--友梨が転生し、生まれてきてから約十八年後の世界。
時は、帝の代が変わって、明夜時代に入り、まだ、二十年も経たないぐらい間もない頃。
西には大きな大陸があり、周りが海に囲まれた島国の一つ、
異国では、又の名として「ジパーネ国」と呼ばれている。
首都は、
その背景には、遥か遠くにある西の異国同士が同盟を結んだ連合による、貿易交渉から始まる。
開国を迫るまで、多くの異国から交渉の圧力を受けつつも、瑞穂国は時代が変わる直前まで長く鎖国をし続けていた。
しかし、とある国の来航により、彼らの巧みな交渉と、呆気ない最先端の武力の構えに迫られ、勝ち目がないと感じた瑞穂国。
国を守る選択肢として、戦争を避ける為に、仕方なく、開国をすることに同意した。
瑞穂国の開国に対して、当然、国内には、反対派がいるのも然り。
彼らも、最後まで籠城をするなど、抵抗を続けていた。
開国派の地域は、異国からの莫大な資金や軍備の援助の受け取りによって、旧式の武器を所持する反対派を呆気なく鎮静し、長い内争を終結させた現在……。
その島国の中、とりわけ、外交に最も力を入れている国際的な都市がある。
その地域の名は、
異国情緒に溢れ、近年は洋式建築や文化を取り入れたり、瑞穂国では見られない、外国の珍しい品々を輸入するようになった。
また、瑞穂国からの品々も異国の人々に人気があり、お土産に持ち帰ったりなど、輸出も盛んに行われる。
地方の政に対し、国からのお達しによって改革に伴い、西洋が取り仕切っている制度や他国への防衛体制に見習って、自国の富強を目指すようになりつつ、変化も表れて始めた。
他にも、学業も同様に外国語を扱った授業を取り入れる大学の建設をはじめ、裕福な子供たちが学べる初等学校から女学校なども、次々と出来ている。
横海市の中心地にある商業施設エリアに、地方のモデルとして公共施設の部類にあたる、郵便局や銀行が立ち並んでいる。
そのエリアの中に、一軒の広々とした平屋の敷地内に、ある変わったお店が存在する。
とある女性の住む家から歩いて十五分ぐらいの距離の位置にある。
--お店の名は、代筆屋『白鳥』と、看板を掲げている。
所謂、名前の通り、字が書けないもしくは字を書くのが苦手だからという理由など、諸事情による客から、字の芸が達者な従業員に代筆を依頼する仕事のことである。
この時代の識字率、すなわち子供から大人まで、文字の読み書きを出来る人の割合は、まだ三割満たすかどうかだった。
学校制度もまだ出来たばかりで、気軽に通える子供も少ない。
文字が書ける身分となると、元上流武士だった家系をはじめ、貴族や華族、一般市民でも医者や商人などのお金持ちの家柄しか通わせてくれない。
他の一般市民には寺子屋が一部残るも、裕福な人のように自由に学校へは行けず、家のお手伝いを優先する一方だった。
そんな環境の中で「白鳥」の店内に、唯一、字が達筆な女性がここに勤めている。
「
「えぇ、確認するから、見せてちょうだい」
女性客を接客をしている従業員の女性の名は、
彼女の容姿は華奢な身体つきだが、漆黒の長髪をハーフアップした結び目に簡素なかんざしを挿しているのが、彼女のトレードマーク。
仕事着として、彼女は着物と袴を合わせたモダンな柄の姿、たまに小紋の着物を着ることもある。
伏原家の養女だが一家の長女として、幼少期から恥のないよう、書道をはじめ、華道など色んな稽古を習っていた。
また、独り立ちをしても困らないようにと、万が一の備えに養父の勧めで女学校で勉学を学び、将来の番頭や人に役に立てる人にもなれるよう、異国の言葉を含め、情勢や文化の知識も身につけていた。
そして、「白鳥」の人気看板娘として勤務し、現在、三年目になる。
「うん、これで大丈夫よ!」
「ご確認、ありがとうございます」
「あぁ〜……! やっぱり、百合子さんの字は、いつも綺麗で素晴らしいわ。もう、我が家で経営している和菓子屋の看板娘として雇いたいぐらいだわ!」
「いえ、そんな……、いつも恐縮です」
「なによ、謙遜しちゃって。ほら、毎回、お世辞で言ってないんだし、本心から出た感想なんだから、自信を持って!」
百合子は謙遜をしつつ、苦笑いをしていた。
藤乃という名の、月に二、三度は必ず注文をしている淑女の常連客が、今日も彼女の字にベタ褒め。
彼女は、和菓子屋の番頭の奥方であり、従業員への目録や、客へ感謝の手紙を送る為に代筆を頼んでいる。
今日は、その納品日で受け取りに来店。
キッカケは、藤乃が初めて百合子へ手紙の代筆を注文した一年前のある日のこと。
「えぇ……? 嘘でしょ……!」
「え? あっ、あの、申し訳ございません! お客様に何か不都合なこととか、ありま……」
「あ、いえ、違うのよ! ごめんなさいね。貴方の字があまりにも上手すぎて……」
「あ、ありがとう、ございます」
彼女の字の綺麗さに感動して、藤乃は涙を流していた。
どうやら、いつも店の従業員に書かせているのだが、特段に、字が達筆と言えた人がいなかったらしい。
また、藤乃自身も、字があまり上手くない理由の中、お礼状を書く仕事に悩んでいた時、ふと目についたのがあの「白鳥」の看板だった。
「あの……、私、字が下手なのに……、何度も書かされるのが苦痛になって……。でも、お礼はちゃんと伝えたかったから」
「お任せください。藤乃様の代わりとはいえ、お客様の気持ちや感情に寄り沿って書くのが、私たちの仕事ですので」
百合子に依頼した結果、和菓子屋に訪れる常連客の中に、誰が書いたのか尋ねてくる人もいて自分も依頼したいと。
その日以来、事があると依頼を頼むようになり、他の商人たちにも、積極的に薦めている。
藤乃のお陰で、百合子をはじめ、店の評判まで徐々に上がっているのである。