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第25話 出会ってしまったヤツ-5

 エリカが、誰もが不幸を回避し、幸せになるエンディングを目指してきたのは、悲劇的なエンディングばかり『ノクタニアの乙女』の攻略可能ルートから外れるためだ。ならば、今はまさにその状況であり、エリカの望みどおり本来のシナリオから外れようとしている。その鍵は、やはりと言うべきか、『のろい』だった。

(つまり、ノクタニア王国にある『のろい』がなくなれば、各キャラクターの不幸を呼ぶフラグはなくなり、『ノクタニアの乙女』のゲームシナリオが破綻し、これまでにない新たな未来を模索できる。私の行動の正しさを代表が逆説的に証明してくれたんだから、感謝しかないわ。とはいえ、警告ということは私の行動が邪魔だと認識している……シナリオを正しく、順調に進めさせたいNPCとしては、メタフィクションを使ってでも私を引き留めようとしている、ってことね)

 ついでに、メタフィクションの地に他のキャラクターが入ってこないように配慮してか、魔法学院出身のキャラクターは登場人物中にほとんどいない。ここにいるエルノルドにしたって時間を止められているから、このメタ視点の会話は聞こえていないだろう。一方、それはエリカが彼ら登場人物へメタ視点を伝えることは許されない、という意味も含む。無論、エリカはそんなことを喋るつもりはないからいいのだが。

 代表の心を読むことはできないが、エリカは代表の言いたいことは十分に察することができた。これで怖くない。

「さて、これで分かったかな? 『のろい』のことで」

「私に解呪薬リカース開発を止めろ、とおっしゃりたいんですか?」

「平たく言えばそうなるね。これ以上、シナリオの破綻を見過ごすことはできない」

「代表、あなたの立ち位置は? 私と敵対するんでしょうか?」

「いいや、いいや。ただ、野放図を自由とは言わない。『のろい』が失われ、ある程度の規律をもって歩む歴史シナリオが縄を解くように解体していった先に、本当に僕や君が望むものトゥルーエンドがあるだろうか?」

 何だかややこしい言い方だが、代表は別に悲劇的なエンディングすべてを受容しているわけではないようだ。

「私だって別に目的もなく、人々の幸せを無視したいわけじゃありません。不幸な人々を救いたいだけですし、当たり前のことをしようとしているだけなんですから、止められる謂れはありません。それに、昨日もらった称号や褒賞で買収されたりはしませんよ」

「そうか、では取引だ。僕の要望を呑んでくれるのなら、さらなる褒賞を約束しよう」

「いえ、これ以上もらっても分不相応ですからいりません。押しつけられても困りますので、お返ししたっていいくらいです」

「つれないねえ」

「恩着せがましいのは嫌いです」

 今更、エリカは解呪薬リカース開発を止めることはできないし、シナリオを崩壊させると知った今はなおさら推し進める意欲が湧いてきた。

 それは『ノクタニアの乙女』各ルートが『のろい』によって悲劇的で不幸な結末を招く、というこのゲームの根源的なシステムを知って、シナリオを修正できるのだと確信を得て、俄然エリカは『エリカ・リドヴィナ』となった意味を見出してきた。

 その意気はエリカの顔に表れていたようで、小壺はちょっと傾いて持ちかけた取引の失敗を悔やんでいた。

「仕方がない。一システムでしかない僕は、操作可能なプレイアブル登場人物キャラクターの行動を止めることはできない。この世界では君が唯一のとなっている以上、僕は君の意思を本当の意味で止めることは不可能だ」

「一つ聞きたいんですけど、どうして無条件で私の味方にはなってくれないんですか? 序盤に出てくるシナリオ解説もなかったし、今までずっとシナリオにない動きを看過していたのに突然現れるし」

「それはほら、もうじきエンディングだからだよ」

「えっ!?」

「もう君はとっくの昔にルート選択をやりたい放題したし、このままだと悲劇的な結末はないにしても、既知のエンディングにはならない。でもそれはさ、まさか君がプレイヤーじゃなくて開発者デベロッパー側、呪い撲滅手段発見者フラグクラッシャーになるとは思わないから進んできたシナリオであってさ……」

「……ちょっとまあ、そういう意味ではやりすぎたかも?」

「これ以上シナリオを壊さないでくれないかなあ」

「それはできません。このままじゃ、みんなが幸せにならないでしょう? そりゃあ『のろい』がなくても幸せになるとは限りませんけども、『のろい』があることで明確に不幸が生まれるならなくしたいと思うので」

 エリカは、自分の望みを言えるだけ言った。今まで誰にも明かせなかったそれは、ゲーム的には正しくない。代表もそれを警告してきたほどに。それでも、エリカは自分の決めた道を行き、望みを叶えるつもりだ。

 それは、エリカがヒロインのベルナデッタをはじめとしたキャラクターたちが好きで、この『ノクタニアの乙女』というゲームに人一倍思い入れがあるからだ。

 このゲームのメタ視点の権化は、それを否定しなかった。

「では、改めて、今回の私たちの取引はなかったことにしよう。君に与えた称号や褒賞はそのまま持っていていい、僕が君の信念と努力を讃えていることは事実だからね」

「分かりました。代表、ありがとうございます」

「ああそうそう、今回、僕が魔法学院として君に新しい称号を与えて公表したのは、だからね。そこは勘違いしないように頼むよ」

「え、そうなんですか」

「すでに君は知るべき筋に目を付けられている。キャラクターがただ闇に葬られるようなエンディングはさすがに僕も許容できない、そのための措置だ。つまり、君は真正面切って戦って勝ち進むルートしか取れないよ。よろしくね」

 代表は吹っ切れたのか何なのか、未知の情報をエリカへ大盤振る舞いだ。

 しかし、もうエリカのためにできることはやってくれていると見たほうがいい。シナリオが順調に結末へと向かうために、代表はもう役目を果たしたのだろう。

 小壺は回転を止めて、神妙にこう言った。

「君が魔法学院を出たら、すぐに最後のシナリオルートの導入イベントが始まるだろう。覚悟はできたかい?」

 できていると言えば嘘になる、でも人生は一発勝負だ。違った、エリカの場合は二発目があって、それが今だ。

 エリカは代表へと大きく頷き、時間を停止させた魔法の解除を頼んだ。

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