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第二十八話 第二章小話 ジェフによる主人の観察記

 ——ブリストリアス帝国領事・東皇支館内、厨房室。


(あぁ……近々、本人同士でお会いする日が。ウッ! 私としてはここまで成長して、とても嬉しゅうです。坊ちゃんが百合子様との初対面はどうなるのか、楽しみですなぁ……)


 鼻歌混じりに、ジェフは料理を行っていた。

 少しだけ嬉し泣きになりそうになるも、なるべく抑えて盛り付けに集中している。

 片手間に食べられるよう、用意したのはきゅうりのサンドウィッチ。

 実は、彼の大好物の一つでもある。

 主人の軽食作りを終え、盛り付けも綺麗で且つ完璧に仕上げていた。

 飲み物は祖国ではお馴染みである、ブレンドされた紅茶だ。

 ジェフが貿易商の知り合いから厳選して購入した紅茶は、特別なものでどれひとつハズレが全くない。


(本当は、私が後ろで密かについて参りたいのですが……。いかんせん、すぐに見つかりそうでどうしたものでしょうか。運び終えたら作戦を立てて、坊ちゃんに見つからないようにしないといけませんねぇ……)


 彼等の初対面である当日の行動をどうするのかを考えながら、ワゴンをゆっくり運んでいる。

 ジェフが先程いた厨房室から主人がいる部屋までの距離が離れている為、考える時間の猶予はいくらでもある。


(そうなると、一般人になりすまして変装するのが一番でしょう。坊ちゃんを見送ってから素早く着替えるとして……。あとは距離を保ったり坊ちゃんの知らないルートを……)


 ウィルに見つからないようにする為には、気配や執事の格好を無くすことからになる。

 主人の苦手意識から生まれた性格や培ってきた行動から読み取り、気配にはものすごく敏感であるからだ。

 横海市内の地図や建物の場所を把握している。

 特に人通りの少ない裏道から、ウィルがここを通らないであろうの道まで全部網羅している。

 策を考えながら部屋の前ぐらいに近づくにつれて、ジェフの中で何か違和感が……。


(おや……)


 主人の部屋に着き、ワゴンを停車してノックをしようとした。

 だが、咄嗟に手を振り止めて顔の位置から肩ぐらいのところまで腕を下ろす。

 ドアフックには、あるプレートが掲げられていた。

 そう、例のアレである。


(……ウィル様が出入り禁止の看板を掲げているなんて、珍しいことですなぁ)


 ウィルが前もって吊るされていたそのプレートは、ジェフの経験上では相当のことだ。

 大抵、これが掲げるのは来客との接待はともかくだが、それでもなかなか目にはしない。

 となると、それ以外の理由で何かあるのかハッキリと思い浮かばない。

 だが、ジェフには心当たりが一つだけある。


(あっ! もしかして……)


 もちろん、先程ウィルが受け取ったあの手紙に書かれた内容のことだ。

 百合子との初対面を交わす日が決まったと、ウィルから告げていた。

 あの時の主人は本当に嬉しいそうにする反面、どこか戸惑いもあるようにも見える。


(きっと、坊ちゃんのことだから失敗したくないと思って……)


 ジェフは部屋の中で行われていることを想像しながら、ドアの前でどんな様子をしているのか気になり、そっと伺おうか迷っている。

 しかし、密かに見ようとドアを開けて一歩たりとも間違えてしまうと、主人から静かに冷酷の怒号が飛び始めてしまうのは間違いない。

 それでもジェフが主人のことを心配してしまうのは、執事の性でもある。

 悩むに悩んだ末、結局、彼が選択した手段は……。


(こうなったらノックはやめて、そっとドアを開けてみるのが一番ですな)


 ジェフは、強硬手段を選ぶことにした。

 といっても、彼なりに考えついた末のやり方である。

 特に、祖父の代から「異国狩り」と称した辻斬りをする外敵から守る為に執事の形(なり)を叩き込まれた。

 マグナー家の血が争えないぐらい徹底して、いつどこでも俊敏に作戦を立てながらアンテナを張り巡らしている。


「ジェフ、もっと鍛えろ! ここはこうするんだ!」

「はい!」

「違う! もう一度、やり直し!」


 ジェフも同じく幼少期から祖父と父に教えられながら厳しい訓練を行い、若かりし頃に軍人になった時もあらゆる想定の戦術を構えていた。

 それだけ訓練を受けていたら今でこそ飄々そうに見えるも、実際は用心深くなり軍の諜報役でも充分になり得る。

 もちろん今回行う作戦も、単純にそっとドアを開けるといった方法ではない。


(まずは、このプレートを……)


 プレートがあると、ドアとぶつかった時に発生する音で気付かれてしまうのが目に見えていたからだ。

 掛かっているプレートをそっと手に取り、床に置く。

 当然、床に置く時も音を立てないよう細心に気をつけながら……と。

 他人からすると変な眼差しで見られる行為かもしれないが、主人に気づかれないようにする故の行動であり、これも一つの訓練と思っている。


(第一ミッション、無事完了)


 無事に、プレートを床へ置くことに成功した。

 残りはそっとドアノブを解除し、片眼で見える範囲まで隙間を開けることだ。


(ノブさえゆっくり動かせば、坊ちゃんが気づかれることは少ないはず……)


 最後の賭けに、ジェフは無音状態を保ったまま、ドアノブをじっくり動かして解除する。

 そっと隙間を開けたままノブを戻した後、一度手を離し終えた。


(あ、この幅でも見えそうですな……。ん?)


 あとは片眼で見える隙間までもうひと息そっと開けても良いが、ジェフにはどうやら充分に見えているようだ。

 ウィルの自作自演ながらも、百合子との会話など対応出来るよう色んなシチュエーションを試みている姿が……。


「ここは、こういう言い回しが……いや、違うな。ジェフのアドバイスとして考えるならこうだろう」


(ふふっ。こういうところ、坊ちゃんらしいですな……)


 幼少期だったジェフとウィルが、目的は違えど何かをつけさせるための鍛錬をしていたこと思い出す。

 ウィルの場合、体力が人よりも細身であり、弱体ぎみで殴り合いのケンカもそんなに強くない。

 その為、せめて人並みの体力や護身術など身につけるよう一緒に鍛えあげるようになった。

 特に護身術はジェフの得意分野であることから、ケンカで襲われそうになった時は隙を狙って気絶させてしまったことも。


(密かな鍛錬を怠らずに行う努力家の坊ちゃんなら、必ず今回の逢瀬や女性との対話の苦手意識も克服して上手くいきますよ)


 ジェフは微笑ましく主人を見守りながら、静かにウルッと心の中で涙を流すのである。

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