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第二十四話 ジェフからの言葉


 ——一方、代筆屋「白鳥」の受付場。


 この日も、いつも通りに数人の客がやって来ている。

 時によっては、朝から急ぎの注文を承る時もあるが、今は比較的に穏やか状況だ。


「おぉ、嬉しいなぁ! これなら……、彼女に誘い込めそうだ……!」


 先日来店した売りっ子の女性に逢瀬を申し込みたい男性客も受け取りに来ていた。

 百合子が書いたメリハリのある文字に、キラキラと目を輝かせながら感動している。


「ふふっ、無事に叶うといいで……」

「もちろん! 絶対、成功させてみせます! 本当にありがとうございました!」

「あ、はい。お気をつけて」


 男性客は満足するのと同時に自信を取り戻し、威勢のある声でお礼を伝えるが、善は急げと言わんばかりに颯爽と店を出てしまう。

 あまりのスピードで駆けて行った為に見送りをしようとした百合子は、一瞬だけ呆然とする一方だ。

 その呆気なさにクスッと吹きこぼれ、後はもう、ただただ苦笑いするしかなかった。


(あらら、すごい勢いで行っちゃったけど……大丈夫かしら? まぁでも、とりあえず内容には満足していただけたし上手くいくといいなぁ……)


 何事もなかったと、ひとまず仕事を解決し終えた百合子は次の仕事に取り掛かろうとすると……。


「あ、百合子様」


 振り返るとはたから声を掛けてきたのは、紛れもなくジェフだった。

 今回も、いつもの愛想のいい彼の顔立ちで出向いている。


「あら、ジェフ様! いらっしゃいませ」

「どうも、お邪魔しますね」

「はい、どうぞ。こちらで」


 ジェフは、百合子に案内された受付場近くの畳に腰掛けた。

 その間、裏で別の従業員が用意してくれていたお茶を、百合子は受け取って彼の元まで運んでいく。

 月替わりのお茶請けに用意している季節の茶菓子の一つ、蓬餅も一緒に提供しつつ彼らの近況を話すことにした。


「そういえば、東皇都への視察はいかがですか?」

「えぇ、お陰様で順調に進めていますよ。主人も会議など積極的に色々と取り組んでおられます。他では郊外の視察もスムーズに行えましたので、残っているのは資料をまとめたり書類仕事の整理するぐらいかと思います」


 ジェフから話す近況と言えば、もちろん、ウィルが今行っている視察のことを中心に話題が上がる。

 内容はともあれ、会議など予定が延びてしまうと帰ってくる日も然り。

 順当にこなしていると聞いて、百合子は安心していた。


「それなら良かったです。こちらへ帰ってきた際は、是非お土産話とか聞いてみたいものですね」

「ふふっ、そのことでしたらいずれのことですが、きっと主人は喜んで話してくれるかと思いますよ。あっ、そうそう、今日は百合子様にこちらを……」


 そう言ってジェフがいつものように内ポケットから差し出す。

 もちろん、あの青いシーリングスタンプが貼られている一通の封筒。


「コレは、ウィル様から?」

「えぇ、もちろんでございます」


(うん? いつもより中の紙質が違う気がするような?)


 百合子はジェフから受け取るも、何か違和感があるように思えた。

 まだ外側しか触れていない為、あくまでも感覚というものとしか捉えることが出来ないが百合子には僅かに感じる。

 枚数が分厚いからではないことだけ、わかっているようだ。

 けれど、ウィルからの返事の手紙をくれたことの嬉しさだけはいつになっても変わらない。


「ふふ」

「どうしました? 何かいいことあったのです?」


 ふと、思わず笑みを溢すジェフに対して百合子は気になっている。

 以前からもウィルの行動に少しづつ笑顔を見せている為、何か変化あったのかを。


「実は最近のことですが、主人の笑顔を垣間見ることが少し増えたのです」

「え? それはどういうことでしょうか?」

「昔はもう少し無愛想と言いますかね。表情が殆ど出さなかった上、彼から自発的に笑顔を見せることがあまりなかったもので」

「そう、なんですね……」


 女性との会話や接することが苦手なこともあって、あまり表情を見せないのだと百合子は一方的に思い込んでいた。

 しかし、ジェフから口に出た回答はそれと別にあるものだった。


「まぁ、主人のお仕事は、どうしても我ら国同士の将来に掛かることでもありますから。その分、負担も大きくてのしかかることもあるでしょう」


(あっ……)


 言葉には発しないものの、百合子はここで気がついた。

 ウィルの仕事について詳しいことは分からないながらも、国を背負うぐらい堅い仕事をしていることにようやく理解をし始める。

 彼のいる世界と百合子のいる世界が正反対で、身分も全くかけ離れていることを。


(そりゃそうよね……。私がいる世界とは全く違うし、お国の為の仕事となると尚更背負うものが違う)


 彼女の想像していた堅い仕事の規模とは、程遠いものだ。

 それを感じた百合子は、一瞬にして顔を怖ばせる。

 身分は一般庶民に比べると多少の裕福さはあるかもしれないが、彼の立ち位置を考えると釣り合うのか不安に感じてしまったからだ。


「そんな主人が、百合子様の手紙を読むことや返事の文を考えている時だけ見せているんですよ」

「え……」

「きっと、百合子様には、主人を和らげるような何か不思議な力があるのかもしれませんね」

「……」


 ジェフの言葉を聞いて本当なのかどうか、まだ戸惑いが残る。

 百合子の力には言葉や文字を手紙にして、ウィルの心を僅かでも癒すことが出来ることを。


(私の手紙で……そう仰っていただけるのなら……)


 百合子は、キュッと両手で胸元を当てながらほんの心持ちを取り戻せそうな気がした。

 客達からどんなに褒められたとしても、彼女自身の心の中では本当なのかと疑ってしまうことが多くある。

 その影響であまり自信を持てなくなり、いつも謙遜してばかりだった。


「さて、無事に手紙を渡せましたので。私はここでお暇いたします」

「かしこまりました。今回も、お手紙ありがとうございます」


 ジェフはお茶を飲み干した後、腰を上げて再び東皇都に戻ることに。

 百合子も彼を見送る為に立ち上がって、店の入り口の外を出る。


「百合子様」

「は、はい!」


 ジェフは最後に伝えたいことがあって、彼女の名前を呼ぶ。

 いきなり名前を呼ばれたことに驚いてしまったが、ジェフの紳士な対応に真剣に耳を傾ける。


「主人は貴方様からの手紙を首を長くしながら、快く待っていますよ。だから、素直に自信を持ってくださいませ」


 そう言い残して、馬に乗ったジェフは颯爽と店から駆けて去って行く。

 先日言い残そうとしていた台詞を、ようやくこの日に聞けた。

ジェフの声から響く「自信」という言葉を……。


(自信……かぁ。何も考えてないことはないけど、私の言葉が伝わるのかどうか不安ではあった。でも、私なんかみたいな人が書いた手紙を読んで、ウィル様が少しでも興味を持ってくださったなら嬉しい……)


 仕事終わりにウィルからの手紙を読むことに期待を、ワクワクした胸に膨らみながら店の中へ戻るのであった。

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