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第六話 代筆屋看板娘・百合子 其の二

「ねぇ、そういえばだけど……」

「はい、なんでしょう?」


 藤乃が突然、前置きをして違う話をし始めようとする。


「百合子さんって、お年はいくつで?」

「私ですか? 今年の誕生日を迎えまして、十八になりました」

「……てことは……。あぁもう、そろそろアレも考えている時期、だよね? いや、考えないといけないの方が正しいのかな」

「そろそろ? アレ? と言いますと?」


 藤乃のいう「そろそろ」などと、意味深のありそうなわからない単語に、百合子は疑問に思う。

 彼女の天真爛漫さに呆れて、藤乃は彼女が近々考えているであろう、あの年頃の時期のことについて力説を始める。


「えぇ〜、なぁ〜にを言っているのよ! そろそろ考えると言ったら、アレよ! !」

「えーと、アレ、とは……?」

「もう、まだ分からないの? アレと言ったら、もちろん、結婚のことよ! ! ちなみに、まだ、ご結婚されてないよね?」

「ふぇっ!」


 藤乃からいきなり、どストレートに結婚のことを聞かれ、百合子は吹き出しそうになる。

 ひとまず、偽りなく独身であると答えるものの、苦笑いするばかり。

 つまり、藤乃の言いたいことは、百合子の結婚相手やお見合いのことを指すのだった。


「えぇ、まぁ……。まだ、していませんが……」

「だったら……この際、ウチの息子とお見合い、どうかしら?」

「へ? お見合い、ですか」

「えぇ、よ。ねぇ、どう?」

「……」


 大事な内容のことは、二度言う藤乃。

 百合子は、それ以上に藤乃からの提案のお誘いと、かなり上回る思考を聞いて固まってしまった。

 ニコニコする藤乃の笑顔に対し、百合子はタジタジした困惑顔。

 藤乃には、まだ結婚していない独身の息子が一人いる。

 けれど、彼女にとって、藤乃たちの家族との裕福の差が違いすぎる為、お見合いなどまずは有り得ないと思っていたからだ。

 藤乃が嫁いでいる和菓子屋は、所謂、由緒正しく継いできた、何百年と続く先祖代々からの老舗。

 そして、彼女の子供には、男二人、女三人といるが、彼女が勧めているのは一番上の長男の方だ。

 他の弟妹は既に籍を入れていたり、婚約済みまでと、すんなり至っている。


「えっ、えーと……?」

「残りは、ゆくゆくは家長になる長男のみだけど、もちろん、ウチの息子なら手に職あるし。仕事面は、他の職人よりもちゃんとしてくれるし、将来のあるだし……云々」

「あ、あ、あのう……、一旦、落ちつき……」

「まだまだあるわよ! 他にも」


 マシンガンのように、話をどんどんまくし立てる藤乃に困惑する一方の百合子。

 藤乃が、息子のことを話し出したらキリがないぐらい、止めようにも止められない。

 寧ろ、無碍むげに止めることが出来ないと言った方が、正しいのだろう。


「だからね! 百合子さんに会わせたら、息子もきっと興味あって、私生活にもシャキッしてくれると思うから!」

「いや、そう仰られても……。私には、そんな自信がないですし……」

「いやいや、私もついているから〜。ね? しきたりとか、ややこしいことなんて今は深く考えなくても大丈夫よ!」


(そうじゃなくて、私は人より地味だし、私と会っても、息子さんがそんな気にならないかと)


 百合子はどう答えたら良いのか分からず、藤乃の世間話と同時に、グイグイと彼女の自慢の息子とのお見合いを勧められる。

 藤乃の息子は百合子よりも八歳年上で、たまたまお使いで出掛けていた藤乃と一緒に連れて、彼を見かけたことは一度ある。

 彼の外見上では、歌舞伎役者のようにシュッとしたモテ顔と程良い筋肉質のある体型で、周りの一般的な女性から見ると、イケメンの部類に入るのだろう。

 彼の姿を見たくて、お菓子を買いに行く女性も少なくない。

 しかし、当の百合子にとっては、少し苦手なタイプであった。

 というのも、和菓子屋のお坊ちゃんという身分からなのか、職人としての仕事振りは至って真面目。

 だが、裏を返すと仕事以外では真面目っぷりの反動からか、私生活では真逆の性格で派手にはっちゃけるぐらい遊び人の顔も持っている。

 週一のペースで遊郭に通っては大金を使い、女性関係だとだらしないという噂を耳にするぐらい聞いている。

 けれど、家自体もお金はあるため、彼に対して無碍に逆らうことも出来ない。

 藤乃はそんな大人になった息子でも、家を跡継ぎとなる長男という理由で、一番可愛がっているあまりに勢いのある推しにどんどん話を進めようとしてくる。

 百合子が困っている中、奥から中年を過ぎた男性が、ひょっこりと現れる。


「すみませんねぇ、藤乃様。色々話を盗むような聞き方ですが、この子は、今、結婚適齢期とはいえ、まだ考えてはございませんので」

「えぇ〜、でも、せっかくだからさぁ〜。ねぇ、百合子さん!」

「え、あ……、うーん……」


(私に、そんな答えを求められても〜!)


 店奥から出てきたのは、「白鳥」の店主である、百合子の養父で且つ叔父にあたる、伏原 しげるだ。

 裏まで二人の会話、特に藤乃の大きな声が聞こえてきたので、やんわりと藤乃をとがめる。

 彼女たちの会話を聞きながら藤乃の賛同を求められ、焦っていた百合子が、返答に困っているのを聞き兼ね、彼が止める幕に出る以外、他がなかったからだ。

 未だ百合子に、より強い推しに迫っている藤乃は、茂の登場にもお構いなし。

 オマケに百合子の回答には、どういう発言をすれば一番和やかに収束がつくのか、パッと言葉として出ないので、彼女は答えにくいのだろう。


「いや、将来のことを心配する気持ちはありがたいですが……本人の意思次第というのが、他の人からのお見合いを勧められても……と、私たちの考えで伝えてます。それに、今ここでやられちゃあ、他の仕事が滞りますのと、他のお客様にご迷惑かけてしまいますので、今日は申し訳ないけど、一旦、この辺で、ご勘弁くださいませ」

「あら、そう……? じゃあ、百合子さん! もし今度、息子と会う気になって、お見合いをしたくなったら、私に連絡言ってちょうだい! すぐに決めておくから! それまでに、是非、考えてね」

「は、はぁ……」


(やっと、止まった……)


 百合子の代わりに、茂は彼女本人もとい、伏原家の意思や、店の現状も含めて咎めつつなんとか収束した。

 しかし、この時代の風潮では、まだ昔のやり方で行う考えの人が多く、女性が十五以上を迎えると結婚相手を考える時期でもある。

 知り合い同士の家から釣書を持ってきて場所を設けたり、見合い専用の斡旋所など利用することもあるという。

 残念そうにしている藤乃だが、右目で目を閉じ、密かにウィンクで百合子へ提案を受け入れてと、ちゃっかり合図をする。


(いやぁ〜、そこは、私に同意を押し付けないで〜)


 百合子は、心の中からそう思うばかりで、他の家のお嬢さんとお見合いをすることを願っている。

 だが、いつか、自分の最後の独身息子との見合いを行い、百合子が結婚を出来る夢と希望を持つことは変わらない気持ちを持っている藤乃。

 結局、変な期待感のあるオーラに漂わされていたまま、ここで接客は終わるのである。

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