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第25話 出会ってしまったヤツ-1

 やると決まれば行動が早いのがエリカである。本人も前世から自覚する数少ない長所だ。

 翌日朝、エリカはルカ=コスマ魔法薬局へ休みの連絡を入れておくよう執事に頼み、かつての学び舎である魔法学院へ向かった。王都のにある魔法学院は、辿り着くためにはいくつか約束事がある。それはたとえ在校生だろうと卒業生だろうと関係なく、魔法学院に入学できる素質あればクリアできることばかりだ。

 それすなわち、『そもそもが魔法学院は外来客を招くことを想定していない』造りになっていることは否めない。

 王都のどこかにある秘密の入り口を毎回探し当て、一本道にしか見えない迷路を発見しては最短経路で突破し、お節介な妖精たちの営む摩訶不思議な地中学生街を抜ければ、今は失われし数千年前の太陽神信仰が造り上げた巨大地中遺跡(実際『ノクタニアの乙女』ゲーム中にそういったフレーバーテキストが散りばめられている)に魔法学院はしている。巨大地中遺跡はノクタニア王家の所有物であり、魔法学院としては本当に『間借り』しているのだ。

 久々のを突破して、光が差し込まないはずの地中において色とりどりにきらめくステンドグラスで囲まれた魔法学院の門をくぐり、ごく普通の石造りの建物に足を踏み入れたエリカは、ひとけの少ない——実際人類はほとんどおらず、ゆるかわな亜人種や妖精たちがふよふよと用事もなくたむろっている——玄関口の受付で見覚えのある人影を見つけてしまった。

 台に乗って妖精が来客受付をしている。その手前に、濃い茶髪にグレーメッシュの入った、着こなし難易度の高い白系スーツを隙なく着用した紳士が一人。

 そんな特徴的な髪色の青年となると、エリカの脳裏に浮かぶのは一人しかいない。エリカは思わず名前を呼んでしまった。

「エルノルド!? どうして魔法学院に?」

 直後に、エリカはやってしまったと反省する。先日の騒動で顔を合わせづらいことをすっかり忘れているし、声をかけたことでまたしてもエルノルドを自分の面倒に巻き込むことになりかねないのだから。

 しかし、振り返ったエルノルドの着眼点はもっと常識的だった。

「お前はまず挨拶もまともにできないのか。まったく」

「……おはよう」

 渋々、エリカは朝の挨拶からやり直す。エルノルドは不機嫌そのものの顔をし、猛禽類もかくやという鋭い目でエリカを見下ろしてきた。

「おはよう。お前こそ、今更ここに用事でもあるのか?」

「え、ええ……代表に、聞きたいことがあって」

「なら、行くぞ。訪ねる人物は同じだ」

 妖精からいくつか言葉を受け取ったエルノルドは、さっさと奥へ進んでいく。

 それはまさしく命令で、エリカは何となく気まずさから従わざるをえなかった。なぜエルノルドが魔法学院に、というか魔法学院代表に用事があるのか、あのあとアメリーとはどうなった、と聞きたいことはいくらでもあったが、胸にしまっておく。まるで機嫌の悪さ次第で心臓ごと人の気持ちをざっくり突き刺せそうな視線で、また睨まれてはたまったものではないからだ。

 ただひたすらに、二人は廊下を歩く。もちろん無言で、てくてく、カツカツと石床を叩く靴音だけが耳へ響く。

 どこまでも続きそうな窓のない、ところどころに鱗粉のような光がランダム出現する薄暗い廊下だが、しかしもちろん果てはある。先ほどの受付の妖精が廊下のを調整し、ちゃんとまっすぐ進むだけで目的地へ辿り着くようにしているからだ。魔法学院ならではの芸当である。他の通行者との兼ね合いや、治安維持の観点から、毎回しばし歩かなくてはならないのが難点だ。

