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第25話 出会ってしまったヤツ-3

 エリカはあっさりとバラす。

「あれただの趣味だから。本体は小さな壺なの、人間の体さえないの」

「壺!?」

「種明かしが早いなぁ、面白くないじゃないか」

 代表そのものである小壺は、プンスカとばかりに空中を跳ねていた。

 白々しくも、代表はエルノルドをからかおうとしていたのだが、魔法学院卒業生であるエリカがいてはそうもいかないとどうして最初から思わなかったのだろうか。

 青磁の小壺は、二人の前へと軽やかに跳んできた。エルノルドは驚きを隠せず、代表とされるそれを凝視している。まだ老いた人狼ワーウルフの姿にしか見えないため疑っているのかもしれない。

 青磁の小壺から聞こえる『声』は、ごく簡単に自身について説明を始めた。

「よく、魔法を極めると不老不死になる、って言われているだろう? 僕は失敗はしなかったんだが、壺の中で魂が永久に保管されてしまう形で不老不死を実現したのさ。だから、人と会うときは相応の形に。多くの人々の目には同一人物の姿を表しているように振る舞うこともできるし、それぞれ各人の目に異なる姿が映るようにすることもできる。ちょうど、今のようにね。まあ、エリカは見破るすべを知る優秀な子だから効かないんだけど」

 まあそうですね、とエリカはにべもなく相槌を打つ。

 しかし、まだまだエルノルドは話についていけていないだろうからと、エリカはさらに要約する。

「要するに、代表は肉体を捨てている魔法使いよ。そこまでできるだけでも、魔法使いの中では破格の技術者」

「君はそこで『天才』と言わないから好きだよ」

「はいはいそうですか」

 この代表、学生をよく褒めるのだ。何でもない些細なことでも褒め称え、とにかく褒めて伸ばすタイプの教育者だ。独立独歩、我が道を勝手に行くエリカはそういう教育者とはあまり馬が合わなかったため、魔法学院では在学中独学に近い形で魔法薬調剤について学んだものだった。

 ただ、性格こそ合わないが、代表はおそらく『ノクタニアの乙女』のゲーム世界中トップクラスの魔法使いであり、その名は実際にエリカが前世で『ノクタニアの乙女』プレイ中にも何度か耳にし、キャラクターグラフィックや登場機会はなかったものの世界観設定ではちゃんと『ノクタニア王国一の魔法使い』と位置付けられる存在だ。ちなみに『ノクタニアの乙女』は没設定が膨大であるため、公式サイトに多くの設定資料が収蔵されており、スピンオフ作品やファンによる二次創作作品の活況を大いに支えていたのだ。

 まさかエリカもそのキャラクター造形が壺とは思わなかったが、しかし「ゲーム内の設定上存在するもののグラフィックのないキャラクターはエリカの見るこの世界でどう補完されるのか?」という問題は、どうやらプレイヤーだったエリカが知らなくてもこうして個性豊かに現れると証明され、存在しないことにはならないらしかった。

(そういうゲームとの差異で微妙な部分は、ある程度代表と接したおかげで疑問が解消されたし、ゲーム中ではどうにも語り尽くされてなかった世界観設定がこうして味わえるから、一ファンとしてはすっごく嬉しいしありがたいんだけどね……)

 それはそれとして、エリカは魔法学院にわざわざ来訪して代表と面会を希望した理由、新しい称号と数多のドーピングアイテム贈呈の謎を解き明かさねばならない。エルノルドが戸惑っている今、先に用件を済ませておこう。

 単刀直入、エリカは自分の目線よりも高い中空の位置に留まる小壺へ、疑問をぶつけた。

「代表、それよりお話があります。私に『真銀冠魔法調剤師ミスリルクラウン』なんて称号を与える、その意味を教えてください」

 代表の返答次第では、エリカにとって敵か味方かが判明するだろうが、そう一筋縄で行く相手ではないこともエリカは重々承知だ。それに、代表が一体どこの立ち位置にいるキャラクターなのかを推測するのは、ゲーム中に登場しないキャラクターであるだけに不可能に近い。

 ならば、小細工よりも真っ向勝負を選んだほうがマシだ——そんなエリカの思考を、きっと小壺の魔法使いはすっかり見抜いていたのだろう。

「ふふふ、まだ分からないかな? ほら」

 茶化すような言葉と同時に、小壺の隣におぼろげな人影が現れる。薄くではあるものの、次第に人の形になったそれを見て、エリカは息を呑む。

 一見、ただの老年の男性だ。腰が曲がり、モノクルをつけ、その手には古びた本が開かれている。

 エリカは、そのグラフィックのキャラクターを知っている。それどころか、当初からずっと探し求めてきたキャラクターだ。

(まさか、ゲーム序盤で貴族学校の資料室にいる謎の老人……! あれの中身は魔法学院の代表だった!?)

