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第三十話 出会いの心得と本選び


 ——次の日。


(一応、約束はしたものの……、本当に来てくれるのかしら……?)


 最後に百合子が送った手紙から二、三日経った日曜日。

 遂にウィルと初めて対面する時がやってきた。

 ただ、百合子の予定には毎週日曜日の午前中からボランティアという奉仕がある。

 つまり、彼と会うのは終わった後のお昼休憩までの間だ。

 待ち合わせは百合子がボランティアを務める場所、図書館の中庭。

 子供達に読み聞かせ会を開催する。

 それが終わると、読み書きが出来ない子供達を対象に先生となって文字の書き方を教える。


(とりあえず、まずは今日読む本を決めないと! うーん、どれがいいかなぁ?)


 先週の日曜日でちょうど本を一冊読み終えた為、次の新しいものを選ばないといけない。

 それに加え子供が読めたり興味が引きそうな本は。少しずつ増えてはいるもののまだ数がそんなに多くない。


(読んでいる間にウィル様が来たとしても、彼の顔やどんな姿なんだろうと思ってたら緊張でドキドキしちゃう……。だから、なるべくいつも通りでいなきゃ。平常心、平常心……)


 瑞穂国内に滞在する上官達の似顔絵が出回っているのは、街中で話題になっている。

 しかし、どれも実物とかけ離れている為にそんな顔をしていないことだけは理解しているつもりだ。

 百合子は図書館内にある子供用の本をどれにするのか選ぶも、さっきの考え事とは打って変わり別の件で考えている。

 その理由には、昨夜に読んだウィルからの手紙と関係するからだ。


 ——遡って前日の夜。百合子の部屋にて。


(はぁ~……明日は初対面。ウィル様と遂に……)


 いつも通り、机の方へ向けて椅子に座っていた百合子が溜め息を一つ。

 緊張する上に、より心のむず痒さが治らず悶々と悶えている。

 毎日つけている日記すら、手をつけられない。


(やっと櫛が帰ってくるのは嬉しいけど、それよりもちゃんと話せられるのか心配だわ……)


 彼から大切な櫛が返してもらえる喜び半分、会話として上手く成立するのか心配が漂っているからだ。


(確か、ウィル様は女性が苦手だから見た目とか……。いや、何もかも怖い人だったら……)


 まだ会ってもいないのに、話す前の段階から睨み顔など無愛想な表情を想像している。

 まるで浮世絵にも描かれる鬼や天狗の顔に似たようなものを浮かんでしまった。

 そうじゃないと分かっていても、予想がつかないことはいくらでもある。

 そんなことを想像するだけで身震いしそうにもなる。


(うぅ、あまり考えたくないから何か違うことを……あっ、そうだった! ウィル様からの手紙、まだ途中だった!)


 届いていた手紙が、まだ読みかけの状態だったことを思い出す。

 その日のお昼、いつもの笑顔でジェフが主人の手紙を渡しに来店した。

 ちょうど交代で休憩時間に入ろうと受け取った後、すぐに開封して読もうと目を通し始める。

 けれど百合子に指名で受注が入った為、前半の二行と途中までしか読み切ることが出来ずのまま、思い出すまでこの時間になってしまったという訳だ。

 手紙の内容は、ウィルと会う際の注意書きみたいなものを彼自身の正直な気持ちで文が書かれている。


(前略)


君には正直、無理を承知で申し上げる。

私と話す際は、出来るだけ正面ではなく横に少し距離を空けた状態で並んで話してほしい。

女性と目の前で話すこと自体、私は苦手でどうしても逃げ出しそうだから。

仮に咄嗟な行動で面と向かって話してしまっても、長く直視することが出来ないんだ。

もしかしたら、こんな文章を見て、君にとって私を男らしくないと思うだろう。

こんな自分の行動や態度で情けないと感じるかもしれない。

だが、少しでも理解をしてくれると助かる。


 文面を見てなぜそんなことを書いたのだろうかと、疑問を持つのは無理ない。

 しかし、彼の立ち位置になってみてから一考してみる。

 女性の目線を合わせるのが怖いのかもしれないと感じ、百合子は合点と納得する。

 この理由に少し理解出来たような気がして、彼のはにかみする姿を思い浮かべながらクスッと口元が綻びた。


(この文から、きっと私との会話を少しでも出来るようにと、前もってお知らせしたのでしょうけど……)


 とはいえ、百合子本人も異国の人と話すことが仕事でもほとんどない為、自信なんて全く無に等しい。

 だが、あの手紙に最後はこう記されていることで、初対面の日を少しづつ期待出来るようになれたらいいと願っている。


『ユリコ、こんな私だが当日、君と会えることを楽しみにしてる』


(でも、ウィル様は間違いなく優しいお方だと思いたい……。そう思える根拠だって他にもあるんだから)


 落としてしまった大事な櫛を、いつか会える日まで櫛を預かってくれたあの日から蘇る。

 ジェフを通じて主人ことウィルの依頼から始まり、初めて文を交わしたこと。

 不安を仰ぐようなことさせず安心してもらえるようにと、一日も早く返事を届けてくれた。

一緒に百合子とひと時を過ごしたいと語っていた桜の絵画も。

 今までの手紙を思い巡っているからこそ、彼の誠実な対応も信じたいと思えるようになっていく……。


——と、そういうほんわかなひと時の中を、百合子は浸りながら振り返っている内に……。


「百合子お姉ちゃんー」

「あら、おはよう。あれ? 珍しいね。ここに来てどうしたの?」


 一人の男の子が元気いっぱいの声を出して、百合子の元へ駆けつけている。

 しかし、いつもなら中庭で集まり待っているはずなのにと、彼女は疑問にしていたことを聞いてみた。


「どうしたのって、そろそろ時間だよ? なかなか来ないなぁと思って見にきた」

「えっ? そうなの? って……あら! やだ、もうこんな時間だなんて……!」


 壁にある時計の指針を見てみると、朝の読み聞かせ会を行う開始時刻が既に迫っている。

 まだ何を読むのか決めかねていない百合子は、急いで本を選ばなければいけなかった。


(のんびりと手紙の余韻に浸っていたたせいだわ。今はこんなことで呑気にしている場合じゃない! 急いで決めないと!)


「ゴメンね、もうちょっとだけ。すぐそっちへ行くから先に待っててね」

「うん! わかった」


 百合子は声を掛けた子供に読む本を決まった後で向かうと伝え、もう少し中庭で待ってもらうように促す。

 余裕なんてないにも関わらず、まだ迷いが生じている。

 特に読んでいる最中にウィルが来ると、彼の前であっても気にせず読み続けなければならない。


(うーん、どうしよう。どれが……あっ、これだったら……!)


 百合子が選んだものは、異国でも馴染みのある冒険話やお伽話を集めた物語集だ。

 もちろん彼女も幼い頃、養母である叔母に読んでもらったお話もその本に収録してある。


(これならきっと、ウィル様の前で読んでみたら懐かしんでくれるかな)


 迷っていたものの候補の中から良さげな本がようやく決まり、急いでそれを取って中庭へ小走りに向かった。


——中庭で訪れる二人の出会いの扉を開く時が来るのである。

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