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第25話 出会ってしまったヤツ-4

(来た……! NPCノンプレイアブルキャラクターがものすごい重要なフラグを消化してシナリオを開始するパターン! まさか、これも隠しルートで実装されてたのかな!? 何でプレイできなかったんだろ、悔しい!)

 この世界で、ゲーム最序盤で大切な世界観説明とキャラクター説明、ヒントを出してくれる貴族学校の資料室にいる老人の存在を知るのはプレイヤーであるエリカと、そのキャラクターを担っていたと思われるNPCの魔法学院代表リーンリンクス・クゥエルタークだけだろう。無論、老人と代表がイコールであるとの匂わせは一切なかったし、今の今までエリカは気付けなかった。

 問題なのは、ゲーム内の重要なイベントを意図して発生させないことをNPCの意思で選べはしないので、これもまたエリカの知らない現シナリオ分岐ルートでのみ起きる現象と思われることだ。いつ、どこで今のルートに入るフラグを立てたのかはさっぱりだし、もしかするとエリカが何もしなくても元々今のルートにしか辿り着けなかった可能性もある。

 そのあたりは追々、後日確かめるとして。現状、エリカがこのイベントに入ってしまった以上、セーブ機能とリセットボタンがないのでなかったことにすることはできない。代表によって巻き込まれ、このままエルノルドの実母エレアノール救出に協力するしかなくなる雰囲気で、実際のところエリカは拒絶しようにもできない。

 なぜなら、拒絶してしまえば失敗する可能性が残り、エルノルドが推定破滅ルートへ突っ走ってしまう。リカバリーしようにも、エルノルドの近くにいなければしようがないし、そもそも協力を拒めばエルノルドからの信頼度が下がること請け合いだ。ここまで来ればエリカは代表が計画を描きエルノルドが実行役となる、エレアノール救出作戦に協力するほかないのだ。

(幸い、ハブられていつの間にかエルノルドが破滅するってことはないのなら、何とかなるわ。このまま仕方なくムーブで巻き込まれよう、そうしよう)

 雨降って地固まることを願い、エリカは余計な口を挟まず二人の会話の推移を見守る。

 当然ながら、エルノルドは代表が協力しようと画策することに不信感を抱いていた。

「その口振り、どこまでご存じなのですか」

「おおよそ、君が隠したいことはすべてだとも」

「なら、今になってなぜ」

と聞くのかい?」

(聞くでしょうよ、そりゃ。私も知りたい。どうせシナリオ上の都合だけど)

 何もかも把握していると宣う代表の態度はもれなくエルノルドの機嫌を損ねているだろうが、ここはグッと我慢して、エルノルドは大人の対応を取る。魔法学院代表の協力を得られるなら、ノクタニア王国の大貴族エーレンベルク公爵家を向こうに回しても立ち回れる。可哀想だが、その計算が働かないほどエルノルドは馬鹿ではなかった。

「いえ……何も。ご助力いただけるのなら、願ってもないことです」

「貴族にはあらゆる不条理を飲み込まねばならないときもある。そう思ってくれればいいさ」

 果たして、エルノルドはそんな言葉で納得するだろうか。エリカの見るかぎり、不満はエルノルドの端正な顔に表れていない。

 ここまで、代表がエルノルドに力を貸す理由は、ただの一つも言葉にされていなかった。貴族にありがちなほのめかしや婉曲表現さえもなく、代表は目的や動機を語らずにここまで話を進めてきたあたり、老獪さは際立っている。

(シナリオ上の都合、なんてメタ的な理由を除けば、実際のところ代表が動く理由は一つも見当たらない。この『ノクタニアの乙女』ゲーム世界内の権力構造上の都合で言うなら、エルノルドに恩を売るより他の貴族やエーレンベルク公爵家に恩を売るほうがどれほど価値があるか。その程度の天秤の傾きなんて、子どもでも分かるわ)

 メタ視点を持つエリカの納得はともかく、あくまでゲーム内の登場キャラクターであるエルノルドを納得させるに足る理由は、そのうち詳らかに語られると考えておいたほうがよさそうだ。

