目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第十七話 百合子の切なる気持ち


 --その頃の百合子の自室内。


(あぁ……、とうとう手紙を渡しちゃったけど、上手く伝わったのかしら……?)


 本棚から取り出し、ブレス語で書かれた小説をベッドの上に座って読みながら百合子は独り言のように考え事をしている。

 なけなしのお金からコツコツと貯めて購入した、幻想的な恋愛物語を書いた小説。

 表紙は、しっかりとした立派な赤い表装に金色の文字で題名が箔で押されている。

 洋書本の価格も彼女の給料では到底賄えない品であり、今でも新しい小説を読む為に毎月の給料からコツコツと貯金をしている。

 反対の仁和語で書かれた小説も読むが、養父母から譲ってくれた本が多い。

 その本を全て読み終わってもまだ物足りない時、貸本屋へ数冊借りて読み切ったあとは返却して新しいものを求めての繰り返し。


(仁和語の小説も好きだけど、もっと色んな世界を知りたい。異国の本を雑貨屋さんで見た時は、表紙が凄くオシャレだったなぁ)


 百合子は、決してブレス語の小説を読むことを諦めなかった。

 女学校で学んだブレス語の言葉を、仕事面も含めて大人になっても外国語の文章に馴染めるよう、手始めに小説を買ったのがきっかけだ。

 初めて読む際は、慣れない言語の読み取りと仁和語への翻訳しながら解釈をするのに、時間が掛かって苦労をしている。

 次第に慣れ始めると、西洋から伝わる食べ物や洋服などの異文化に興味を持ち出すようになった。

 それだけに留まらず、今度は……。


(あぁ……、この場面を読むと胸の鼓動が……)


 ちょうど読んでいる部分には、主人公が王子様と逢瀬をしているシーン。

 その場面では二人がつむまじく見つめ合い、あと少しで……という、いいところでお別れの時の描写が書かれている。

 百合子にとって、西洋の恋愛に瑞穂国とは異なる感覚の感情が新鮮と感じたようだ。


(なんだろう、この気持ち……)


 物語の妄想世界へ入り込みたい欲から、少しでも読書を没頭しようとする。

 が、現実世界に起こった不安が募ると横から遮られ、なかなか気持ちが落ち着かない。

 ウィルへの手紙のことに対し、どうしても心配を隠せていないのが彼女の本音。


(きっと、あの手紙の内容を読んで絶対つまらない人だと思われてるだろうなぁ……。でも仕方ないもん! 元はいえ、話題がそれしか思い浮かばないんだから……)


 心の中の百合子は、手紙のことでモヤモヤ感が晴れない。

 せっかく楽しみに買った小説を読んでも膨れっ面になり、ベッドの上で体勢を変える。

 今度はうつ伏せに寝そべり、右往左往と身体の全身を転がさないと落ち着かない。

 彼からの返事が一ヶ月以上掛かるのかと思うと日が経つにつれて待ち焦がれ、段々気が気でなくなるのだろう。

 不安が募る中、百合子は、あることに疑問を感じた。


(そういえば、ウィル様の仕事ってジェフ様から全く聞いていないけど、何の仕事している方なのかしら? やはりお堅い方なのかなぁ?)


 百合子は、彼の姿や職業のことについて手紙を書いた日に浮かんだことを、もう一度おさらいしながら予想をしてみる。

 国内で出回っている浮世絵の描かれた異国の人物画みたいな人ではないと解ってはいるものの、イメージが全く想像つかない。


(確かジェフ様が仰ってた、視察へ行かれるということはきっとお偉い方なのは間違いない。だからお忙しい方なんだと思うけど……)


 百合子は、何かピンッと閃きが出たのか更なる仮定を立て始めた。

 異国から瑞穂国へ来る人の条件が、今の時代だとまだ限られていると気づき、もっと深掘りをしてみることを試している。


(まずは、そもそも異国の人って、大抵の人が瑞穂国に来航する目的があるとしたら……。あっ、私が女学校の時と同じような学校の先生……と言っても、視察する職業だから違う……いや、そうでもないのかなぁ? もしくは政府関係の要人とか……。あとは貿易関係だと商人さんなんてことも有り得るわねぇ)


 その推測を元にウィルの顔や服装など、あの日に起きた出来事から頭の中で映像にして浮かび直す。

 第一に印象として映り出したのが、背が高かったこと。

 少なくとも、百合子と比べてもかなり差がある。

 他に思い出せるのは、服装が黒か灰色であったことぐらいだ。


(ぶつかった時は、櫛が腕か肘ぐらいに当たったような……? 確か、振り返って謝った時は黒……いや濃い灰色だったかなぁ……? 髪の毛は白っぽい金色のはずだし、うっすらと顔も見えたような気もしたんだけど……。なのに記憶が薄いし、思い出せないのが名残り惜しい)


「まぁ、まずは、あの読んでいたお伽話みたいにカッコいい王子様姿だ、カッコいい! キャー! ……なんてことは、流石にないよねぇ」


 どんな顔だったかを思い出そうとしても、結局は曖昧な映り方のままで霞んでしまう。

 けれど、あまり期待もせずと開き直り、ここでキッパリと無理矢理終わらせることにした。


(とにかく、あの手紙から少しでも早く進展があればいいなぁ……)


 ウィルからの来る返事を淡い期待に、百合子は根気よく待っているのである。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?