「
「さすがベル、賢すぎる」
「ふふーん、もっと褒めてもいいのよ! さて、そんな状況だけれど、
「新商品案を作るためにロイスルに接触した、と」
「ノープランで話し合ったわけではなくて、一応私なりの商品提案の構想はあったのよ?」
「でしょうねぇ」
「ところがね、魔法ってどんなものなのかを尋ねたら、ロイスルがこう言ったのよ」
魔法についての、魔法の現役専門家からの回答とは貴重だ。芝居がかって慎重に説明するベルナデッタへ、エリカは耳を傾ける。
「魔法使いの髪を見れば分かるとおり、魔力の作用の本質は『
それは何だか初めて耳にする言葉だった。エリカも何となく、変化を意味するメタモルフォーゼという言葉に似ている、くらいにしか思わなかったが、『劇的に変質させる』とはあまり穏健な意味ではなさそうだ。
エリカも含め、魔力を持つ人間の髪は宝石のように輝いている。エリカがエメラルドのような緑色の光とテクスチャの黒髪を持ち、ロイスルがアメジストのような紫の光とテクスチャの金髪を持つように、個人差はあっても同じ『宝石の髪』という特徴として現れる。
それが持ち前の魔力によるものだとは薄々気付いていても、なぜそうなるかまでは誰も説明できなかった。貴族学校で習うこともなく、ただ魔力を持つからその奇妙な髪をしている、とだけ端的に教えられるのみで、魔法学院においても誰も不思議に思わず当たり前のようにその原理は無視されていた。もっとも、魔法学院ではエルフやフェアリーといった希少な他種族がいるので、人間の髪など大した特徴ではないから誰も興味を持たなかっただけだろう。
魔法薬の調剤にしてもそうだ。調剤の法則性を把握していれば、原材料の魔力を五感で感じて分類するスキルが必ずしも必須ではないなど、実は魔力を持たない人間も魔法調剤師になれる。実際のところ、魔力を持っていたほうがやりやすいからいないだけだ。
魔力とは、魔法とは一体何だ、というそもそもの疑問に答えられる魔法使いは、いや、答えてもいいと思うような魔法使いは、今までいなかったのではないだろうか。
(ファンタジーだから当たり前すぎて……なのかしら。知らなくても有用だから、って理由で現代日本でも原理不明の医療用の全身麻酔が長年使われていたりしたし——もっとも、あれはあとでちゃんと原理が判明したけど)
ともかく、魔力=『
「それを聞いて、ベルは何を思いついたの?」
「ようするに、何かを変えることに特化しているのなら、その法則性さえ把握していれば変化の先を予測して、調整できるわけでしょう?」
「理論上はそうなるかも」
「じゃあ、有用なその法則をいくつか特許としてノルベルタ財閥が買い取って、新たな
ベルナデッタの「なぜか」はとぼけているわけではなく、真意が汲み取れないという意味の疑問詞だ。今まで頑なに秘密を守ってきた魔法使いがそこまで太っ腹にも自分たちの神秘性を脱ぐのか、と驚くばかりだが、むしろそれだけ困っているとも取れる。
「実際、魔法使いだからといい待遇を受けるわけではないし、むしろ差別される側で資金繰りにも困る家は多いらしいの。いつでも『
そこまで聞けば、エリカもベルナデッタの言いたいことは分かる。
困っている魔法使いたちに手を差し伸べる形で、まったく新しい取引を申し出るのだ。そうすれば、魔法使いたちの注目は
ただし、ノルベルタ財閥が魔法使いたちの協力を得るためには、かなり乗り越えなければならない問題が多そうだ。
「聞くかぎりじゃ、馬鹿みたいにプライド高くて扱いづらいくせに意地っ張りな人たちよね?」
「そうね、そうだわ」
「そんな人たちを、どう懐柔するの? っていうか、できるの?」
そう質問したあとに、エリカは(馬鹿な質問をしてしまった)と気付く。
すっかり笑顔で得意げなベルナデッタは、交渉、ことに商談に関しては天才的に上手いのだ。