 青磁の小壺がふよん、とエリカのほうへ寄ってきた。今度は何だ、とエリカは身構える。

「さて、その具体的な話をする前に、エリカ」

「はい」

「君はエルノルドの婚約者、つまり仲間と見ていいのかい?」

「見るも何も、最初から巻き込もうとしているようにしか思いませんけど」

 エリカは少し演技がかった、不機嫌さを出しておく。エルノルド向けの態度表明だ。私ははい喜んでと飛びついたわけではない、勘違いするな、と。エリカとしてはエルノルドの好感度を上げたいとは思わないし、上げてしまうとエルアメカップリングを目指すための障害になりかねない。決してツンデレではないのだ。

 青磁の小壺がくるくると、まるでセーブポイントかロード画面かとばかりに回っている。もし蓋がついていれば回転のせいで吹っ飛んでいきそうなほど速くなりつつあるが、大丈夫だろうか。

 小壺のふちから滲み出る青い光が、回転によって軌跡を描いていた。ふと、エリカは魔法の行使を察知する。

 気付いたときにはもう、代表の魔法は発動していた。

 世界がセピア色に見える。エリカは周囲を見回す。エルノルドがぴたりと固まって、止まっていた。他に浮いているクッションや本なども空中で停止し、目の届く範囲で動いているのはエリカと代表だけだ。

 何も、驚くことではない。ここはファンタジーの領域、ゲーム内において好き勝手できると保証されている場所で、目の前の小壺は設定によってその権利を持っている。

 それでもとんでもなく非常識的な時間停止の魔法を展開し、自然の摂理さえも意のままに操る世界トップクラスの魔法使いは、回転を緩やかにして何事もなかったかのように話を続ける。

「そうかな? じゃあ、もっと世界の裏側のメタ的な話をしようか。君はエリカではあるが、エリカではない。そもそも、ただの魔法薬局にいた娘に名前を与えたのは、君の存在だ。そうだね?」

 無機物の小壺は、本来、持ち得ないはずの視点を持っている。

 彼は魔法学院代表という乙女ゲーム『ノクタニアの乙女』の設定上存在するキャラクターであり、ゲーム開発者でもプレイヤーでも何でもない。知るはずのないことを知り、それはこの『ファンタジーの領域にいる存在』だから許されているのだろう。エリカはそう見て取った。

 ゲームの世界のキャラクターから、現実のプレイヤーの世界を認識することは、メタフィクション現実世界とゲーム世界の交差点を作り上げていれば可能だ。『ノクタニアの乙女』では、その交差点が魔法学院であり、交差点の管理者が代表である。

 そこまで理解して、エリカは得心がいった。

(原理までは分からないにしても、この状況はそう。代表はがゲーム内の登場キャラクターでないと知っていて、今の今まで沈黙を保っていた。でも、それが破られたということは、やっぱり今は『今後を左右するほど重大なイベント』の最中なんだ。よし、確信が持てた。あとは、どこまで情報を得られるか……!)

 不思議と、エリカは先ほどまでの焦りや感情の起伏が凪いだようだった。

 漫然と、エリカははぐらかす。

「おっしゃる意図が分かりかねます。私はサティルカ男爵家のエリカ・リドヴィナです」

「そうとも、君の立ち位置はそこだ。しかし、君は少しやりすぎたんだ」

「やりすぎ? 何をです?」

「『のろい』というのは、君の知る言葉で言うと『フラグ』なのさ。この世界のありとあらゆるシーンにおいて、欠かすことのできないだ。だから、それをなくすということは、すなわちシナリオを崩壊させるに等しい」

 代表の言葉の抑揚は少ないが、言っていることはこの世界の根幹を揺るがしかねない設定の裏情報だ。

 ——『のろい』=フラグ=シナリオの歯車=なくなればシナリオが崩壊する。

 ——なるほど。だから今更ながら、私に接触してきたんだわ。

 エリカの頭は冴えていた。この世界で活動を始めてからようやく、メタ視点を持つキャラクターに遭遇し、自分がシナリオ破綻に向けて動いていると警告を受けたのだ。

 これを喜ばずして、何を喜ぶというのだろう。

 エリカは微笑んだ。今までやってきたことは、無駄ではなかったのだ。

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