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第十一話 外交官 ウィル・エドワード

  --一方、とある洋装屋敷内の一室。


 主人の書斎室の前には、昼間に百合子の元へ現れたジェフがすっかり暗くなった夜刻に戻ってきた。


(百合子様への伝達は無事に出来た。あとはウィル様に報告と。次の段取りに入るまで先は少しありますが、待つのみですな……)


 コンコンコンッ!


「……はい」

「ジェフでございます。今、入ってもよろしいでしょうか?」

「あぁ、いいぞ」

「失礼します。ただいま戻りました」


 ジェフは、仕えている主人の部屋にノックして入り帰宅の言葉を交わす。

 主人も声に気づき、淡々と返事を返す。


「今日の使い、ご苦労だったな」

「はい、今日も課せられた任務は全て終えました」


 部屋に入ると、一人の青年が後ろ姿で立っている……。

モカよりの金色をしたウルフ髪、狐みたいな少し切れ目の青い瞳、細マッチョとスラっとした佇まいの体格が特徴だ。

 仕事柄上、冷徹で重みもあるが、淡々と言葉を発したクールな口調が普段の話し方。

 異国の女性から見ると、キャーッと黄色い声が今にも聞こえてきそうな人気ぶりの容姿には、男性なら誰もが羨むだろう。

 だが、瑞穂国内では少し恐れられているらしい。

 なぜなら、国民に向ける顔から笑っているところを全く見せないという噂があるのだとか。


 --そんな彼の名は、ウィル・エドワード。


 年齢は二十五歳、エドワード家の次男。

 彼の故郷であるブリストリアル帝国内に住んでいる家族には、両親と兄弟がいる。

 対瑞穂国の外交官を担当し、彼が中心となって貿易の交渉や瑞穂国内の視察・調査などを取り仕切っている。

 そう、彼こそが百合子に手紙を送るよう命じた張本人だ。


(瑞穂国か……。よく「黄金の国」と夢のあるような地名を講義や書籍でしか知ることのない。海を渡って初めて訪れる国に、どんな景色が俺の目に映るのだろう?)


 成人した二十歳から国交関係に従事し、二十二歳の時に外交大臣の命によって初めて抜擢され瑞穂国へ来航する。

 同時に異国での慣れない生活をカバーする為に、エドワード家代々が務める執事家系・マグナー家のジェフが同行することとなった。

 ジェフは若き頃に瑞穂国への渡航経験者である故、主人と共に外交省の許可を得ている。

 ウィルの初めての着任は、現在も滞在している横海市内のブリストリアル領事館。

 他にも、神倉市など貿易の目的で交流しやすい二箇所の地方で同じ領事館があり、たまに出向くこともある。

 時の横海市の長が政の中身を一新したいという要望をきっかけに、改革の指南役として議員や市の役人達にアドバイスを与えていた。

 指導を行ったの結果、この横海市は西洋文化や建築に染まりつつある。

 しかし、ウィルは瑞穂国全体の文化や横海市の特産品など良いところも利用したいと思い、それを残しながら政の活性化にテコを入れている。

 言い換えると、街の一部は彼のお陰で横海市が発展していると言っても過言ではない。


(ここに住んでいる市民の協力が一番ありがたいものだ。この街が助言通りに良い方向へ少しづつ整備すれば、将来もっと明るく幸せな街になれると、俺は信じている)


