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第二十一話 ウィルの些細な幸せ その二

 庭園は館内よりも更に広いが、色んな木々が植えられていた。

 その木々が背景代わりに眺めたりすることで、異国の人でも唯一落ち着ける場所。

 他にも一部は天然の芝生を生やしてある為、地面に直接座ることも出来てゆっくりと休息を取れることも可能だ。


「ん?」

「坊ちゃん、如何いたしました?」


 庭園の中を少し歩いていると、ふと気になる花を見つけ立ち止まった。

 ある花をつけた木を物珍しそうに見つめるウィルは、一歩後ろ側でついてきたジェフに花の種類を尋ねる。


「あの花は何だ?」

「あぁ、桜でございますね」

「サクラ? まさか、あのサクラなのか?」

「左様。小さい頃、植物図鑑で色々と教えましたね。懐かしいものです。当然、母国にはなく瑞穂国にしか見ることが出来ない花木でございます」


 ウィルは、幼少期から絵本代わりに読むぐらい大の図鑑好きだ。

 大人になっても、時間に余裕があれば何度も読み返すこともある。

 図鑑とはいえ沢山の項目があるが特に美術や歴史・鉱物・植物・動物関係を自ら進んで読む。

 日本に現存する植物の絵も、日本へ渡航した人が描いたものしか見たことがない。

 後ろにいるジェフの説明を真剣に聞けるようにと、時折、顔を軽く向けつつ質問などを交わして話す。


「今、この花が咲いているということは……?」

「瑞穂国では「四季」という四つの季節があるということご存知でしょう。毎年、春という暖かくなる季節に花が咲くのです」

「なるほど、それがサクラか……。初めて本物を見たものだ……」


(この美しさ……我が国でも見れたらなぁ。あと、ユリコにもこのことを伝えてみたい。そして、いつか……)


 顔に表情は出さないものの、静かに感動をしている。

 偉大な桜の背景を目にして、ウィルは将来二人で再度この場所へ……と。

 同時に、この想いを自然と百合子へ伝えようとしたいと気持ちにも駆られていた。


「しかし、坊ちゃん。桜のことで言葉を挟んでしまいますが……」

「なんだ?」


 ジェフから告げたいことがあるも少し言いづらそうではある。

 だが、事実として教える為にある悲しいことを突きつけられてしまう。


「花が散り始めてしまうとあっという間ですので、拝見出来るのは今の時期のみ、ということを知った方がよろしいかと思います」

「この時期だけ……。あぁ、そう、なのか……」


(今しかということは、俺が一ヶ月後に横海市へ戻っても、既に散ってしまったなら来年になるまで彼女と見られないんだな……。なんと惜しいものだ)


 いつか百合子と花の観賞を臨みたいとウィルは思案をするが、帰ってきてから再度訪れるその頃には、既に桜が散ってしまった後だ。

 タイミングの悪さにも寂しく感じたまま残念そうに、再度、桜の花を見る。


(それにしても、こんなに儚いものなのになんて美しいのだろう……。今まで、そんな景色を見てもあまり興味はなかったのに……)


 そんな感情を持ちながら、百合子に別の何かの形で伝えたい気持ちがウィルの胸の中で湧いてくる。

 その時、彼の思いつきから妙案が浮かんだのだろう。

 ジェフに、ほんのひとときだけ休息を懇願する。


「なぁ、ジェフ」

「はい」

「……コレを写生したい。その時間が欲しいんだけど、少しだけでも良いか?」


 そう言ってウィルは桜の木の方へ向かい合わせて座り、ハガキぐらいある大きさのカードスケッチと鉛筆を取り出す。

 幼少期から、絵画が好きで絵を描くことも趣味にしている。

 それに加え、帝国内の学生コンクールにも金賞を受賞するぐらい長けている才能と腕の持ち主だ。

 彼の気分転換になれたらと思ったジェフは納得し、憩いの場を設けることにした。


「かしこまりました。時間も余ってますので、この機会に暫しの時間だけ休息と致しましょう。時が来ましたら、またお呼びします」

「あぁ、わかった」


 休息の間、ジェフは遠くから見守るように場所を彼の元から離れる。

 距離的に一人となったウィルは桜の木をあちこちと眺め、手の届きそうな花を真剣に観察しては忠実に紙へその有様を描いていく。

 間近から見る桜の枝木が生き生きと華やかに、そして散る花弁が自然と優雅に舞う風に揺られるようにと。


——ひたすらスケッチをすること数十分。


(良い感じの絵が描けた! 帰った後、コレに色をつけてから手紙としてユリコの元へ届けてやろう。傍らに文も一緒に添えて……。そうすれば、きっと彼女も喜ぶだろう)


 納得のいくデザインに仕上がったことに、ウィルは満足をしている。

 この先のことも想像したこともあり、より嬉々を感じたのだろう。


(おやおや、坊ちゃん。珍しく何か思いついたようですね)


 そんな姿を遠くから見つめ、ふふっと微笑ましく思ったジェフは、そろそろ会議の開始時間を伝えようと主人の元へ戻ろうとしている。


(ん? 肩に花弁……?)


