驚いたエリカが転げて床に手をついたせいで、せっかく分類して並べたドーピングアイテムの小瓶がドミノ倒しになっていく。小気味よいガラスの音とは裏腹に、気まずい雰囲気の中「あー……」と呆れ返る声が異口同音に漏れる。
とはいえ、ここにいるのは良家の子女である。まずは扉を閉め、無言で二人で並んで床の大量の小瓶をせっせと並べ直してから、テーブルを挟んでソファに座り直したのち、ベルナデッタはエリカへ本題を切り出した。
「お姉様が、ノクタニア王国公報に名前が載っているわ!」
「え、私の?」
「そうよ! 魔法学院が魔法調剤師として最高栄誉の『
どうやら、ベルナデッタは先ほどの無言の並べ直しを経てもなお、その衝撃的な知らせの興奮を忘れられなかったようだが、エリカとしてははっきり言って訳が分からないだけだ。
確かに、称号が与えられることは栄誉なのだろう。それも多大な功績を認めてだの、最高資格の上のとても名誉な称号だとか、いくつもの過大な修飾語がくっついてのことで、まさに公に周知されてしまうほどのニュースなのだ。
だからこそ、エリカは配達物からベルナデッタの持ってきたニュースまで、何もかもに疑問符をつけざるをえない。
「どうして? 私、そこまでのことは何もしていないし、そもそも呪いに関する実験や薬のことだって、ほぼベルとキリルしか知らないはずよ。エルノルドやアメリーはそこまで知らないし。キリルがドミニクス王子へ喋ったにしても、ここまで影響はないと思うの。それに、
ベルナデッタの話では、ノクタニア王国公報にはエリカの『
(それこそ、これから起きることが分かっているかのような、未来予知……いや、
例えば、この先エリカが
すなわち、エリカが現状を手放しで喜ぶ理由がないのだ。むしろ、最大限警戒するだけの理由足りうる。
エリカの疑問や困惑を感じ取って、ベルナデッタは少し落ち着いたようだった。
「そう、よね……確かに。だから、私も少しは疑問に思ったわ。ただ」
「ただ?」
「魔法学院には、予言者がいるらしいの。ごくまれに、未来を予知して国王へ進言することもあるって……」
「そんなの、ただの噂じゃないの? 私も在学中にとんでもな噂はいくつか聞いたことはあるけれど」
「でも、だとしたら腑に落ちるわ。お姉様が、将来確実に呪いに対する薬を開発する、って分かっているのだとしたら」
——もしそうだとすれば、非常に厄介だ。
その情報がどこにもたらされるか分からない以上、エリカはこのまま黙って座しているわけにはいかなかった。
エリカは黒い高級感あふれるケープをちらりと見る。大量のドーピングアイテムしかり、こんな希少なものがタダで送られてくる時点で、今は非常事態なのだと認識しなければならない。
「分かった、魔法学院へ直接確かめてみるわ。第一、こんな大量に贈り物をされても怪しいことこの上ないしね」
「そうね。うん、そうだわ。欲しい
「それ以外に方法があればよかったんだけれどね……はあ、何でこんなことに」
エリカは思わずため息を吐く。それと当時に、黒いケープ『薄闇の祝福』をベルナデッタへ手渡した。
「ベル、これあげる。これからは、今まで以上に身を守る必要が出てくると思うの。あなたを巻き込んでしまって申し訳ないけれど、これが私にできる精一杯。もちろん、これからもよろしくね。肌身離さず、というか日常使いで着てちょうだい」
黒いケープを胸の前で抱きしめ、真剣な面持ちでベルナデッタはエリカを見つめていた。
その確固たる決意を秘めた目は、不安を隠し切れてはいないものの、エリカの期待を一身に受け止めている。
他にも、エリカはドーピングアイテムの小瓶をいくつかベルナデッタへ渡し、必要なときに使うよう言い含めておいた。もっと必要なら持っていっていいと言われると、ベルナデッタはこう返した。
「いいえ、これで十分よ、お姉様。見ていて、必ず力になるわ」
何とも頼もしい発言だ。すでに、ベルナデッタの頭の中には、今後の行動計画が策定されているに違いなかった。
であれば、エリカも行動を開始するしかない。
・
・
・
・
・
▼完全新規シナリオ『ノクタニアの乙女たち』が開始されました。
・
・
・
・
・