんなことはさせられないと、帰されてしまった。

 そして教会に戻ってきて……俺は長椅子で、横になっていた。酒場から出る前にリコに話しかけると、ここで寝るよう指示を受けたのだ。布団はなく……渡されたのは薄い毛布一枚だけと、酷い待遇だ。勇者の命に背くような発言をしたのだから仕方ないか──いや、あいつなら、そんなの関係なくぞんざいに扱ってくるかもしれないが。


「……寝れないな」


 色々あったこともそうだが。

 やはり、村民に期待を寄せられているのが大きい。俺は、地面に置いてある、鞘に納められたエーテルの鍵を見て溜息をついた。クルトさんに貰った──半分押し付けられたもので、それも俺の心に重力をかける。


(アメノは自由に生きろと言ったが、雁字搦めだな)


 結局そこにも、神であるあいつの意思が反映していそうだが。

 俺は体を起こし、立ち上がる。疲労は感じるものの、睡魔はない。外の空気を吸いに行くことにした。


 外に出ると、ほうき星の妖精が飛んでいた。夜空をバックにしているからか、どこか神秘的にも思えた。

 そして──。


「イヒッ、随分と、思い詰めた顔をしてるかも」


 夜月に重なる彼女が、妖し気に、それでいて優艶に嗤っていた。


「アメノ……」


 アメノは、煌々と輝く夜月すらも舞台装置に変えてしまうよう神々しさを放っている。この世を統べる神であるというカリスマか、オーラが、全身から溢れ出ているような気がした。

 ……ただ、相も変わらず全裸だが。

 アメノはゆっくりと、下に降りてくる。そして、俺が少し見上げる程度の位置までいくと止まった。


「……お前、こっちまで来れるのか」


「うん。だってワタシとキミは、契約してるから」


 契約──そういえば、口付けされる前にそんなことを口にしていた気がする。


「結局、お前は俺に何をして欲しいんだ? 異世界で自由に生きろと言われたが、何やら魔王を倒す勇者として召喚されたことになっている。しかも最初、溺れかけて速攻死にかけたぞ」


「溺れかけた──全ての生命は、海から始まる。だからかも」


「よく分からないが、なるほど──いや湖だったけどな」


「細かいことは気にするなかも。若いオナゴと接吻を交わせたワケだし」


「それは──確かに役得というやつだが」


 いくらリコに嫌われていようと、あいつが美少女なのに変わらない。


「それよりも……俺は今の状況に、自由を感じない」


「……はぁ、何も分かってないかも。まだ、キミの自由は奪われていない」


「どういうことだ?」


「ワタシが言った自由とは、キミの、キミだけの意志決定の中に存在するのかも。幾ら自由の中でも、そこに心が関与していなければ退廃的生命同然」


「退廃的……だから俺は、異世界でハーレムを作ることを目指すと言ったんだ!」


「……そこだけ切り取ると、クソダサイかも。【切り抜き】勇者の爆弾発言がヤバ過ぎるwww【深谷遼】」


「めっちゃ俺ら人間の文化に詳しいんだな神って。そりゃそうなのかもしれんが」


 昔から比べれば、神の予想だにしなかった文化もあるだろうに。


「キミの居た世界の幸福とは、誰かの犠牲によって、成り立つと考えられているかも。資源も、たとえ生命であっても、それは世界にとっての同等のリソースに過ぎない」


「…………」


 2歳くらいの頃に父親に読まされた、マンガで分かる経済学の本に書いてあった気がする。金貨が3枚あったとして、それを二人で分ける。一人は1枚、もう一人は2枚。それは当然、不平等だ。しかし、平等に、1枚ずつ分け与えたならば──1枚余る。それは、世界経済にとっては無駄でしかない、みたいな。


「勇者である俺の犠牲は、この世界にとっての幸福か」


「そうかも。『勇者って何?儲かるの?どうやったらなれる?彼女はいるの?調べてみました!』」


「神が人間の文化イジってくんなっ」


「一人の犠牲を払い──一人のヒトを殺して、より多くのヒトを救うのは悪なのか──キミらヒトが考えを見出した水平的な思考実験。ここに意志は存在していない」


「……聞いたことがある」


 1歳6か月くらいに父親に読み聞かせされた哲学書で聞いたことがある。

 例えば、定期的にくじ引きをして、健康的な平民の内の一人を決定する。その人の臓器を取り出し──臓器移植が必要な人に全て提供する。そうすれば、一人の犠牲で、多くの人が救われるのではないか、と。


「……それでは、人間の幸福度が上がる訳ではない。人々は日常を、自分が犠牲になるかもしれないと、怯えて過ごすことになるのだからな」


「その通りかも。だけど──自ら犠牲になると選択した場合は?」


「……自らだと?」


「自由意志で、国民の為に犠牲になることを選択する。種の発展を、世界の発展を願い、個の存在を進化の礎にするかも。#転移者さんと繋がりたい #勇者界隈」


「だから人間の文化イジってくんな!」


「ただ──自分の為だけに、自ら命を投げ捨てることは──種にとって、世界にとって、不利益でしかない。これは念頭に置いておくかも」


 そのせいで、俺は罰を受け、ここに来たんだっけか。いや、俺は別に自死した訳じゃないが……精神が堕落していたのは事実だ。


「……なら俺は、自分の意志で、勇者としての責務を果たせと?」


「イヒッ、それこそキミの自由なのかも。ワタシは、創造主でありながら、生命の舞台装置。そして、キミの契約者でありながら世界の傍観者。好きにするといいかも」


「神であるお前が言うなら、俺は好きにさせてもらうぞ」


「イヒッ、うんうん、それでいいかも。ただ──」


 アメノは愉しそうに、俺に微笑みかける。

 そして。


「──DNAに染みついた連続性、キミという人格を形成させた過去が、そう簡単に覆るとは思わない方がいいかも」


 そう、意味深長な言葉を残して──俺が一回、まばたきをしただけで、アメノは跡形もなく消えていた。

 何が言いたかったのか、具体的には分からないが、彼女の言葉が何故だか胸に突き刺さっている。


「……俺は、変わったんだ」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いて……しばらくの間、月明かりをその身に浴びていた。

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