エリカが、誰もが不幸を回避し、幸せになるエンディングを目指してきたのは、悲劇的なエンディングばかり『ノクタニアの乙女』の攻略可能ルートから外れるためだ。ならば、今はまさにその状況であり、エリカの望みどおり本来のシナリオから外れようとしている。その鍵は、やはりと言うべきか、『
(つまり、ノクタニア王国にある『
ついでに、メタフィクションの地に他のキャラクターが入ってこないように配慮してか、魔法学院出身のキャラクターは登場人物中にほとんどいない。ここにいるエルノルドにしたって時間を止められているから、このメタ視点の会話は聞こえていないだろう。一方、それはエリカが彼ら登場人物へメタ視点を伝えることは許されない、という意味も含む。無論、エリカはそんなことを喋るつもりはないからいいのだが。
代表の心を読むことはできないが、エリカは代表の言いたいことは十分に察することができた。これで怖くない。
「さて、これで分かったかな? 『
「私に
「平たく言えばそうなるね。これ以上、シナリオの破綻を見過ごすことはできない」
「代表、あなたの立ち位置は? 私と敵対するんでしょうか?」
「いいや、いいや。ただ、野放図を自由とは言わない。『
何だかややこしい言い方だが、代表は別に悲劇的なエンディングすべてを受容しているわけではないようだ。
「私だって別に目的もなく、人々の幸せを無視したいわけじゃありません。不幸な人々を救いたいだけですし、当たり前のことをしようとしているだけなんですから、止められる謂れはありません。それに、昨日もらった称号や褒賞で買収されたりはしませんよ」
「そうか、では取引だ。僕の要望を呑んでくれるのなら、さらなる褒賞を約束しよう」
「いえ、これ以上もらっても分不相応ですからいりません。押しつけられても困りますので、お返ししたっていいくらいです」
「つれないねえ」
「恩着せがましいのは嫌いです」
今更、エリカは
それは『ノクタニアの乙女』各ルートが『
その意気はエリカの顔に表れていたようで、小壺はちょっと傾いて持ちかけた取引の失敗を悔やんでいた。
「仕方がない。一システムでしかない僕は、
「一つ聞きたいんですけど、どうして無条件で私の味方にはなってくれないんですか? 序盤に出てくるシナリオ解説もなかったし、今までずっとシナリオにない動きを看過していたのに突然現れるし」
「それはほら、もうじきエンディングだからだよ」
「えっ!?」
「もう君はとっくの昔にルート選択をやりたい放題したし、このままだと悲劇的な結末はないにしても、既知のエンディングにはならない。でもそれはさ、まさか君がプレイヤーじゃなくて
「……ちょっとまあ、そういう意味ではやりすぎたかも?」
「これ以上シナリオを壊さないでくれないかなあ」
「それはできません。このままじゃ、みんなが幸せにならないでしょう? そりゃあ『
エリカは、自分の望みを言えるだけ言った。今まで誰にも明かせなかったそれは、ゲーム的には正しくない。代表もそれを警告してきたほどに。それでも、エリカは自分の決めた道を行き、望みを叶えるつもりだ。
それは、エリカがヒロインのベルナデッタをはじめとしたキャラクターたちが好きで、この『ノクタニアの乙女』というゲームに人一倍思い入れがあるからだ。
このゲームのメタ視点の権化は、それを否定しなかった。
「では、改めて、今回の私たちの取引はなかったことにしよう。君に与えた称号や褒賞はそのまま持っていていい、僕が君の信念と努力を讃えていることは事実だからね」
「分かりました。代表、ありがとうございます」
「ああそうそう、今回、僕が魔法学院として君に新しい称号を与えて公表したのは、
「え、そうなんですか」
「すでに君は知るべき筋に目を付けられている。キャラクターがただ闇に葬られるようなエンディングはさすがに僕も許容できない、そのための措置だ。つまり、君は真正面切って戦って勝ち進むルートしか取れないよ。よろしくね」
代表は吹っ切れたのか何なのか、未知の情報をエリカへ大盤振る舞いだ。
しかし、もうエリカのためにできることはやってくれていると見たほうがいい。シナリオが順調に結末へと向かうために、代表はもう役目を果たしたのだろう。
小壺は回転を止めて、神妙にこう言った。
「君が魔法学院を出たら、すぐに最後のシナリオルートの導入イベントが始まるだろう。覚悟はできたかい?」
できていると言えば嘘になる、でも人生は一発勝負だ。違った、エリカの場合は二発目があって、それが今だ。
エリカは代表へと大きく頷き、時間を停止させた魔法の解除を頼んだ。