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第十九話 異国男性からの初手紙

 ——手紙をもらった日の夜、百合子の部屋。


 百合子は自分の部屋にある学習机の椅子に座って、凝視するかのように一点に集中して見つめている。

 それもそのはず、ジェフから預かりもらったウィルの手紙を手にしたからだ。

 店に戻った後の時は、手紙を手にしてもまるで夢を見ているようなポーッとふんわりとした感覚だったのに、自分の部屋に戻った途端のこと。

 そんな彼女にも現実を目の当たりにすると意識し始め、だんだん実感が出てきたのだろう。


(こっ、これが……、初めていただいた異国の方からの手紙。一体、中身はどんなことを書いているのかしら……? はぁぁ……、普通に手紙を読むだけなのに……なぜか開けるだけでこんなにもすごく緊張する……)


 初めて異国の人からくれた手紙に何を書かれているのか、胸の鼓動と共にゴクリと息ごと唾を飲み込む。

 まだ心の準備が整わず緊張が解かれていない状態のせいで、手の震えが未だ止まらない。


(彼の文章、間違いなくブレス語で書かれているのは確定なのでしょう。けど、翻訳しながらブレス語を上手く読めるか分からない。どちらにしても、まずは封を開けないと)


 ひとまず、落ち着かせる為に三回ほど深呼吸を行う。

 意を決してシーリングスタンプを外し、手紙の封を開けて中身を見る。

 彼の返事は百合子の予想通り、ブレス語で書かれた文章だった。


拝啓 ユリコ様


初めての手紙のことで戸惑いがある中、送ってくれたことを心より感謝する。

私の名は、ウィル・エドワード。

私自身が持つ性格のせいで、このような我儘な方法にお許しをいただけたらありがたい。

さて、君が気にしているであろう大切な品のことだが、私も今すぐ君の元へ返してあげたいのは山々である。

しかし、職務上、暫しの間だけ別の地方へ視察を行わないといけないことになった。

無礼を承知だが、もう少し待ってくれると助かる。

そこで、私から一つ提案があるので聞いて欲しい。

今は自身ことで直接的な対面が出来ないが、君のことをもう少し知ることが出来たらと思っている。

無理にとは言わないが、試しとして視察の間だけでもいい。

手始めに文通をしてみても構わないだろうか?

まずは、手紙を通して話をしてみたい。君の返事、待っている。


ウィル・エドワード



 彼が書くブレス語の文字は、多少癖字が出ているが幸い読みやすいものだった。

 普段から見ている仕事で依頼された崩し文字に比べると、かなりスラッと目を通しやすい。

 そのお陰か、百合子の頭の中で文章を翻訳しながら内容を理解することが出来た。


(ジェフ様の言う通り、櫛を返していただけるのは随分先の話だね。前もって聞いていたことだから、まだショックは軽く済んだけど。それにしても、ウィル様の文は……ふふっ、なんというか、軍人さんみたいでちょっとお堅い感じなのかな)


 最初から文を読み始めていくうちに、段々、彼の文章の堅さにクスッと百合子の苦笑いが漏れてしまう。

 しかし、後半に出てくる「ある言葉」を目にすると、トクッと軽い心の音と揺らぎが現れ出した。


(あっ、文通って書かれ……。へ? えっ、私、と……? あら、そこまで考えもすらしなかったからなぁ……。って思って、え?)


 読み通していくうち、段々真顔の表情になってきた百合子はウィルからの予想外な発案に驚きを隠せなかった。

 最初は呑気に考えていたのに、もう一度、間違いないのか読み返す。

 まして、異国の人と軽々しく文通のお誘いなんかを応じても大丈夫なのかと戸惑ってしまっている。


(ふえぇ~、どうしよ~う! ぶ、ぶ、ぶぶぶ、文通だ、なんて……。私、櫛を返してもらうまで大人しく待ちますのに……)


 異国の人とのやり取りもだが、それ以前に異性との手紙の送り合いも初めてのこと。

 しかも、女学校出身である故に文通を交わす相手は、当然同級生の女性としか経験がない。


(うーん、せっかくウィル様が提案していただいたのだから、まずはこの件をキチンとお返しした方が良さそうね)


 ウィルから送られた文通の誘いに対する返事をするのも含めながら、彼女は真面目に文を考えてみようと試みる。

 今後訪れるであろう初対面までの間、どんなことを話したらいいのかを。


(よく考えてみたら、私もウィル様が女性が苦手なこと以外、何も知らないしどんな生活をしているのかな。色々と話してみたい気持ちはあるけど……。そもそも、それを聞いてみてもいいのかどうかも分からないし……)


 普段の生活や仕事などとたわいのない話かもしれないが、百合子には異国の人々の暮らしなど興味はあるようだ。

 だが、彼女が今も読んでいる小説は、あくまでもフィクションであるのはともかく魔法などを使う幻想的なものが多い。

 つまり、異国の人々が普段過ごす日常を知ることが出来る本があれば、彼等の生活を想像しやすいだろうと考えている。

 他にも瑞穂国とは違った表現の仕方や言葉を、もっと知りたくなる貪欲さが次第に膨らんでいく。


(それに文通を重ねていったら、いつか他の方ともブレス語での会話する機会を得られる! きっと、これが私に与えられたチャンスよ!)


 この時、いい機会が廻って掴んだと確信し、験担ぎとして前回と同じ便箋と封筒を文箱から取り出す。

 そう思っていると、前向きに感じながら少しノリのある鼻歌混じりに奏でたくなるのが、百合子の調子が乗った時の仕草だ。

 百合子はこの誘いに対して積極的な考えを持ちつつ、彼の返事に快諾の回答とした手紙を書き始めるのである。

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