--あの惨めな場面から逃げた現在……。
(……今日は、家に、帰りたくない……)
帰っても、恐らくいないとはいえ、半同棲をしているため、友梨の家の中には、智樹の私物が、一部残っている。
いや、寧ろ、またそこで再び、辛い思いもしたくないのが正しいのだろう。
彼女は、ガードレールのない狭い歩道を、止まることなく、フラフラと歩いている。
浮気相手に取られた悔しさよりも、今までずっと信頼していた婚約者に裏切られたことに対しての悲しみの方が、心のダメージにして、かなり大きい。
友梨の恋愛には、高校や大学で男性との交際にほとんど縁がなく、唯一、大学の時に交際した一度のみ。
なぜなら、周りから見られた印象に映っているのは、大きな眼鏡をして化粧もほどんど施したことなく、素の顔である。
オマケに、常に物静かで、学校では教室や図書室などで、本を読んでいる姿しか印象かない。
その外見が伴い、彼女のことを「地味女子」と言われる容姿で、あだ名も「地味友梨」と揶揄われる始末。
友梨にとっては、その容姿が一番のコンプレックスの塊だ。
「友梨、俺と付き合ってください!」
「でも……、私なんか」
大学の時に、初めて男性に告白された。
相手は、文芸サークルの知り合いで出会った、一つ上の先輩。
彼は、サークルの中でも陽キャメンバーの一人で、爽やか系のモテ男だ。
けれど、彼女の持つコンプレックスに対しても、彼の圧倒的な説得に押され、つい許してしまうことになり……。
「はい……、よろしくお願いします」
根気負けした友梨は、承諾してしまった。
ようやく、彼女の外見のことまで認めてくれる彼氏が出来たと思われた。
--だが……、告白されてから三ヶ月経つと……。
「--友梨、別れよう」
「え?」
「元はいえ、罰ゲームからであって、お前と付き合ってもつまんねぇし、外見も地味で、自慢にならねぇわ」
「ば、罰ゲーム……。そんな……」
友梨は、彼から急に別れ話を切り出されてしまった。
彼を含めた男性グループが、地味女子と三ヶ月間、付き合うといった罰ゲームを賭けていたことが発覚。
その罰ゲームに当たった彼に、お試しで付き合ったと裏切られる始末だった。
何もかもがつまらないと、こっぴどくフラれたのもあり、恋愛に対しては遠ざけて過ごす日々。
そんな暗い過去を持った友梨を救ってくれたのが、先程の婚約者の智樹だった。
仕事や恋愛に対しても、彼の前向きな姿勢や意見に彼女は救われていた。
段々、彼と一緒に接していく内に、過去の自分から少しでも前向くようになって、コンプレックスから克服できるように……。
(なんで、こうなっちゃったんだろう……)
友梨は、頭の中で、先ほどの修羅場と共にぐるぐると渦巻いている。
今まで婚約者と過ごした約六年間のことに対して、黒歴史以上にトラウマを植え付けられた。
ドン底に陥し入れられるぐらい、遥かなダメージの傷に、何かに救われることはもうなく、破棄になった以上、 もう、何もかも失ってしまった。
彼女の世界は、もはや外から響く周りの音はもうシャットアウトした無音の状態で、何も見えない真っ暗な闇の世界。
ヒラ……ビチャッ!
「あ……、いけない……。早く、拾わないと……」
強風で、彼女の鞄にあるポケットから車道の方にある水溜まりへ一枚の紙が落ちた。
内容は、智樹と挙げる予定だった結婚式を招待する人への手紙。
お互いの親族や会社の同僚、学生時代の友人達宛に印刷された招待の出欠、メッセージ欄に二人からのメッセージを手書きで添えている。
大人数で呼ぶ予定ではないものの、彼女は一生に一度のものだから手の凝ったものを……と、苦手なレイアウトを懸命に作り上げていた。
本来なら、この日は、仕事の終わりに、智樹と一緒に、彼らへ送る手紙の内容と、招待リストを確認して見てもらう為に持参していたが、それすらも叶わない。
しかし、二人は、交際を秘密にしていた為、周りの誰かが拾って何かしら事情を知られるのも気まずいと思い、それを拾おうとしたが、何かの拍子に踏み外してしまった。
だが、その時……。
「…………えっ、あっ……!」
--バァァァァァーーー!
彼女のすぐ目の前には、大型トラックのクラクションで鳴らす警告音と同時に、眩しく照らす閃光のヘッドライトのハイビーム。
「……ん? おっ、オイ……! 危ない!」
--……ドン!
友梨は、トラックから鳴っていたクラクション音にも、歩道の信号が赤になっていることすら、全く気づいていない。
長期運転で居眠りしかけた運転手も、ブレーキやハンドルの切り返しにも間に合わない目前のタイミングに、アクセルが踏まれたまま。
彼女は大型トラックにぶつかり、そのまま跳ねられる。
真夜中で歩いている人がいないため、慌ててぶつけてしまったトラックの運転手とその付き人が駆けつけるも、打ち所が悪かった。
結果は虚しく、命が助かることはなかった。
飛ばされた頃には彼女は意識が真っ黒になり、ようやく我に返った時、もう既に
--嘘……、私……、死んじゃったの?
暗闇の中、ボーッとしながら果てまで落ちている。
友梨は生前の最期までの人生を、ふと振り返っていた。
彼女が、今までずっと抱いていた「地味女子」という劣等感。
(私に自信が持てなくて、恋も仕事も私生活も全部、いつの間にか、人生を諦めてばかり。婚約までたどり着いても、最後は、結局、大学時代の元カレと同じように裏切られちゃった。私、何の為に、恋愛したんだろう。そんなコンプレックスや惨めな人生で、この世界や時代では、何も幸せになれず、私の人生は終わっちゃったんだね……)
--だけど、やっぱり悲しいよ……。
友梨の心の中で、一つ、叶わなかった夢。
異性の誰かに愛される、人肌の温かい恋。
派手なデートや容姿、ブランド物を求めている訳ではない。
ただただ、ありきたりなデートだろうと、日常生活でもたわいなことでも愛し合って、嫌いなところがあっても認め合える。
どんなに、外見や中身が地味だったとしても、愛する人のために努力して、ありのままの自分を受け入れてくれる男性との恋愛。
そして、祝福された結婚をして、家族と一緒に幸せな暮らしをすること。
(まだ、あのままの私が生きていて、少しでも前を向いていたら、また違う未来に変わることが出来たのだろうか?)
自分を卑下した考えを持った悲しみから、彼女は最後にそっと呟く。
--もし願いが叶うのなら……来世で再び「私」として生まれ変われるのなら……、私は……。
(あぁ、本当に一度だけでいいの……。純粋な恋を……してみたかったなぁ)
底のない、死の海に落とされ続ける友梨。
だが、天上から光の手を差し伸べた、何者かが告げる。
(え? 何?)
『……
(なんだろう、すごく温かい……)
友梨の幸せを、今度こそはと願うかのように……。
閃光の輝きと共に、彼女を温かく包み込まれていく。
--その光は、彼女を新たに転生する、希望の光。