 その間に、エリカは前を歩く無言のエルノルドの背中を眺めつづけることがどうしても耐えられず、なけなしの対人専用勇気を振り絞って話を振ってみた。

「エルノルド。このあいだは」

「ひどい目に遭った」

 即答である。あのあとも、相当何かあったようだ、とエリカは即座に察した。何ともバツが悪い。

「えーと……まあ、そうね、多分」

「アメリーが落ち着くまで、一人でどれだけ神経をすり減らしたと」

「それに関してはあなたが鈍感だから悪いと思う」

 エリカとしては、自分でも驚くほどすらっと反論が口からまろび出てしまった。

(いやほら、だって何でアメリーの好意に気付かないわけ? 実は気付いていたけど利用するだけだから反応しなかった、って線も疑ったけど、このイケメンそんなに器用じゃないと思うわけよ。絶対。そりゃ指摘したくもなるわよ!)

 そして、思いっきりエリカの前方から舌打ち音が聞こえてきた。エルノルドもエリカの反論に少しは妥当性があると思ったのだろうか、だとすればエリカたちが逃亡したあとにそれを思い知るような出来事があったのかもしれない。どうにも突きたくてたまらない話題だが、それをすると本気で今婚約破棄を切り出されるだろう。さすがにまだそのときではない、とエリカは我慢する。

 ところが、である。

 十歩も歩かないうちに、エルノルドは立ち止まり、エリカへ振り返った。突然の停止にエリカは慌てて踏み出しかけた足を止め、何とかぶつからずに済んだ。危なかった、今ぶつかると少女漫画のような出来事にならない。厳しく注意されるだけだ。

 エリカがそっと見上げたエルノルドの表情は、意外にもいつもの仏頂面だった。怒ったり、蔑んだり、そういう感情は見受けられない。

 すわ何事か、と警戒態勢のエリカへ、エルノルドは軽くため息を吐き、スーツのポケットに両手を突っ込んでリラックスした姿勢で臨んできた。

「あのとき、お前のを初めて見た気がするよ」

 そんなことを言われては、エリカもきょとんと思考停止してしまう。

 こいつは何を言ったのだ、とエリカが頭が理解を一時停止して、それから再稼働、エルノルドの言わんとするところを察知するまで、丸々三秒ほどかかった。

 エルノルドは、先日の一件まで——エリカをまったく見ていなかった。人柄や個性を知ることはおろか、繋がりは書類上だけの存在であるとばかりの態度だった。たまたま想い人であるベルナデッタの親しい友人であるから必要以上に遭遇する機会があっただけで、エリカのことを好いても嫌ってもいない、それ以下の『どうでもいい関心がかけらも湧かない他人』くらいにしか思っていなかったのだろう。異性として認識されていたかも怪しい。

 そこへ、してやられた先日の一件だ。三つ星ホテル『ノクテュルヌ』で起きたエリカたちの企みにまんまと嵌まり、エルノルドは三角関係とアメリーの号泣とお怒りに大いに困らされ、きっと地団駄踏んでこう思ったのだ、とエリカは想像した。

あのモブ顔エリカめ、ベルナデッタ(と残り一人)で企んで、解呪薬リカースだの何だのととんでもない話題を口にしていたところを聞くに、本当に『のろい』を何とかしようと!? モブ顔なのにか!」

 途端にエリカは己の想像を止めた。これではただの妄想だ——何だかエルノルドというキャラクターへの解像度が低いセリフにしかならない。なぜだろうか。前世ではきちんとエルノルドに焦点を当てたトゥルーエンドもクリアしたのにこの体たらくである。

 ともかく、エルノルドはエリカに騙され、出し抜かれたと思っているだろう。怒りを持ちさえすれ、穏やかに会話したい人物とは思っていない、そのはずだ。

 しかし、一方でそれだけのことをしたから、エルノルドにはエリカに対する人並みの感情が湧いたと考えればどうだろう? しかも、好敵手か強敵か、その実力を認めたかのような状況であれば?

 おおよそ、婚約者に抱く感情ではないが、だからこそいきなり『』呼ばわりなのだろう。

 そう思うと、エリカは的確な表現に感心しつつも腹立たしく思えた。

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