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第三十一話 出会いの扉が開く時

(ユリコがボランティアしているという図書館は、ここだな……)


 ウィルは約束通り、目的地である図書館に着いた。

 孤児院や礼拝堂と隣接していて中庭までそんなに距離はないが、もう少し奥まった場所にある。


(はぁ……。それにしても、今朝からジェフを説得して止めるの大変だったな)


 実は、ウィルが待ち合わせの場所へ出発する際、ちょっとした出来事が発生した。


 ——屋敷内の玄関で……。


「私もお供しますって! 坊ちゃんのことが……」

「いや、俺一人で行くって言ってるだろ! 俺も大人なんだからさぁ、いつまでも子供扱いしないでくれよ!」

「でも……」


 朝から何やら騒がしくしている。

 原因は、ウィルとジェフがひと悶着あったことからだ。

 直前になっても心配性のジェフは、主人の「お供」としてついていこうとしていた。

 けれど、ウィルは同行をハッキリと断る。

 いつまでも頼るわけにいかないと感じていたからだ。


「はぁ~……ジェフの心配する気持ちはちゃんとわかってる」

「坊ちゃん! でしたら……」


 断られてガッカリする執事の姿にウィルは仕方なく、自身の思いや理由を説明することにした。


「だが、克服出来そうなタイミングを掴みたいんだ。今これがチャンスだと思っている。今後のことも含めて苦手なことでも自分で出来るようにしたい。だからそっと屋敷で見守ってくれ」

「……」

「大丈夫とまではいかないが、ベスト尽くすようにやる」


 泣きそうになる執事の肩を手でポンと当て、主人の信用をより固くするために真剣な目で説得してから出発した。


 ——そして、現在に至るものの……。


(なんとか色々と言を付けて納得してくれたけど……どうせジェフのことだ。俺を尾行するか先回りして俺の跡ををついてきているんだろうな)


 中庭まで入るかは別と考えつつも、ウィルは何処かで自分のことを張られていると勘付いている。

 主人があれだけ言っても、聞かない執事だからと分かりきっていたからだ。

 今もまだ、その気配を感じる時がある。


(まぁ、奴は気にしない方が妥当だ。それよりも今を集中するんだ……)


 気にしていたらやるべき事が出来なくなると思い、まだ若干だけ苛立ちが残るものの、ウィルは百合子と対面することへ意識を向けるよう心掛ける。

 メインは彼女に櫛を返すことだが、それだけだと流石に呆気ない幕引きになる。

 他にも簡単な話題を繰り出し、如何にこれからも縁を結び続けていけるのかが重要な鍵と睨んでいた。

 ウィルは、その為にも彼女の素性が聞けたらと質問の内容を模索する。


(彼女に櫛を渡した後も色々と聞きたいことが沢山あるのだが……上手く話せるだろうか?)


 一人で百合子と話す内容や順序を立てながら考え、ウィルは中庭へ向かって歩いている。

 いくら周りを気にしないようにしても、またジェフのことやそれ以外の何かに隙をつけ込まされそうだ。

 そんな雑念を頭の中で無理矢理振り払う。


(いや、あまり余計なことを考えるな。落ち着け…‥!)


 中庭までの距離はもう僅かだ。

 百合子と対面する時もいよいよと近い。

 心臓がバクバクして鼓動が早い中、惑わされないように胸を手でさすりながら当てている。

 ところが……。


「おや、エドワードさんじゃないですか?」

「うぉあ! ビックリしたぁ……。誰かと思ったら……」

「あらあら、こめんなさい。驚かせてしまったようですね」


 大人であれば中庭には百合子しか居ないと思いきや、後ろからいきなり声を掛けられ思わず声を大声出して驚いてしまう。

 ふふっと微笑を見せ、ウィルの元へ少し近づいてくる。


「あぁ、どうも。シスター……」

「はい、おはようございます」

「おはよう、ございます」


 発した方へ振り返ると、修道服姿のある女性に出会った。

 彼女の名はエリス・ケリー。六十代の老婆だ。

 瑞穂国での滞在歴は、恐らく他の異国人の中を含めても一番長いだろう。

 瑞穂国で担っている教会では神父を筆頭に男女十数人の修道者が礼拝など務め、奉仕活動の一貫として行なっている。

 親のいない又は育てるのが難しい環境にいた子供達を対象とし、孤児院を開いたという。

 この図書館も、同様に管轄を担っている。

 月一回の礼拝へ訪れる際に出会う上、ウィルが瑞穂国へ来航した当時からの知り合いである。


「それにしても、マグナーさんはよく見かけるけど、エドワードさんが図書館へいらっしゃるなんて珍しいことですわねぇ」

「あぁ……。まぁ、ジェフは俺の代理だから来るのであって……。えーっと」

「で? 今日はどうしましたの? ここに来て、今から何かご用でも?」

「実は……今日、俺一人で中庭に用事があって……」


 エリスが興味津々にグイグイと迫ってきても、詳しいことは言いたくないどころか寧ろ背けたくなる。

 しかし、修道女の身分には嘘をつけないのでここは素直に中身をぼかしながら簡潔に答えた。

 それでもエリスの目は誤魔化せない……いや、そういうものではなかった。


「あら? もしかして……『ユリコさん』のことかしら?」

「……ッ!」


(なんで、すぐわかったんだよ……。ジェフ以外、誰ともすら話してないのに……)


