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第二十話 ウィルの些細な幸せ その一


 拝啓 ウィル・エドワード様


こちらこそ、返事とお気遣いありがとうございます。

ただ、抱えていた不安がウィル様に聞かれてしまったようで……。

私としては、ちょっぴりお恥ずかしい限りです。

無事に視察のお仕事が終わりましたら、お会いできる日のお知らせを楽しみにしております。

貴方様からご提案がありました文通の件ですね。

私も同じような考えを持っていましたので、是非、一度交わしてみたいです。

学生時代にブレス語などを授業で習いました。

しかし、もっと異国語を使いたい、話してみたいと思っていましたのでこの返事を認めました。

今は代筆のお仕事でも、ほんのたまに使うことがあります。

そのことも含め、ブレス語の原作小説を洋書専門店にて購入し、読みながら勉強をしている最中なのです。

私、元々本を読むことは好きなので、毎日時間があれば色んな物語を追って目を通しています。


(ふむ。そうかぁ、ユリコは読書が趣味なのか……。なるほど、いいねぇ)



 ——東皇都、某異国専用控室内。


 横海市を出発してから五日経った今日。

 ウィルは、先日ジェフからもらった百合子の手紙を早速読んでいた。

 当然のごとく字の美しさにも見惚れ、ゆっくり且つスラスラと彼女から伝えたい内容を読み取っている。


(それにしても……あの時は大人しそうに見えたが、裏では随分勉強に熱心なんだな。その上、色んな物事に好奇心もありそうだ)


 百合子が書く手紙の文章にウィルは少しづつ緊張がほぐれていく。

 顔が柔らかくなって、他人には隠していた笑みを時折見せていることもある。

 しかし、そんな楽しく微笑ましい時間もあっという間のことだ。

 手紙の内容から、百合子の普段の生活や性格などを読み取っている最中に……。


「坊ちゃん」


 ジェフは部屋の引き戸外から、呼び出しを掛けた。


「なんだ? 迎賓館へ行く準備は既に……」

「もう、そろそろご挨拶の時間ですので」


(あぁ、こんな時間なのか……)


 ウィルは、片手間に持っていた懐中時計の蓋を開き時間を確かめた。

 何故なら、この日は重要な任務を行わないといけない特別な日である。

 その為、ウィルの服はいつも着ている簡易的なものとは打って変わり、モーニングコートといった正装姿。

 脱いでいた後ハンガーに掛けてあったジャケットを取って着直し、手袋など身嗜みを整えてながらジェフに応答する。


「……わかった。すぐに行く」


 読みかけの手紙を名残惜しそうにするも時間が迫っている為、丁寧に封筒へ入れ戻す。

 また後で会おうと封筒にそっと心の中で語り囁くよう口にし、彼のジャケットにある内ポケットにしまい込んだ。

 大事そうに取り扱う百合子からの手紙は、まるで彼を日頃を守ってくれる御守りのようなものだった。

 だが、現実に戻ったことに対して渋々と苦く残念そうな顔をするも、これから会うある人物にそんな顔を見せられない。


(はぁ、最後まで手紙をまだ読み切ってないのに……。仕方ない、なるべく早めに用を済ませる為には、さっさと役目を終わらせることに集中しないと)


 その感情を、心の中で制御しながら我慢するのみ。

 ウィルは気持ちを切り替え、いつもの表情で部屋を出て挨拶へ向かう。



 ——東皇都、皇居専用迎賓館内。


 以前は皇居内の正殿で行っていたが、異国の人々と話し合う機会が多くなった為、最近出来たばかりの館で行うこととなった。

 この部屋は洋室に施され、中には他国から来た領事や外交官が数名いる。

 しばらくすると、正面とは別にある部屋の横の出入り口から上の席に時の帝が現れ、丁寧に一人ずつ挨拶を捧げている。


「ウィル殿、今回もよく来てくれた。引き続き、この我が国と貴国との交流の発展と手助けに期待しているぞ」

「はっ! 有り難く存じます。こちらこそ、今回も暫くの間でございますが、我が国との交易など政への助言はこのウィルにお任せくださいませ」

「うむ、よろしく頼んだぞ」


 他国の外交官と同じようウィルも帝に呼ばれ、自身の胸に手を添えてお辞儀を行い、挨拶の言葉を交わした。

 他の誰よりも笑顔は一切ない冷徹そのものだが、お互いが対等を求める政のことになると人より強気に且つ、真っ向に真剣な眼差しで応対する。

 緊迫で張り詰めた空間の中、帝はウィルを含めたブリストリアル帝国との絆の強固と希望を期待して微笑んでいる。


 ——数十分後……。


(ひとまず、天子様へのご挨拶は済ませたな……)


 ふぅ……っとひと息つき、ウィルは長い廊下を歩きながら次の仕事の準備を考えている。

 冷徹で物事に動じないウィルですら、王となる人であれば流石に緊張したのだろう。


(俺の故郷でも挨拶の儀はあったけれど、せいぜい年に一度程度だ……。瑞穂国といったら更に多い。とはいえ、どこぞの王様へ挨拶とか普段慣れないことをすると気疲れするなぁ)


 瑞穂国の帝への挨拶は、一年に数回行う決まりが異国の人にも与えられている。

 特に季節の節目に当たる月は、瑞穂国を発展させる為の主要政治改革に伴って会談も行う故、必ず訪れなければいけない。

 この日は、年度代わりとなる時期で訪問したのである。


(一刻も早く、彼女の手紙を読んで返事も書きたい……。だが、公務中の合間に書ける時間が取れるかどうか……)


 普段よりも更に堅い仕事を無事にこなすも、眉間に皺を寄せるウィルは少し疲れを見せていた。

 ジェフだけには、弱い所を見せまいとなるべく隠しているのだが……。


「あの、坊ちゃん」

「ん?」

「少し、お疲れでしょう?」


 ジェフは主人の陰に潜む心身的な状態を察した。

 見通しの鋭い執事には、すぐにバレてしまう。

 長年の付き添いをしていると、主人の身に起こる少しの異変に気づいてしまうこともしばしばだ。


「フッ……、やっぱジェフにはすぐわかってしまうか……」

「えぇ、そりゃそうですとも。私の目は誤魔化せませんよ」


 気づかれてしまったからには、苦笑いをするしかないウィル。

 そんな彼を優しく手を差し伸べるように、ジェフは気分を変えることを提案を促している。


「そこでなのですが、ひとまず、外の風に当たってみませんか?」

「は? 外へ? 今から出るのか?」


 次に行われる会議は、昼食を取った後の午後から行われる。

 それまでの空き時間、資料など目を通しながら把握するなど事前準備を行おうとするのがウィルの会議前のルーティンである。

 だが、今の心身では次の会議に支障が出て来そうで無理があるのだろう。


「えぇ、外へです。いつも中で籠っていることが多かったですし、気分転換になるかと」

「そうは言っても、俺、この後のことを……」

「せっかくこちらへ来たのですから。完成したばかりのこの館には、緑豊かで広く美しい庭園がございますよ」

「庭園?」


(あぁ、他国でもなかなか見ない美しさだと噂していた迎賓館内の庭園観賞かぁ……。普段なら何も見ずにすぐ会議へ向かったりしていたけど、それも悪くないかもな)


「そうだな。外へ行くとするか」

「はい、私もご一緒に参ります」


 ジェフの提案に乗ったウィルは外の庭園へ行くことが決まり、部屋にある縁側から出ることにしたのである。

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