 白髪を掻き上げ、謎の老人はニヤリと笑って、幻の中に消えた。

 たったそれだけで、代表はエリカへの答えとして、今度はエルノルドへとくるくる回りながら近づく。

「さて、エルノルド・ニカノール。君の用件は?」

 エリカの頭に渦巻く疑問とその答え、さらには新たな疑問が怒濤のごとく押し寄せる。それでも何とか、代表とエルノルドの会話を聞き逃すまいと、まとまらない思考を押さえて必死に耳をそば立てた。

「……頼まれていた仕事を終えた報告です。ノクタニア王国全域の調査を終え、全員の身柄を確保しました」

「けっこう。君たちの迅速な仕事ぶりは僕も満足している」

「恐縮です」

 その後、数言のやり取りがあったが、何とかエリカの思考は話についていく。

(代表はエルノルドの商会に仕事を依頼して、その内容が王国内の調査と、身柄の確保で……誰の身柄を?)

 話題が変わらないうちに、エリカは二人の間へ入って質問する。

「あの、身柄確保って何ですか? 誰の身柄を?」

 答えたのは代表だ。ややこしい話をスラスラと滑らかに答える。

「他国から密輸入された亜人種の保護だよ」

「え? それって、違法なやつですか? なのに民間の商会へ依頼を?」

「そうだね。まず、主に魔法薬の材料や呪いの媒介として人狼ワーウルフの牙や妖精種フェアリーの羽、中にはエルフの血などを採取して違法な高額取引を行う犯罪組織がいたから、エルノルドの商会の伝手で捕まっている亜人種を保護してもらったんだ。もちろん、犯罪組織と仲介者、顧客の捕縛はノクタニア王国警察に任せてある。僕は魔法学院代表として、違法な貴重素材売買ルートを発見したから、まずは亜人種の保護を優先してエルノルドに仕事を依頼した、というわけさ。人間が多いノクタニア王国ではどうしても亜人種が少数派となって、偏見や差別に見舞われることもある。それはノクタニア王国警察の人々だって同じだ。だから、知った以上見過ごすことは許されない、僕も手を差し伸べた」

 意外なことに、代表もエルノルドの商会も至極真っ当な人助けをしていた。両者、そんなこともできるらしい。てっきり反社会的な裏取引でもやっているのかと想像していたエリカは拍子抜けだ。いや、魔法学院は国の教育機関だからそんなことはしていないはずで、エリカが穿ったものの見方をしていただけなのだが。

 疑問を持っていたのはエリカだけではない、エルノルドもその依頼に思うところはあったようだ。

「しかし、あなたが声をかければ、もっと力仕事に長けた人材を多く抱える商会も応じたはずです。なぜ俺の商会へわざわざお声がけを?」

「ほどほどに目立たない位置にいる、中小程度の全国規模の商会となると、選ぶのは難しいものさ。大手商会は違法取引に一枚噛んでいる可能性があるし、ならず者を抱えるからと統制できているとは限らない。かといって、伝手も何もない商会では取引ルートを遡って保護に繋げるような芸当は不可能だ」

 小壺はエルノルドの眼前で止まる。

「そして、君は魔法学院代表の僕に対する貸しを作ることができる。だから引き受けたんだろう?」

「否定はしません。いい取引であったことは確かですので」

「お堅いねぇ。何にせよ、

 小壺は軽く、不可思議なことを言う。

 その意図するところは何だろう。エルノルドもエリカと同じ顔をして、おそらく違うことを考え込んでいる。エリカの推理するところはこうだ。

 ——取引内容が練習? というと、身柄確保の練習をしていた?

 ——身柄確保、エルノルドが?

 ——誰の?

 ——まさか。

 ——エルノルドの実母の身柄確保を企んでいる? エルノルドだけならともかく、代表も一枚噛もうとしている?

 そこまではよかった、エリカが巻き込まれない。

 だが、その話を聞かせたということは、代表としてはエリカを巻き込むつもりがある、ないしは、巻き込んでいいと思っている、ということになる。慌ててエリカは抗議した。

「まさか、私も巻き込むつもりですか」

「おっ、察しがいいね、エリカ」

「いやいや嘘でしょう、まさか、まさか」

「そのまさかさ。エーレンベルク公爵家という檻から、一人の淑女を確保する。先の取引は、その予行練習にすぎないのさ」

 予感的中である。エリカは頭を抱える。この状況が『ゲーム内でのとても重要なイベント』であることが決定的となった。

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