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綴った手紙から恋を始めてもいいですか? ~地味子から転生した代筆屋の娘が、シャイな異国外交官に愛されました~
朝比奈 来珠
異世界恋愛和風・中華
2024年07月09日
公開日
15,193文字
連載中
現代、「友梨」は某百貨店内筆耕サービスに勤務していた。
しかし、彼女と同じ勤務の年上婚約者による婚約破棄の末、彷徨い歩いていると、招待状の手紙を車道に落としてしまう。
慌てて拾うも、彼女は交通事故に遭った際、明夜時代へ「伏原 百合子」として転生する。
転生してから十八年後、百合子は、養父母が営む代筆屋「白鳥」の看板娘として勤めている。
ある日、百合子は、お使い帰りにぶつかった節に形見である大事な「百合柄の櫛」を落としてしまったことに、拾った異国の男性がいると一人の執事が訪ねる。
だが、執事曰く、彼女の櫛を持っているのは、主人・ウィルであり、それを返すために、彼からの依頼として、手紙を書くよう告げる。
手紙の依頼をきっかけに、百合子とウィルとの間の恋心が揺れ動き始めようと……。
ほんわかな邦人女性とシャイな異国男性による架空明治時代・浪漫恋物語。

第一話 彼との婚約破棄 その一


 --いつか、私も純粋な恋をしてみたい……。


 憧れの王子様との恋に落ち、恋文を送り合いながら、いつしか、お互いがそっと寄り添って歩み、恋人として結ばれる。

 そして、家族と共に、大好きに囲まれて幸せに暮らしていくハッピーエンドな「人生」という名のストーリー。

 そんな物語を、小さい頃から図書館や本屋で見つけては、毎日時間を合間塗って読み、大人になっても、純粋な甘い恋にうっとりする彼女。

 今日もまた、自分の部屋の端にあるベッドの上で、寝転がって文庫本サイズの小説を読んでいた。

 恋の胸がキュンとくる小説を読み終わり、閉じた本を抱きしめて、心の中を満たしながら、自分が望む、理想とした恋心の妄想を描いている。


(はぁ〜……、今回のお話もいいなぁ……。落ち込んでいるところに、ギュッと不意に抱きしめられたら……なんて、もう〜! ヒロインみたいに、彼氏に抱きしめられたい! そんな人が、私のところにも現れたら……、どんな風な幸せな世界が待っているのかなぁ。私にも訪れてほしいなぁ……)


 これは、幼少期から、キラキラと輝くシンデレラストーリーに憧れていた、ある女性の夢見物語。


 ◆  ◇  ◆


 ザァァァァァーーー……。


 --六月初旬、ゲリラ豪雨並みに降り頻る真夜中。


 風や雷も時折、嵐の如く、強く吹き荒ぶ。

 その最中に、ポタ……ポタ……と、大きな雫を垂らした髪から音を鳴らす。

 黒色のロング髪、丸メガネを掛け、ライトグレーのスーツ姿をした華奢な女性が一人。

 傘も差さず、スーツの肩には雨水で酷く濡らし、虚な顔をしながら、彼女の帰り道とは全く違う方向へ彷徨うかのように歩いている。


(ハァ……)


 か細いため息ばかりを吐きつつ、彼女の目は、死んでいた。

 いつの間にか、知らない道をふらふらと、延々、歩き続けては止まるの繰り返しだ。


 --彼女の名前は『友梨』。


 三十の誕生日を目前にした二十九歳、独身女性。

 職業は、大卒から勤めている、大都市内の某百貨店内、筆耕サービスを担当。

 仕事柄、清潔感を見せるため、黒髪で緩く結った三つ編みのスーツ姿で務めている。

 筆耕サービスとは、文字にあるように筆で文字を手書く仕事のこと。

 結婚式など冠婚葬祭に使う金封や賞状を直筆で書くため、文字のバランスや美しさを求められる。

 近年ではパソコンの普及に伴い、のし紙の表書きや名前を印刷で行うこともあるが、手書きで求める客も少なからず。

 彼女は、字を書くことが大好きで、物心がついた幼少期から書道を習い始めていた。

 中学・高校時代では書道部の部長を務め、段を取得し、数々のコンクールへ出品し、学生最高棒の賞を取っていくという輝かしい成績だ。

 大学を経て社会人となった今でも、暇を見つけては、毛筆で練習を続けている。

 特に、生業としているなら尚更、日々、修行を積む生活。

 タイミングさえ合えば、書道の先生として指導が出来る、師範代も目指そうとも考えていた。


(……もう、やだ。なんでこんな目に遭うなんて、酷いよ……)