 ウィルは、風で少し煽られ肩に落ちた花弁を一枚見遣る。

 透明に近い薄ら桃の色といった、桜の欠片。

 駆け戻ったジェフも、ウィルの傍まで近づくと……。


「おや? 坊ちゃん」

「ん?」


 ジェフの掛け声から違和感に気づいたウィルは、僅かに振り向いて首を傾げようとする。

 しかし、このままでは地面の芝生に落ちてしまいそうになるので……。


「おっと、そのままで。髪の上にもついていますので、お取りいたしますね」

「あ、あぁ……。ありがとう。あっ、待って! それを、俺の手に……」

「は、はい。どうぞ」


 いつの間にか、髪にも静かに貼りついていた花弁をジェフから受け取り、そっと見つめる。

 二枚の花弁が手のひらで寄り添うように並んでいる様だ。

 まるで、将来二人が一緒になりたいと願うかのように。


(この花弁で、何か上手く利用出来ないかな)


「坊ちゃん?」

「……なぁ、ジェフ。この花弁で何か作れないか?」

「ほぅ。桜の花弁で、ですか?」


 ウィルは、ジェフに拾ってくれた花弁も含め、自分に利用出来ることは何かと尋ねた。

 今までの経験や記憶を頼りに少し考えた末、ジェフが幼き頃、祖父に教えてもらった体験を元に提案をし始める。


「そうですねぇ……。押し花みたいなものでしたら、加工して色々と出来そうな気がしますね。私も小さい頃は田舎に生えていた草花を採集して、図鑑の真似事みたいなことをしましたので」

「ふむ、なるほど」


 その提案をヒントにした上で、ウィルは何か工夫して適用出来るものを頭の中で探している。

 すると今朝の手紙を読んだ影響なのか、アイデアが身体に振り降りてくるかのように閃いた。


「押し花か……。あっ、良い事を思いついた」

「また、何か思いついたものがあるのです?」

「あぁ。この機会だから、ある場所へ訪問してみたい」


 視察も兼ねて以前から気になっていたものがあると、ウィルは言う。

 彼は母国への貿易で、瑞穂国らしい品物を探しているという商人の依頼を受けていたところでもある。


「それは、どちらへと?」

「……という理由で……。ここへ、なんだが」


 耳打ちで、視察したい場所と軽く説明をする。

 しかし、ウィルの行き先を聞いたジェフは驚きを見せつつ疑問をかける。

 特に、主人の行きたい場所が意外な答えだったからだ。


「え? それはどういった理由で?」

「サクラを……、せっかくだからコレを使って作れたら良いなぁと」


 珍しく垣間見る、ウィルの和らげた微笑。

 彼女のことを想いながらちょっとした贈り物を届けたい気持ちが、ウィルの本来持っている温かい心中から湧き出てきたのだろう。

 そんな姿に思わず……。


「ふふっ」

「なっ、なんだよ……! そんなに笑うことかよ……」


 ジェフの軽くニヤけ微笑む顔を見たウィルは、先程までの会話の内容を振り返ってみても後の祭り状態だった。

 我が身に帰ると急に顔が赤面になり、今すぐにも湯気が吹き立ちそうな勢いになって困惑している。


「いえ、坊ちゃんらしい優しさだなぁと思っただけですよ」

「うっ……もう、それ以上言うな。~~……っ! 俺が余計に……恥ずかしくなるから……」


 頬の赤らみが未だ取れないウィルは、ずっとジェフの顔から背けたまま唇を噛み締め、なるべく熱を冷ますのを待つしかなかった。

 仕切り直しが難しくなりそうな感じがして、彼から解放しようとジェフ自ら行動に移すことを決め、早速指示された場所へ向かうことに。


「では早速、私、坊ちゃんが会議を行っている間、その場所へ手配しに向かいます」

「……あぁ、よろしく頼んだ」

「はい!」


 ジェフにとって、内心は嬉しいことだ。

 普段から女性に消極的どころか逃げ回って話そうともしない主人が、こんな優しく触れる姿を見られると一度も期待していなかった。

 いや、期待していないというよりも叶わないだろうと思っていたの方が正しいのだろう。


(フッ……。まぁ、ジェフは案外楽しんでそうだしな。それでいっか……。さて、もう少しスケッチしたら午後の会議に出よう)


 ウィルは引き続き、桜を眺めながらスケッチを再開した。

 これから送り届けようとする、手紙を完成した想像を期待しながら……。

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