「あら、お姉様、他人を動かすときに必要なのはお金と誠意、そして敬意よ。言い換えるなら、実益と大義、そして承認。これらが揃えば、ほとんどの人は話を聞いてくれるわ。私にできることは、それらを揃えて交渉することだけ。これなら、私の得意分野よ!」
とまあ、ベルナデッタは大船に乗ったつもりでいろとばかりの自信たっぷりな様子である。交渉にさえ持ち込めるなら必ず成功させるだろう。
確かにベルナデッタは自分の判断のみで動いたものの、これからどうすべきかの素晴らしい道筋を作ってくれた。これはもう魔法使いに目をつけられるリスクをはるかに上回るリターンが約束されているようなものだ。さすが、貫禄のヒロインっぷりである。
「あとは、そうだ、気になることもあったわ」
「何?」
「ロイスルが、私の着ていたお姉様からもらったケープを見て、態度を変えた気がしたの」
「ふぅん……?」
今日は暑いから着ていないけれど、とベルナデッタはつぶやく。ロイスルとの会談に持ち込んだあたり、すでにお気に入りではあるようだ。
もちろん、エリカには、ロイスルがベルナデッタへの態度を変えた理由を推測できる。
(……まあ、『薄闇の祝福』が装備できる終盤のベルナデッタには『
もし『薄闇の祝福』を装備せずにベルナデッタがロイスルとの会談に挑んでいれば、こうも上手くは行かなかっただろう。そう考えると、ギリギリで間に合っていたようだった。
ひょっとするとそれは、魔法学院代表の言うように、すでにこの世界のシナリオは最後のルートに入っていて予定調和なのだとしたら、という考えがエリカの頭をよぎる。しかし、それにはこう返すだけだ。
(それ考えはじめたらキリがないし証拠がないから却下。そういうことは、たとえゲーム内であっても、今私がここで生きて、自由意志を持っている時点で成立しないはずだし)
と、冷静になれる。この世界で前世の記憶が蘇って以降、何度も何度もエリカが誰にも相談できず独り考え抜いたことで、すでに他のシナリオルートを破壊しながらここまで来た以上は、今更別のルートでエンディングまで決まっていますと言われても従えないのだ。
なので、それらは
それはそうと、ふと、昨日逃げ回って疲れたエリカの体に筋肉痛が来ていないことも説明がついた。
(あれ? じゃあ、私にも『
応接間が文字どおり埋まるほどのドーピングアイテムを使用すればそうもなる。とりあえず、エリカのゲーム内ステータスは上限近いはずだ。ベルナデッタも似たようなもので、さらに『薄闇の祝福』で『
やる気になったベルナデッタは、カウンター奥の壁にもたれて居眠りしているキリルに一瞬だけ視線を向けたが、見なかったことにしてエリカへ向き直った。
「よし、じゃあお姉様、儲け話で魔法使いたちの目を眩ませているうちに、
「うん、それがよさそうね。ひとまずその方向で、何かあれば相談してね、今度こそ」
「はぁい!」
ベルナデッタの返事はとてもよい。それが勢いだけでないと分かっていても、突っ走ることだけはやめてほしいとエリカは心の底から願う。
(方向性はそれでよし。でも、それだけじゃなく、もっと加速させる要素が欲しいところ……
もうすでに
数日間問題がなければ、ベルナデッタに連絡してノクタニア王国内での接種を可能にするよう動きはじめるとして——どのようにすれば最速で最大数に対して摂取できるかを、今のうちに模索しておく必要がある。
ベルナデッタが再度、キリルを見ていた。立ったまま眠っていることがまだ信じられないようだ。
エリカはそっとキリルの横に立ち、左肩を掴んで下方へ押した。すると、ふにゃりとキリルの体はしゃがんで、立ったままから座ったままの睡眠へと移行した。もちろん、熟睡したままである。それを見ていたベルナデッタの顔が笑いと驚きで大変なことになっていた。
エリカはキリルの醜態を目にしつつも、別のことを考えている。
(やっぱり、トップダウン方式を利用したほうがいいかも……?)
上から下へ、規律ある組織の長から命令に従順な末端部へ、
なお、キリルは退勤直前のエリカが起こすまで、夢の世界から帰ってこなかった。