 エリスの口から出た「百合子」の名前にウィルは、一瞬ドキッと図星を突かれてしまった。

 そのせいで、心のボヤキが本音として外へ出そうになりかけてしまう。

 なんとか心の声を抑えながらも、動揺を止められず隠すことも出来ない。

 それもそのはず、エリスは毎週ボランティアへ務めている彼女の姿を目にするのだから顔や名前も当然知っている。

 ここまで隠すのは不可能となり、仕方なく正直に肯定的な返事をするしかなかった。


「え、えぇ……。まぁ、そうですけど……ハイ」


(もしかして、エリスは彼女と知り合いだったのか?)


 人に見つかってしまった焦りで恥ずかしがり屋の性格から顔に出てしまい、タジタジと困惑してしまってぎこちない。

 けれど何か諭したかのようにエリスはふふっと笑みを交わしながら、簡潔且つ丁寧に百合子が行なっている活動のことを話す。


「ユリコさんなら、今ちょうど、子供達に読み聞かせをするところなのよ」

「うん? 読み聞かせ?」


 ウィルは先程まで動揺していたが、少し収まって普通の会話に戻る。

 彼女に関する情報なら、真面目に聞きながら他に活かせそうなヒントを得ようとしているからだ。


「えぇ。毎週日曜日に参加している孤児院の子供達の為に礼拝後、中庭で集まって本をもらっているんです。他に文字を読み書きできるようにと、師範も進んで請け負っているんですよ」

「そう、なんですね」


(ほぅ……。随分、熱心にそんな活動をしているんだ。ユリコは子供想いなんだなぁ……)


 用事があると百合子からの手紙では書かれてあったものの、今ここでウィルに入ってきた情報は全て初耳の内容ばかり。

 彼女の活動を聞くほど尚更関心を持ち、そのまま中庭へ入る。


(……!)


 子供達が周りを集まり待っている中、凛とした可憐な乙女……。


「じゃあ、今から読んでいくわよ。この物語はね……」


 ちょうど、読み聞かせ会が始まろうとする声が微かに聞こえている。

 子供達も集まったところで、椅子の前で弧を描くように囲み芝生に座っていた。

 目を輝かせ、冒険に出るかのようにワクワクしながらお話の内容を耳に聞き入れる。

 その奥の方で見えたのは背もたれのついているアンティーク調のガーデニングチェアに座り、楽しそうな声を出して読んでいる百合子の姿だ。

 ウィルの目には、ぶつかった後の振り返った彼女と同じようなオーラと共に映っている。


(漆黒の艶のある髪に、柔らかくて温かみのある可憐な……。あぁ、あの時もそんな感覚だったな)


 ほぉっと少し放心もしているが、その瞬間はウィルにとって彼女に惚れるほんのひと時だ。

 彼はその雰囲気を壊さないよう壁側に背中を寄りかかり、耳を澄ましつつ時折横目で見ていた。

 百合子が子供達に朗読をしている本は、ブレス語を仁和語に翻訳されたもの。

 その内容は、ある少年が宝物を目指して旅をする話だ。

 中には、ちょっとした戒めの内容もあってドキドキすることもある。


(あぁ……あの物語かぁ、懐かしい。俺もその話は怖い部分もあったけど好きだった)


 彼女が音読している物語は、ウィルも幼少期に一度は読んだことがあったようで印象にある内容だった。

 物語の登場人物が話す台詞もまるで一人芝居をしているような演技で臨場感を与え、子供達を楽しませていた。

 目を細めながらそっと微笑み、彼は彼女の仕草や子供に語りかける物語の聞きながら行方を見守っている。


(あっ……!)


 読んでいる最中、百合子は相手の目線にパチっと気がついた。

 あっ! と軽い表情もしたが、微笑みを見せながら軽く会釈する。

 子供達の方に向かって、物語の音読を再開した。

 ウィルと同様に百合子もまた心のトキメキが僅か響く。


(……)


 今はまだ声を掛けるのは難しいけれど距離が離れていることもあり、会釈程度ならとウィルも同じように出来た。

 笑顔は作れないが、自然と彼女の応対には応えたかったのだろう。

 お互いの胸の中からドキッと軽い心臓の鼓膜から跳ねが出るも、なぜか安心感も包まれている。


(ユリコと手紙を交わした甲斐もあるのだろうか……)

(ウィル様が来たら意識して緊張するかなと思ったけど、圧迫感がない……)


 違和感や緊迫もない、どこか居心地のいい空間だった。

 そんな二人の中は時折サァーっと吹く柔らかい風と共に、横に並んで傍にいるかのような気分でこの時間を過ごしているのである。

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