 今も市長の信頼を得られ、役員達はウィルを必要として色んな問題に対し、相談を乗りにいく姿も絶えない。

 また、彼自身もこの土地を慣れ親しみ、進化を遂げていくにつれてとても気に入っている。


 そんな若手のエリート外交官に、解決が最も厳しくずっと悩み抱えている弱点がある……。


「それで? 彼女の様子はどうだった? 俺が頼んだ用件はうまくいったか?」

「その件でしたら、無事にお伝えしました」

「問題なく……か?」


 ウィルは再度、ジェフに真偽を問う。

 どんなに信頼のおける執事でも誤魔化しは効かない程、疑い深い。


「えぇ、もちろんです。最初は少し戸惑っていらっしゃいましたが、ひとまず坊ちゃんのご要望には応えるよう努めますと、仰ってました」

「じゃあ、俺が立てた予定の通りだと捉えていいんだな?」

「左様でございます。なので、このまま順当に進めば、坊ちゃんが提案した約束である日程通り、三日後ぐらいには手紙が届くと思います」


 ジェフも、なるべく簡潔に今日の出来事について報連相で伝達を伝える。


「ふむ」

「それまでは、暫しお待ちを」

「そっか……、それなら安心だ」


(あとは、手紙が来るのを待つのみ……だな。ここまでは、ジェフの上手い口上のお陰で計画通りに進めたし、彼女から手紙が届くのが楽しみだ)


 顔には表情を表さないが、作戦の一つ目が成功したことをワクワクと心の中で素直に喜んでいるようだ。

 それに対してジェフは、主人のその喜びに少しだけホッと一息を入れようとするも束の間。


「では、私は……」

「だが」

「え? 何でしょうか? 他に何かあります?」


 先程で全て納得して話がまとめ終えたと思い、ジェフは退出しようと発言し始めたはず。

 なのに何故か、まだ主人から出る言葉に続きがあるようだ。

 部屋から出るのを止められたジェフの首を傾げる姿に、ウィルは彼の方へ振り向かって……。


「毎回思うのだが、その坊ちゃんという言い方はどうにかならんか?」

「……はい?」

「いや。はい? じゃなくてさぁ……。せめて俺のことを、名前で呼んで欲しいんだが……」

「えぇ~……、今更ですか? そうおっしゃられていても……」


 少し拗ねた顔で、坊ちゃん呼びを止めるように注意をするウィル。

 しかし、ジェフも負けじと彼に対抗するかのように得意な方法で反論しようと試みる。


「ほら、俺は既に大人なんだから、いつまでもそんな子供扱いの呼び方はやめてくれ」

「何故です? 子供扱いのことでしたら、見た目の問題ではなく中身のことですぞ? 私から見たら坊ちゃんは坊ちゃんですし。いつまでも子供ですよ?」

「子供って……、俺はもう既に二十五だぞ⁉︎ 充分、子供の年齢じゃ……」

「それなら」


 ゴホンッとわざと咳を鳴らし、更に威圧を加えて反撃を開始。

 この動作にウィルは、嫌な予感を感じ取った。


「ジェ……ジェフ?」

「今回の件こそ私に頼らずして、直接、彼女に会えば良いことなのではございませんか?」

「うっ……!」

「彼女の身分の証す為の探偵ごっこは仕方ないとしても、自力でそちらへ会うことぐらいは出来ますよね? ねぇ、坊ちゃん?」

「ぐっ……!」


 ジェフの顔はとびっきりのニコニコとした作り笑顔で愛想を振る舞っているが、正真正銘、心から笑っていない。

 恐ろしいオーラから出る無言の圧力で、主人の精神を心理戦で追い詰めている。

 これ以上の口撃の勢いに押され、ウィルの精神力が零どころか氷点下に成り下がりかねないことに。


(こういう時だけ、上手いこと利用しやがって……)


「さぁ、どうなのです?」

「……何を言う、それとこれは別だ」


 ウィルは溜息をつきながらここで会話を一旦止め、少しツンとした顔でジェフに逸らし文句を伝う。

 けれど、上回るようなレベルの言葉で言い返すことが安易に出来なってしまった。


「そもそも、俺が女性と接するのが苦手なのを知っている上だろ?」

「もちろんでございますよ。とはいえ、立派な大人だと言い張るのでしたら、そろそろ克服を……」

「そっ、それはわかっている」

「だが、その……克服をするには俺なりの順序というのがあるんだよ!」


 苦手を直したいと思っていても、なかなか行動に移せないウィル。

 動揺はまだ収まらず、溜息つきながら最後に言い訳を吐いた。

 ジェフの言う通り、最大の弱点の正体は「女性に話しかけられるたり相手にするのが苦手」だということである。

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