 雨の中、友梨がそんな姿になった理由。

 それは、少し遡ること、彼女の婚約者による、婚約破棄の事件が起こったことから始まる。


 友梨の婚約者だった彼の名前は『智樹』。

 年齢は三歳年上の三十二歳、彼女と同じ百貨店に勤め、雑貨フロア階の営業部に所属。

 業績は優秀で、現在は、百貨店内のフロアチーフの役職に就いている。

 彼は、各店舗の取引先との営業トークや、客への対応を上手く捌き、将来、フロアマネージャーになれるぐらいの有望な人材の一人。

 見た目は、少しチャラそうな顔をしているが、人当たりがよく、優しそうな雰囲気を持ち合わせている。

 会社の噂では、彼のファンクラブが出来るほどと聞く。

毎年のバレンタインの日は、デスクの上にチョコレートなど、プレゼントが山積みにあるぐらい、他のフロアで働いている女性にも人気者だ。


「すみません。コレ……、お願いできますか?」

「は、はい……!」


 友梨が、彼との出会った経緯は、彼女が、今の店舗に就職して一年経った時のこと。

 彼が、客から承った一件の金封の筆耕サービスを依頼したのが、きっかけだった。


(あっ、すごいカッコいい人……)


 彼女は、智樹の優しそうな雰囲気と笑顔に、キュンとドストライクな心が突き刺さる。


「お、お疲れ様です」

「あぁ、お疲れさん。今回も、コレをお願いね。あっ、そうそう! この前頼んでいたお客さんから、字が上手いねと褒められたよ。キミのお陰だね」

「そうなんですか、ありがとうございます!」


 智樹が、再び客から金封の表書きの筆耕を依頼しに、前回の評判を報告も兼ねて、友梨の元へ訪ねて来た。

 彼からの褒め言葉に、友梨も嬉しくなって、仕事に精が出るようになる。

 それから二人は、偶然にも、お昼休憩などの時間や仕事の合間で話すことなど、タイミングが徐々に増えていく。

 智樹との会話に居心地が良かったのか、友梨は、いつしか、彼のことに対して、更に惹かれていく。

 しかし、智樹と交際をしたいとは思うも、彼は人気ぶりの中、告白をするには相当な勇気と覚悟が必要だった。


(フラれてしまう答えしかないけど、その方が、諦めがつくかもしれない)


 それでも、なんとかして、自分の想いを伝えたい友梨は、一大決心の覚悟で、告白することに決める。

 直接、彼に恋の告白を口頭にして伝えるのが苦手な彼女は、代わりに文章で伝えようと、可愛らしい花柄のレターに、彼への想いを書いた。


 --次の日のお昼休み時。


「ゴメン、ちょっとマネージャーに呼ばれたから、仕事に戻るわ」

「あっ、あの!」

「え?」

「コレ……!」


 どうしても、智樹に手紙を渡したい友梨は、急いでいる彼を無理矢理、引き止めてしまった。

 けれど、彼女にとってチャンスは一度切りと感じて、このタイミングを選んだのだろう。


「……どしたの?」 

「お手紙を書いたので、読んでいただけると……」

「俺に? ありがとう。じゃあ、また」


 友梨は、恥ずかしがりながらも、智樹に渡すことに成功した。

 智樹も照れつつ、駆け足で仕事場に戻る。


 --しばらくして、彼に手紙を渡した週の金曜日、営業後の夜。


「手紙、ありがとう。ちゃんと読ませてもらったよ」

「いえ、こちらこそ……。この前は、無理矢理引き止めてしまって……」

「大丈夫だよ。それに……」

「……?」

「せっかく、こうしていい関係なれそうだし、この際、俺たち……、付き合おっか」

「……はい! よ、よろしくお願いします」


 智樹とのレストランで食事を共にした後、友梨は、彼の返事を受け職場内恋愛として交際へ発展することに。

友梨は、告白に成功したことに歓喜し、嬉し涙を流した。

智樹も、少し照れ顔をしながら、彼女の嬉し泣きに微笑む。

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