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◆第5話

 教会に夕日が差し込んできたころ──俺は、とあることをクルトさんに告げられた。そこで、勇者の素質が俺にはない、まだ慣れてないだけ論争は一旦中止となった。

 そして、そのとあることとは、村にある小さな酒場で俺の歓迎会らしきものが開かれることになったこと。

 すぐに、リコとクルトさんとその酒場に向かった。

 そこは、お世辞にも綺麗とはいえない酒場で──木造建築なのだが、至るとこの木材が痛んでいる。

 ただ、盛り上がりは相当なもので──誰もそんなことを気にもせず、どんちゃん騒ぎをしている。


「勇者さまぁ、今日の活躍見てましたわぁ」


 そしてその中心に居るのが俺。右隣の席には、巨乳の若い女性。体を寄せられ、時折、胸の感触が肩に悦びを与える。


「ほうき星に、願いが届いたんだよ! 勇者様、アタシね、毎日願ってたんだよ! 本当だかんねっ!」


 左隣の席には──人間じゃない──いわゆる獣人、と形容すればいいのか。顔貌は人間であるが、頭の上についたピョコピョコと揺れる茶色の犬耳、尻尾が特徴的だった。そんな女の子が俺の肩をぽんぽんと叩いていた。


(ケモ、いい!)


 俺はまた、新たな性癖に目覚めそうだった。

 それからも、多くの女の子に囲まれる。これだ、これ。これこそ、ハーレムというやつだ! 勇者の肩書も、しばらく遺憾なく発揮しようと、俺に邪な考えが芽生えそうになった。

 ふと、視線を感じる。とても、冷ややかな視線だ。それは、遠くの席で一人、木製コップに口をつけるリコのものだった。俺は口端をニヤリと持ち上げる。すると──リコは一度手を開いて、すぐに強く握る。そして……中指を一本立ててきた。


(あいつ本当に聖女だよな!?)


 いくらなんでも品が無さ過ぎる。俺がそれに愕然としていると、何を勘違いしたのか、リコは勝ち誇った表情になった。


「どうかした、勇者さま? よそ見してないで、アタシともっとおしゃべりしようよー」


 リコのことは不服だったが、ケモ耳にすぐに癒された。あぁ、あいつに言われた嫌味も全て、浄化される。

 と、そこに。

 小さな足音が、こちらに近づいてきた。


「えっと……勇者さま、このような場で、そぐわないことは分かっているのですが……一つだけ、お願いをしてもよろしいでしょうか」


 その足音の正体は──人間ではなかった。彼女は可愛い声を奏でながらそう言うが──インキュバスとか、そっち側の存在に見える。

 ツンと細長い耳に、腕の代わりに長い羽根が生えている。足も人間のものではなく、先端には長い爪──見たまんま、鳥のあしづめだ。


「君は?」


「わ、ワタシは……その……見ての通り、魔族で……ハーピーです。名前は、モネといいます……」


「ハーピー……」


 RPGで、聞きなれた名前。そんな彼女は魔族だというが、誰も訝しげな態度は示さない。むしろ、おいでおいでと歓迎されているようだった。

 ただ、そんな雰囲気に似合わず、張り詰めた表情で、ハーピーのモネは言う。


「勇者様は、魔王を打ち倒すのですよね……」


「あ、あぁ……そのようだな」


「……でも、えっと、魔族にも……その……」


 体をくねくねと捻らせながら、モネは言いよどむ。俺は立ち上がり、彼女の頭に手を乗せる。あまりにも表情が剣呑なものだったから、気づくとそうしていた。


「……ありがとうございます。ワタシは、魔族です。けれど……こうして、下流域で、皆さまに、よくしてもらっています。……はみだしものの、ワタシに──」


 モネは唇を噛み締めながら、左の羽を大きく広げる。すると……見ているだけで痛々しい、古傷が顔を出した。純白の羽の中心部を青黒く染めている。


「飛べなくなったハーピーは、集落を追い出されます。そんな、路頭に迷うワタシを救ってくれたのが……ここの、聖女様でした」


「聖女って、リコか……?」


「いえ、行方不明になっている聖女──ラマレーン様です。ラマレーン様は、魔族、人間、妖精たちの共存を願っていて……ワタシをほうき星村に連れてきてくださいました」


「リコとは大違いだな」


「いえいえ、リコ様も、ワタシにとてもよくしてくださってますよ。本当に」


 やはり、リコは俺以外には人当たりがいいのか。何故だか少しだけ悔しい。

 しかし……なるほど。

 それが下流域が受け皿である由縁か。ここは行き場を失った魔族すらも、受け入れているということか。


「は、話が逸れてしまいましたね……。えっと、勇者様──」


 モネは、深々と頭を下げた。そして、震える声音で続ける。


「魔族にも──争いを好まず、心の優しき者は、沢山います……ですから、魔王討伐の旅の中……そういう者だけは、見逃してあげて欲しいのです。そして、その者が途方に暮れていたり、他種族との共存を願って居るのなら……下流域に行くことを、勧めてあげてほしいのです」


 それが澱みのない本懐だということが、伝わってくる。勇者の役割を果たす気など、微塵もないこの俺に対して。彼女は頭を下げたまま、身体を震わせはじめた。すぐに、地面に涙が滴り落ちる。


「……君の理想通りの世界になるかは、誰にも分からない」


 俺はそれしか言えなかった。不安を解消させてあげようと、笑おうとするも。変な方向に力が入って、歪な表情になっている感覚がする。


「そう、ですよね……勇者さまにも、遠い未来のことは……すみません。でも、信じております。願っております。この村に降り注ぐ、流星群に──」


 それでも、期待される。俺の周囲が、盛り上がる。俺の虚像──理想像が、みんなの脳内に描かれているのだろう。

 俺にはそれが、重荷で仕方なかった。

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