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第二十六話 逢瀬の手紙

 --ブリストリアス帝国領事・東皇支館。


 ウィルは羽ペンを持って、書類を読み通し終えた後のサインと承認用の判子を押す作業を黙々と行っている。


(ようやく、横海市へ帰る時が近くなったな……)


 視察も無事に終え、あとは承認用の書類をまとめるだけになった。

 予定通り、来月の頭頃には横海市の領事館へ帰ることが決まって一安心のウィル。

 そこにジェフがノックをした後、部屋に入る。


「坊ちゃん、ただいま戻りました」

「あぁ、ご苦労。ユリコからの返事はどうだ?」

「えぇ、こちらでお預かりしております」


 いつものように、百合子から預かった手紙をジェフの内ポケットから取り出して差し出す。

 ウィルは彼女の手紙を受け取り、急いで開けながらジェフに背を向けて隠れるように読み始める。



 拝啓 ウィル・エドワード様


こちらこそ、お返事をいただけて嬉しゅうございます。

何よりも桜を自身の手でお描きになったそうですが、とても綺麗な絵画でした。

ウィル様は、絵画がお得意なのですか?

私も機会があれば、他の絵も見てみたいものです。

そして、いつか一緒に本物の桜を見れる日が来るといいですね。



(あぁ、喜んでくれて良かった……。頑張って描いた甲斐があったな……)


 平常な澄まし顔をしているが、内心はホッと安心して泣きそうなぐらい大喜びを見せる。

 しかし、彼が気にしているのはこれだけではない。

 肝心な本題がまだ残っている。

 気を緩めずに、手紙の続きを読むことを再開することにした。



 --……。

本題ですが、私もウィル様のご提案通り帰って来られる週の日曜日にお会いしたいです。

とても、楽しみにしております。

ただ私自身、日曜日は朝から別の用事がございまして……。

朝の用事が済ませたら午後に行う用事までの間は時間が取れると思います。

それで都合がつくのでしたら、どうか午前中に来ていただけたら嬉しいです。

また、ウィル様からの手紙をお待ちしてますね。


(一応、予定通りに行けそうだな。はぁ~……一瞬、無理になったのかと思った……。でも、肝心の待ち合わせの……)


 手紙の最後まで通すも、待合場について書かれていないと思い焦ってしまう。

 しかし、よく探してみると最後に引っ張られていた罫線の下の方に小さく書かれていた。

 大体、三センチはあるのかどうかぐらいの幅だ。


 追伸

一つ、大切なことを書き忘れてしまうところでした。

待ち合わせ場所なのですが、横海セントラウス教会が管理する「知恵の図書館」という場所はご存知でしょうか?

そこの中庭で待ってくださいませ。


(あっ、あった! はぁぁ~……良かった……。百合子が場所を書かれてなかったら、また延期になるところだ。しかし、何度も危なっかしくなりそうな展開で落ち着かないな)


 感情の波から出る激しい揺らぎ具合に、頭が抱えそうになってしまうところだった。

 追伸の方に場所の指定があった為、なんとか延期にならなくて済んで落ち着きを取り戻す。

 しかし、場所を指定をされるものの、どこのことか疑問に感じてその部分だけ推測しながら頭の中に地図を置いて探してみる。


(俺から書いて指定をすれば良かったのだが……会えるかどうかもわからなかったし、場所を知らなかったら、どうしようか悩んだが……。ん? 横海セントラウス教会の「知恵の図書館」……? 知恵? 図書館……。あっ、あの辺か! 俺も知っているところだ)


 分からなかったらジェフに聞こうとしたが、その教会が管理している図書館の存在もウィルは知っていた。

 なぜなら、昨年に教会からの手紙から新しい建物が出来たとジェフの伝手で聞いていたからである。

 正式名称は「ウィズダム・リブラリー」。

 彼女は、その図書館のことを仁和語で直訳した「知恵の図書館」と呼んでいた。

 滅多には訪れはしなかったものの、数回だけどうしても急用に調べ物があって探しに来るぐらいの程度だ。

 それ以外、借りたい本があれば毎日の読書を欠かせないというジェフも借りに行くついでに頼むことにしている。

 彼の作業机の傍で待機しているジェフは、手紙を見入っている主人の様子を伺う。


「あの、坊ちゃん? 百合子様とお会いする日は、もう決まりましたか?」

「あぁ、そうだっだ。うん、決まった。俺達が帰ってくる週の日曜日だ」

「そうなのですね。それなら安堵いたしました」


 ジェフの思っていた心配事は無くなり、胸を撫で下ろした。

 しかし、一つ新たな疑問が浮上し、この対応を主人はどうしようと考えているのか気になって質問を掛ける。


「あの、ところで、つまらないことをお聞きしてしまうのですが……」

「ん? なんだ? 手短に話せ」


 ウィルにとっては不穏なことを聞かされてしまうのではと眉を顰め、少し疑いながら戦々恐々になっている。

 ジェフのいう「つまらないこと」は、どうしても「碌でもない内容」の意味を捉えてしまう方になるから仕方ないことだ。

 主人から少し離れていた距離からズイッと急速に近づき、ジェフは耳打ちでこう言った。


「……お一人で、ちゃんと行かれますか?」

「……!」


 ウィルはジェフから少し後退りした後、右手で顔の上半分を覆う。

 この時点で、もう既に顔が赤くなっていた。

 女性の前ではなかなか話すことが苦手な彼に取っては、最大の課題が待ち受けている。

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