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第二十五話 ウィルの心に秘めた追伸

 ——ウィルから手紙を受け取った日その夜。


 百合子は寝所へ座り、相変わらず開ける前に封筒を見つめている。

 しかし、今回受け取った手紙はいつもと違ったもののように感じて疑問に思っている。

 というのも、厚みらしいものがあまりないが質は少し固い感じがした。


(何か違う紙で書いているのかしら? それにしても、今日も封筒を開けるのは緊張する……)


 けれど、当然のように今回も封を開けないとこの先へ何も進むことが出来ない。

 百合子は軽く深呼吸を行い、勇気を振り絞って開封する。

 すると、封筒自体が葉書を封入出来る大きさで中身は折り畳まれたカードが一枚。

 そして横書きの手紙と同じように開いてみると左側には、繊細で緻密に描かれた桜の絵が……。


(……!)


 声には出さなかったものの、耽美な桜を見てただただ驚くばかり。

 あまりの美しい絵画に、しばらくほわっと見惚れてしまいそうになる。


(あっ、そうだった! つい夢中になりかけそうになった。本題は内容の方なのに……。ちゃんと彼からの文を読まないと)


 彼からの文章を書かれていることすら忘れそうになるのを抑え、改めて文字の方を読みなぞる。



 拝啓 ユリコ様


手紙を送ってくれてありがとう。私はとても嬉しかった。

本を一緒に探してほしいという件だが、私には母国から持ってきた本が沢山ある。

機会があれば、君が読めそうなものを探しておくとしよう。

いいものが見つかり次第になるが、後日貸してあげることが出来たらと思う。

それから、来月の初め頃には視察から帰ってくる予定なんだ。

帰宅出来た週の日曜日になるが、君と会う約束を取り繕うことは出来ないだろうか?

今度こそは、ちゃんと大事な品を返してやりたい。

君の返事、楽しみに待っている。


ウィル・エドワード


(あっ、あともう少しで視察から帰ってくる時が来るのね! あぁ、櫛が返してくれるのもいよいよで嬉しいわ!)


 ウィルの視察から帰って来る日が、大体明確になってきた。

 その文章を読み取れた百合子は、かなり嬉しく跳ね上がっている。

 彼女の大切な櫛が手元に戻ってくると思うと、喜びを隠すことが出来ない。

 しかし……大層喜んだのも束の間、問題が一つある。


(でも、日曜日といえば……。うーん……そうだなぁ。ここはウィル様に申し訳なくなっちゃうけど……。午前中に来てもらって、終わってから話す形で待っていただくしかなさそうかもしれないわね)


 百合子には、代筆屋以外に「あること」を勤しんでいる。

 それは毎週日曜日になると代筆屋とは打って変わり、ある場所へ訪れて夕方ぐらいまでほぼつきっきりになるからだ。

 その用事を踏まえて考えると、空いている僅かな時間を利用する他がない。


(それに、初めてお会いするけど上手く会話が出来るかどうか……)


 だが、長話するほど彼とは話すことは恐らく少ないだろうと思い、お昼ごはんの時間になるまでの間でも充分だと考える。


(土曜日にしてほしいと言っても、きっと、彼はご公務で忙しいと思う……という私も時々、店に入るからなんとも言えないけど。やっぱり、彼が指定した日曜日でいこう)


 日程は、ウィルが書かれた指定の日に決まった。

 手紙を早速書こうとしたが、名前の下にまだ追加のメッセージが残っていることに気が付く。


(あっ、これで終わりじゃないわ。続きがあるけど……。ん? これはなんだろう? ピーに点? エスの後ろも点が入っている。一体、なんなのかしら?)


 略語ではあるとなんとなく分かったものの、何の意味をしているのか疑問に感じた百合子。

 学生時代から使っていた翻訳辞典で調べてみることにした。


(えーと、あった! あ、なるほど! 「追伸」の意味なのね)


 意味がわかったところで、彼が追加して書きたいほどの内容も気になった。

 引き続き、訳しながら読みたどっていくと……。


 追伸

先日、皇居にある迎賓館外の庭園で初めて「サクラ」という花を見て、本当に綺麗なものだった。

君ともいつか一緒に見たかったものだが、その頃には既に散っているとジェフから聞いた。

その代わりに、絵にしようと思って描いたのだが……。

私にとって、初めて他人に送る絵画だから、君にとっては少々拙いのかもしれない。

それでも、君が喜んでくれたら……私は幸いなことだ。


(ウィル様が……桜の絵を……? あっ、そっかぁ。帰って来てもほとんど散っているし、もう今年は一緒に見れないと分かっちゃったからなのね……。でも、私の為にわざわざそこまでするなんて……)


 ウィルの描いた桜の絵を見てほっこりとしつつ、彼女の顔からクスッと笑みが溢れる。


(嬉しい……。なんだろう、不思議と温かい……)


 百合子自身には異性からくれた、初めての贈り物のようだと。

 そもそも他人である誰かから、何かをしてもらえたことに相当嬉しさが溢れ、胸がいっぱいになっている。


(下手だって言葉の意味みたいなことなんて書いていたけど、私からすると全然そんなことないのに……。寧ろ、画才もあるお方なのですね。ふふっ、謙遜する意味では私も一緒なのかもしれないわ)


 輪郭の線画から見て、観察力が鋭いほど細かな筆の運びに惹かれている。

 特に、顔彩で色付けをした柔らかくて淡く薄いのと少し濃さハッキリしたピンクの暈し使い。

 ここにも、きっと彼から出た性格の一つである繊細さを活かしているのかもしれないのだろう。


(私も、ウィル様のことを一つ知れたような気がする……)


 手紙を交わしていくうちに、彼の細かな気遣いの表れから性格など少しづつ見え始めていく。

 彼を些細な贈り物に喜びを抱きつつ、また返事を書き進めるのである。

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