(そうだった……。実際に彼女本人に会うとはいえ……話せるのかどうかが……。もし、失敗して気まずくなったら……)
しかし、彼女との初対面こそが今後の行方に左右される決め手になりかねない為、そんな悠長なことは言ってられなかった。
万が一、何も話すことが出来ずにその場から逃げてしまったらと思うと、その対策も一人で考えなければならない。
仕方なく恥ずかしいと感じながらも言葉にしてジェフに聞こえる範囲にボソッと呟きの如く、か細い声で伝えようとする。
「……然……、……りで……」
「はい?」
ジェフは聞き取れなかったのか、それともワザと聞こえないフリをしたのかは疑問に残る。
だが、どちらを取っても耳を澄ましている格好をしていることには全く変わりない。
「だーかーらー! 当然……、一人で行くに決まっているだろ……。ったく、俺に二度も言わせるなよ……揶揄いやがって」
先程よりか少し大きめの声で、ウィルは再び口にした。
それでも彼にとって恥ずかしいことには、変わりない。
「ふふっ、かしこまりました」
口元を押さえながら笑いを堪えるジェフ。
それを見たウィルは、ある事に気がついてもう一声が出る。
「あと……」
「なんでしょう? まだ、何かございますか? 坊ちゃん」
まだ必死に笑の声を抑えているジェフが、次に実行しようと企んでいるであろうの想定に対して、ウィル自らはもう丸わかりではある。
だが、念の為に言っておかないとやりかねないと判断し、念押しでこう告げる。
「……絶対に、俺の後ろ……ついて行くなよ?」
「ふふふっ……! はいはい、わかっておりますよ。坊ちゃん!」
(絶対、密かに俺の後ろをついて行く気満々だろ……)
ジェフの考えていることは、流石に主人には見えていた。
執事の心配性は分かるが、ここは大人なんだからと意地でも強気で一人で行くことを強調する。
「さっ、これでお話が終わりましたので! 私は、これから坊ちゃんの軽食を作って参りますから。では、これで失礼します~」
「お、オイ! ……ったく、いつもよりヤケに揶揄いやがって……」
ジェフは、誤魔化しながらそそくさと逃げるように部屋から去って行った。
ウィルは、逃げる執事を阻止する為に手を伸ばそうとしたが間に合わず。
おのれぇと言いたいのを我慢しながら、はぁ~っと呆れ果て再び溜息をつくも冷静な仮面の態度に戻す。
(とりあえず、彼女と上手く話せるかわからないがやるしかねぇだろ。これも自分の為だ。彼女とは今後も……)
なるべく恥ずかしくないようにと心掛けるが、成功するのか、はたまた失敗に終わるのかと揺らぐ。
どっちの方へ転ぶのかはわからないが、たとえ望みが細い糸になっても彼女との縁は、まだ繋いだままにしたいと願うウィルの想いを胸に秘めている。
そして、彼は改めて前を向いて誓う。
(だから、俺は覚悟を決めた。必ず……)
自分が苦手としていた女性との会話の克服が直接出来る最初で最後のチャンスだと思い、成功してみせると。
(そうなると……恥ずかしいが、まずは彼女に櫛を返す練習……でもするか……)
最大の目的……。それは、彼女の大事な品である百合柄の櫛を返すこと。
その品を返さない事には、またタイミングを逃してしまうのと同時に百合子を悲しませる姿を見てしまうからだ。
目的さえ果たせば、次に繋がる文通の流れに乗っていきたいとウィル本人は思っている。
(……。よし、誰も居ないな?)
ウィルは部屋内外、あらかじめ自身が見える範囲全て隅々まで誰もいないことを確認する。
彼自身、一人で何かしらの対応出来るよう、ひっそりと練習したいからだ。
特に、気になる女性が相手となると尚更のこと。
女性の前では極度の緊張しいである彼は、大事な品をとにかく上手に渡すための策を練り始める。
他人にこの些細な努力であろうことを見られることに対して一番嫌うのは、彼の性格の故である。
念の為に音も聞こえてなかった状態で勝手に入られると困る為、彼は、ある最終手段のものを用意していた。
『ドゥノット・オープン・ザ・ドア!』
部屋名が書かれたプレートの下には一つのドアフックがあり、紐で吊るし掛けられるように設置してある。
これが掲げるということは、ジェフなどの使用人をはじめ、他の要人であろうと関係ない。
一切ドアを開けることを許されないと、命令が強調してある出入り禁止の看板だ。
元々の使用方法として、ウィルと同じく来航した貿易商人や親しい他国の外交官が来客として来た際、外に情報が漏れないようにする為のもの。
時には『シークレット・クレジット』といわれる貿易関係など、最重要機密情報を持ち出すことも当たり前のようにある。
急な災害やクーデターが起こること以外、どんな急用なことがあってもノックすら禁止されている。
(これで、誰も出入りはしないだろう。ジェフはどのみち軽食を調理している最中だし)
ウィルはあらかじめそれを利用し、ブレス語の言葉が書かれた紐付きのプレートをフックに掲げる。
内側の鍵も閉めようと考えていたが、プレートさえ掲げていたら大丈夫だろうと安心しきっていた。
(ここに鏡があるし、とりあえずイメージしながら練習しよう。まずは、ユリコと出会ったところからで……。こうがいいのかな? いや、まずはこうして……。違うな、この立ち位置から……)
百合子との初対面を部屋の中を利用して、シミュレーションを何度も何度も練り直している。
あらゆる方向や話すタイミングなど起こるであろう場面に対して、一人で演技するも実践を積み重ねようと。
どのようにして渡すのが良いのか試行錯誤を繰り返しつつ、彼女との逢瀬の成功を祈っているのである。